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14.『恋慕を保つなかれ』(2)
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やれやれ。
オウライカはゆっくり扉を閉めて机に戻った。
引き出しの右隅の小物入れを開き、中から蒼銀の網の輪を取り出す。
リヤンが見ていたら変態だの何だのとののしられ、パイルが知れば、なんてとこ入れてんだよ、公私混同甚だしいね、とからかうだろうが、使えない代物だと思えば一層放し難くて、それとなく持ち歩いたりしてしまっていた。
「あれは……何か誤解してんな」
指先で日ざしを跳ねるそれを動かしながら、むっつり呟く。
ブライアンがそう説明したとは思えないから、やっぱりこれは『塔京』育ちゆえの誤解ということなのだろう。だがしかし、そういうふうに誤解してしまい、しかもそれを自分に当てはめて苛立っているあたり、カザルが少なからずオウライカのことを気にしているのだとわかってしまった。
カザルは、オウライカが感じる以上にオウライカを好いているのだと。
「ふぅ…」
実は、嬉しい。
側に置いてみると、刺客は刺客として優れているのだろうが、天然なのか訓練なのか、予想以上に可愛いし色っぽいし、何より反応がいちいち面白くて退屈しない。簪を与えてからは、ずっと見せているうなじに何度か吸い付いてやろうと思ったこともあるし、正直、これを使ってみることも何度も考えた。
だが。
オウライカは一個人のものではない。『斎京』のオウライカ、なのだ。
背中にある紋様が示す通り、役目を背負い、『斎京』の最後の切り札として置かれている。
その選択を悔いてはいないし、『塔京』を抑えこまねばならないカークに比べれば、いざというときまで自由でいられる。只その時には、他の誰にも代用できない、万に一つの可能性も残されていないというだけのこと、だが、それを思うと。
「……受け止めてやるのは、無理だな」
カザルがオウライカに気持ちを寄せつつあるなら、なおさら。
受け止める気がないのに、これを使ってしまうわけにもいかないだろう。そんな抱き方までしてしまうわけにはいかないだろう。そこまで強く繋いでは、カザルに深い傷が残る。
オウライカは苦い笑いを浮かべる。
「背負わなくて、いい、か」
無理だ、パイル。
オウライカは蒼銀の輪を小物入れに片付けた。
未来のない恋慕をしかけるわけにはいかない。
それぐらいなら殺されてやりたいところだが、それもままならない身だ。
オウライカはもう一つ大きな溜め息をついて電話を取り上げた。
「………ああ、フランシカ。リヤンはいるか」
電話の向こうで不機嫌そうな声が代わる。
「リヤン。カザルがそちらに向かった。後はよろしく頼む」
躾の悪い野良猫をこっちで適当に始末していいってこと?
可愛らしい声で恐ろしいことをさらっと口にする相手に眉を上げる。
「リヤン」
それとも、あんまり可愛がりすぎて手放せなくなりそうだから、他人に預けて諦めようとする狡い男の手伝いをしろってこと?
「………リヤン」
レシンさんにも言われたんでしょう、一人で背負うことはないって。
「……あ」
はっとした。
「あれは………わざとか」
注文していないのに蝶の形を象った職人の意図にオウライカはようやく思い至る。
誰かを求めるぐらいいいじゃない。それともカザルは拒んでるの?
微かに和らいだリヤンの声が耳に痛い。
「いや…」
むちゃくちゃに抱いてほしい……カザルの声を思い出して、どくんと腹が熱くなる。『塔京』で組み敷いた身体が漏らす甘い悲鳴を意識に呼び戻してしまい、思わずくっきり眉間に皺を寄せた。
「克己心を揺さぶらないでくれ」
所詮この世は一瞬。『斎京』は誰もオウライカさんを恨まないわ。むしろ。
リヤンがそっと言い添える。
『感謝してる………誰も代わりに背負えないなんて、ひどいものを押しつけて』
柔らかなリヤンの声に、オウライカは歯を食いしばり、目を閉じた。背中が燃えるように熱くなったのを堪えて、静かに息を吐く。
それからライヤーだけど。
「ああ」
『塔京』に潜入できたそうよ。抜けた顔の割にはよくやるわよね。
「そっか」
抜けた顔はないだろう、私の『影』だぞ、と苦笑しながら頷く。
今中央庁がらみのユン・ファローズって人と関わってるらしいわ。
「なるほど」
ファローズの名前は知っている。『塔京』ものにしては情に厚いいい男だと聞いている。
「そっちは任せられそうだ」
ほっと息をついた。ライヤーの才覚をもってすれば、すぐに頂点近くに駆け上がってくれるだろう。そうして孤立無援になっているかもしれないカークを何とか支えてくれるだろう。
キースの動きが掴めない今、頼りになるのは誰もいない。ズム・シュガットやグロッグ・レグルだけならいいが、ダグラス・ハイトが動いていると事は一層難しい。
「厳しい仕事を引き受けさせたな」
『でも、あたしは引き受けないわよ』
「……え?」
『カザルくんの身柄。一週間たったら見世に出す。本人もそれで納得してる』
「う」
トラスフィだって来るし、きっとすぐにお客がつくわよ?
リヤンはくすくすと笑った。
『きっちり決断してちょうだい』
『斎京』にその人ありと言われたログ・オウライカなんでしょう?
ぷつりと切れた電話に、オウライカは思わず小物入れを横目で見た。
オウライカはゆっくり扉を閉めて机に戻った。
引き出しの右隅の小物入れを開き、中から蒼銀の網の輪を取り出す。
リヤンが見ていたら変態だの何だのとののしられ、パイルが知れば、なんてとこ入れてんだよ、公私混同甚だしいね、とからかうだろうが、使えない代物だと思えば一層放し難くて、それとなく持ち歩いたりしてしまっていた。
「あれは……何か誤解してんな」
指先で日ざしを跳ねるそれを動かしながら、むっつり呟く。
ブライアンがそう説明したとは思えないから、やっぱりこれは『塔京』育ちゆえの誤解ということなのだろう。だがしかし、そういうふうに誤解してしまい、しかもそれを自分に当てはめて苛立っているあたり、カザルが少なからずオウライカのことを気にしているのだとわかってしまった。
カザルは、オウライカが感じる以上にオウライカを好いているのだと。
「ふぅ…」
実は、嬉しい。
側に置いてみると、刺客は刺客として優れているのだろうが、天然なのか訓練なのか、予想以上に可愛いし色っぽいし、何より反応がいちいち面白くて退屈しない。簪を与えてからは、ずっと見せているうなじに何度か吸い付いてやろうと思ったこともあるし、正直、これを使ってみることも何度も考えた。
だが。
オウライカは一個人のものではない。『斎京』のオウライカ、なのだ。
背中にある紋様が示す通り、役目を背負い、『斎京』の最後の切り札として置かれている。
その選択を悔いてはいないし、『塔京』を抑えこまねばならないカークに比べれば、いざというときまで自由でいられる。只その時には、他の誰にも代用できない、万に一つの可能性も残されていないというだけのこと、だが、それを思うと。
「……受け止めてやるのは、無理だな」
カザルがオウライカに気持ちを寄せつつあるなら、なおさら。
受け止める気がないのに、これを使ってしまうわけにもいかないだろう。そんな抱き方までしてしまうわけにはいかないだろう。そこまで強く繋いでは、カザルに深い傷が残る。
オウライカは苦い笑いを浮かべる。
「背負わなくて、いい、か」
無理だ、パイル。
オウライカは蒼銀の輪を小物入れに片付けた。
未来のない恋慕をしかけるわけにはいかない。
それぐらいなら殺されてやりたいところだが、それもままならない身だ。
オウライカはもう一つ大きな溜め息をついて電話を取り上げた。
「………ああ、フランシカ。リヤンはいるか」
電話の向こうで不機嫌そうな声が代わる。
「リヤン。カザルがそちらに向かった。後はよろしく頼む」
躾の悪い野良猫をこっちで適当に始末していいってこと?
可愛らしい声で恐ろしいことをさらっと口にする相手に眉を上げる。
「リヤン」
それとも、あんまり可愛がりすぎて手放せなくなりそうだから、他人に預けて諦めようとする狡い男の手伝いをしろってこと?
「………リヤン」
レシンさんにも言われたんでしょう、一人で背負うことはないって。
「……あ」
はっとした。
「あれは………わざとか」
注文していないのに蝶の形を象った職人の意図にオウライカはようやく思い至る。
誰かを求めるぐらいいいじゃない。それともカザルは拒んでるの?
微かに和らいだリヤンの声が耳に痛い。
「いや…」
むちゃくちゃに抱いてほしい……カザルの声を思い出して、どくんと腹が熱くなる。『塔京』で組み敷いた身体が漏らす甘い悲鳴を意識に呼び戻してしまい、思わずくっきり眉間に皺を寄せた。
「克己心を揺さぶらないでくれ」
所詮この世は一瞬。『斎京』は誰もオウライカさんを恨まないわ。むしろ。
リヤンがそっと言い添える。
『感謝してる………誰も代わりに背負えないなんて、ひどいものを押しつけて』
柔らかなリヤンの声に、オウライカは歯を食いしばり、目を閉じた。背中が燃えるように熱くなったのを堪えて、静かに息を吐く。
それからライヤーだけど。
「ああ」
『塔京』に潜入できたそうよ。抜けた顔の割にはよくやるわよね。
「そっか」
抜けた顔はないだろう、私の『影』だぞ、と苦笑しながら頷く。
今中央庁がらみのユン・ファローズって人と関わってるらしいわ。
「なるほど」
ファローズの名前は知っている。『塔京』ものにしては情に厚いいい男だと聞いている。
「そっちは任せられそうだ」
ほっと息をついた。ライヤーの才覚をもってすれば、すぐに頂点近くに駆け上がってくれるだろう。そうして孤立無援になっているかもしれないカークを何とか支えてくれるだろう。
キースの動きが掴めない今、頼りになるのは誰もいない。ズム・シュガットやグロッグ・レグルだけならいいが、ダグラス・ハイトが動いていると事は一層難しい。
「厳しい仕事を引き受けさせたな」
『でも、あたしは引き受けないわよ』
「……え?」
『カザルくんの身柄。一週間たったら見世に出す。本人もそれで納得してる』
「う」
トラスフィだって来るし、きっとすぐにお客がつくわよ?
リヤンはくすくすと笑った。
『きっちり決断してちょうだい』
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