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28.『正体を見せるなかれ』(1)
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きゃあ、とすぐに戸口で悲鳴が上がって、カザルは舌打ちした。襦袢を蹴散らして廊下を駆け抜ける。
「言わんこっちゃない」
『塔京』で何度も見たことがある虚ろな視線、ふわふわと漂うような動きは薬をやってるか何かに操られているか、しかも通りを横切りながら繰り返していた動きは。
「っ……レシンさんっ?」
「……よぅ……カザルぅ」
戸口に駆けつけてカザルはぎょっとした。黒づくめの男に首のあたりを抱え込まれているのは、小間物町の細工師の老人、何かの届けものだったのだろうか、紺の前垂れをつけたままの姿だ。
「よう、カザルぅ、じゃないじゃん……何やってんの」
「見ての通りだぁ……なぁんかよ、簪届けに来て、ちょっとシューラさんと話してたら、この兄ちゃんがいきなりやってきて、まぁ、こういうことになっちまってよ」
「なっちまってじゃないよ」
男一人ならすぐに御せる、そう踏んだ思惑が外れてカザルは顔を顰めた。甘く見たせいで獲物一つ準備していない。レシンが抱えられている状態では、体術を使うにも間合いが難しい。
「もう……ややこしいとこに居てくれちゃって」
「そういうお前はなんだよ、またややこしいかっこしてるじゃねえか」
レシンは呆れたように瞬いた。
「きわどいもん晒してんじゃねえよ、女子どもが怯えるだろ?」
「し、仕方ないでしょ」
思わず襦袢を掻きあわせて、今にも零れそうになっていたものを隠した。
「俺、今日から見世に出されんだもん」
「見世? オウライカさんはどうしたんだよ」
「知らないって」
「あれ、使ってもらってねえのか?」
「あれって、何?」
奥まった入り口で娼妓達を庇って立っていたリヤンがひょいとカザルを見る。
「だから知らないって! 今そんなこと関係ないでしょ!」
思わず熱くなった顔に喚くと、レシンがとんでもねえ、と眉を寄せた。
「いいか、お前がオウライカさんのお手つきってことになると、へたに傷つけちゃ、こっちがやばいってこった」
「あ、大丈夫」
リヤンがまた口を挟む。
「この人一回しか抱かれてないって」
「っ! だからっ」
「へ、そうなのかよ、なんだカザル、お前飽きられちまったのか!」
「そうみたい」
「勝手に決めんなっ!」
もう、何なのさ、この人達の緊迫感のなさは、とカザルは舌打ちする。だが、それにも増して不気味なのは、これほど自分を無視されて目の前で関係ないやりとりを展開されているのに、苛立った気配一つない男の方だ。虚ろで静かな表情でじっと遠い一点を見ていたが、ふわ、と手を背中に回したとたんに、腰から拳銃を取り出してレシンのこめかみに突き付けた。
「お…っと」
「レシンさんっ!」
リヤンがさすがに尖った声を出す。
「……オウライカを出せ」
男がきしるような声で呟いた。
「あんた何勘違いしてんのよ」
リヤンが冷ややかに言い返す。
「オウライカさんが『華街』に今ごろ居るわけないでしょう。オウライカさん狙うなら、中央宮に行きなさいよっ」
「リ、リヤンさん」
それはあんまりな台詞じゃないの、と引きつったカザルをよそに、
「いや、今夜からカザルが出るんなら、来ねえこともねえんじゃねえか」
レシンが余計なまぜっ返しをする。
「オウライカを出せ」
「だから中央宮かオウライカさんとこに行きなさいってば! 傍迷惑でしょ!」
「いや、だからよ、兄ちゃん、あそこに白襦袢の怪しいかっこした男がいっだろ、どうせならあいつを捕まえてた方がオウライカさんに会える確率高いんじゃねえかと」
「リヤンさんっ! レシンさんっ!」
もう二人とも何勝手なことばっかり言ってんの、と怒鳴ったカザルに、ぴくりと男が反応した。拳銃をゆっくりレシンのこめかみから離して、カザルに向ける。
「オウライカを出せ」
「……」
これはこれで好都合かもしれない、とカザルは目を細めた。男の狙いは何かわからないが、少なくとも濁った頭にカザルがオウライカと関係してるという認識は入ったらしい。
「レシンさん?」
「お、おい、カザル、危ねえぞ」
「そのまま動かないでね?」
「カザルくんっ」
「言わんこっちゃない」
『塔京』で何度も見たことがある虚ろな視線、ふわふわと漂うような動きは薬をやってるか何かに操られているか、しかも通りを横切りながら繰り返していた動きは。
「っ……レシンさんっ?」
「……よぅ……カザルぅ」
戸口に駆けつけてカザルはぎょっとした。黒づくめの男に首のあたりを抱え込まれているのは、小間物町の細工師の老人、何かの届けものだったのだろうか、紺の前垂れをつけたままの姿だ。
「よう、カザルぅ、じゃないじゃん……何やってんの」
「見ての通りだぁ……なぁんかよ、簪届けに来て、ちょっとシューラさんと話してたら、この兄ちゃんがいきなりやってきて、まぁ、こういうことになっちまってよ」
「なっちまってじゃないよ」
男一人ならすぐに御せる、そう踏んだ思惑が外れてカザルは顔を顰めた。甘く見たせいで獲物一つ準備していない。レシンが抱えられている状態では、体術を使うにも間合いが難しい。
「もう……ややこしいとこに居てくれちゃって」
「そういうお前はなんだよ、またややこしいかっこしてるじゃねえか」
レシンは呆れたように瞬いた。
「きわどいもん晒してんじゃねえよ、女子どもが怯えるだろ?」
「し、仕方ないでしょ」
思わず襦袢を掻きあわせて、今にも零れそうになっていたものを隠した。
「俺、今日から見世に出されんだもん」
「見世? オウライカさんはどうしたんだよ」
「知らないって」
「あれ、使ってもらってねえのか?」
「あれって、何?」
奥まった入り口で娼妓達を庇って立っていたリヤンがひょいとカザルを見る。
「だから知らないって! 今そんなこと関係ないでしょ!」
思わず熱くなった顔に喚くと、レシンがとんでもねえ、と眉を寄せた。
「いいか、お前がオウライカさんのお手つきってことになると、へたに傷つけちゃ、こっちがやばいってこった」
「あ、大丈夫」
リヤンがまた口を挟む。
「この人一回しか抱かれてないって」
「っ! だからっ」
「へ、そうなのかよ、なんだカザル、お前飽きられちまったのか!」
「そうみたい」
「勝手に決めんなっ!」
もう、何なのさ、この人達の緊迫感のなさは、とカザルは舌打ちする。だが、それにも増して不気味なのは、これほど自分を無視されて目の前で関係ないやりとりを展開されているのに、苛立った気配一つない男の方だ。虚ろで静かな表情でじっと遠い一点を見ていたが、ふわ、と手を背中に回したとたんに、腰から拳銃を取り出してレシンのこめかみに突き付けた。
「お…っと」
「レシンさんっ!」
リヤンがさすがに尖った声を出す。
「……オウライカを出せ」
男がきしるような声で呟いた。
「あんた何勘違いしてんのよ」
リヤンが冷ややかに言い返す。
「オウライカさんが『華街』に今ごろ居るわけないでしょう。オウライカさん狙うなら、中央宮に行きなさいよっ」
「リ、リヤンさん」
それはあんまりな台詞じゃないの、と引きつったカザルをよそに、
「いや、今夜からカザルが出るんなら、来ねえこともねえんじゃねえか」
レシンが余計なまぜっ返しをする。
「オウライカを出せ」
「だから中央宮かオウライカさんとこに行きなさいってば! 傍迷惑でしょ!」
「いや、だからよ、兄ちゃん、あそこに白襦袢の怪しいかっこした男がいっだろ、どうせならあいつを捕まえてた方がオウライカさんに会える確率高いんじゃねえかと」
「リヤンさんっ! レシンさんっ!」
もう二人とも何勝手なことばっかり言ってんの、と怒鳴ったカザルに、ぴくりと男が反応した。拳銃をゆっくりレシンのこめかみから離して、カザルに向ける。
「オウライカを出せ」
「……」
これはこれで好都合かもしれない、とカザルは目を細めた。男の狙いは何かわからないが、少なくとも濁った頭にカザルがオウライカと関係してるという認識は入ったらしい。
「レシンさん?」
「お、おい、カザル、危ねえぞ」
「そのまま動かないでね?」
「カザルくんっ」
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