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49.『兵器』(2)
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「エバンスが?」
「私にふさわしいものを寄越してくれるそうですよ」
カークはソファにくたりと寝そべったまま、天井を見上げて薄笑いした。
今夜は久々にシュガットに責められて、それでも結局妄想の果てにわずかに吐き出しただけ、身体の底には満たし切れない空洞にどんどん得体の知れないとろりとしたものが溜まっている感覚、それをブルームに覚られまいと軽く顎を上げて煙草を促す。
「ほら」
「……」
吸い付けてくれた一服を渡された指に軽く口づけると、相手がびくりと体を震わせた。
「……よせ」
「なぜ?」
「もう十分だろう」
「…足りませんよ、あんなものじゃ」
口を開いて煙草を銜えるふりをして、近付いた指を舌で舐め上げる。
「ブルームさん」
「……」
重い溜め息をついてブルームが煙草を遠ざける。うっそりとソファの背にもたれたまま見上げれば、険しい顔をしながらも静かに唇を重ねてくれる。温かで武骨な口づけは初めての時から変わらない。
「……あなたぐらいですね」
何度か舌を触れあわせて離し、少し落ち着いてカークは笑った。
「うん?」
「私を汚いと思ってないのは」
「……カーク」
「色狂いのトップを抱えるのも大変だ」
「カーク」
「ハイトさんはさすがに私のような弱輩では物足りないらしいし」
「カーク」
「はい」
「何を考えてる」
「何も」
乱れ落ちた髪を指先でゆっくり掻き上げて目を閉じた。
「何も考えてませんよ、毎日抱かれて気持ちよくなることしか……それさえも叶いませんけどね」
「街が乱れている」
「……」
「巡視の連中が手を焼くほどのやつらもでてきた」
「……」
「外回りのネフェルもこの間トラスフィとぶつかった」
「……」
「その間に『斎京』の、おそらくルワンが入り込んできた」
「………いい動きですね」
「他人事のようだな」
「ハイトさんは動くなと言う。下賤の者がどれほど死のうと、どうして生きようと、父さえ無事ならそれでいいということでしょうね」
「………」
「どれほど私がもがいても崩れても『塔京』にハイトさんが居る限り、何ほどのことも起こりませんよ」
そしていつか父を食べ損ねた竜が私を綺麗に片付けてくれるんでしょう、骨一本も残さずにね、とカークは嗤った。
「……もう、いいんですよ」
優しく静かに呟いた。
「もうどうなってもいい。何をどうしたって」
あの人には、届かない。届かないなら、私もただ一緒に。
「……カーク」
ならば、今からでもこんなことはやめろ、破滅を目の前にしてお前の体に溺れることで恐怖をごまかすやつらの慰みものになっているようなことは。
「いいじゃありませんか」
切羽詰まったブルームの声音にくすりと笑って、カークは目を開けた。
閉じていようと開けていようと、見えているのは所詮暗く澱んだ『塔京』の空だ。光もなく、夜明けも来ない。助けも来ない、未来も見つからない。
「亡者同士喰らい合ってそのうち皆居なくなればいい」
「カ……」
「あの…」
「誰だ」
ふいにドアが開いてブルームがはっとしたように誰何した。特にこれという興味も湧かないまま、カークはブルームの指から煙草を銜え取り、ゆっくりと吸い込む。
「カークさんの執務室、はこちらでいいんでしょうか」
「!」
低い声が尋ねた瞬間、カークは目を見開いた。どきりと鳴った胸に慌てて起き上がる。
その声の響きに覚えがあった。
「カーク?」
震え出す身体を必死に堪え、虚勢を張って応じる。
「誰だ」
煙草を銜えたまま尋ねる不作法に相手は驚いた様子も怯んだ様子も見せなかった。ブルームからカークに視線を動かしながら、滑らかな動作で頭を下げてみせる。再び上げた瞳は面白そうに煌めいて、柔らかく垂れた前髪を指先で戻す、その動きも無駄がなかった。
「始めまして。僕、ミシェル・ライヤー、と言います」
「ライヤー?」
そんなやつが居たか、いや、そもそもなぜここに今頃やってきた、そう問いつめながら大股に近寄っていくブルームの背中越しに、ライヤーと名乗った男から視線が外せなかった。
もしかしたら。
もしかしたら、この男は。あの声は。その姿は。
「エバンスさんからこちらへ行けと言われたんですけど」
「何?」
ブルームが呆気に取られたような声を出す。
確かにライヤーにはそういう性の匂いが一切しない。つるりと凹凸の少ない顔立ち、細身のダークスーツ姿はどちらかというと頼りなげで、抱く側というより、むしろライヤーの方が抱かれる側だ。
「何かの間違いじゃないのか、ここは」
「カークさんの執務室、兼寝室、ですよね?」
「っ」
にっこりとライヤーは笑ってブルームを封じた。そのまままっすぐカークの方へ歩みよって来て、見下ろしながら手を伸ばしてくる。あまりにも自然、あまりにも当然と言いたげな動きに、ブルームが呑まれて動けない。
どうする気だろう、とライヤーの視線を受け止めたままカークは顎を上げた。
「灰が落ちますよ」
ライヤーの指が煙草に触れる。きゅ、と唇を締めてやると、微かに揺れた煙草から積もった灰が崩れた。顔に散るかと思ったのに、崩れた灰はふわりと差し込まれたライヤーの掌が受け止めて、それでも動かない静かな顔で相手はもう片方の指でカークの唇をなぞった。
「もっと違うものはいかがです?」
「………ブルーム」
カークは唇を開いた。
「………わかった」
視界の端で悔しそうに顔を歪めたブルームが身を翻して部屋を出ていく。カークから奪った煙草をライヤーが口に銜えて微笑む。自分の口にあったものが相手の口にくわえられる、それだけなのに無意識に喉が鳴った。
薄く煙をたなびかせる向こうで、ライヤーは静かにカークを見つめている。
「ベルトを……外せ」
「あなたが外せばいい」
「……」
淡々と応じられ、頭の奥でくらりと目眩がする。
なぜ、とか、どうして、とか、そういう疑問が思考から一気に溶け落ちていく。
カークは手を伸ばしておき上がった。固く締まった相手のベルトを苛立ちながら外す。指を動かす間に焦りが広がり、前立てを開くのももどかしくて、熱の在り処を探して差し込んだ手が、下着を引き降ろしかけて凍りつく。
臍の横、鮮やかに彫り込まれた蝶の徴。
「あ……あっ」
視界が真っ赤に染まった。熱いものが目を覆い、息が弾む。
「オウ……ライ…っ」
呻きながらすがりついて、相手がよろめいたのを床に押し倒し、シャツを掻き分けてのしかかり、蝶に唇をあてて深く強く吸い付いた。
「オウライカ、さん……っっっ!」
ぎゅ、と強く抱き締められて、涙が溢れだして止まらなかった。
「私にふさわしいものを寄越してくれるそうですよ」
カークはソファにくたりと寝そべったまま、天井を見上げて薄笑いした。
今夜は久々にシュガットに責められて、それでも結局妄想の果てにわずかに吐き出しただけ、身体の底には満たし切れない空洞にどんどん得体の知れないとろりとしたものが溜まっている感覚、それをブルームに覚られまいと軽く顎を上げて煙草を促す。
「ほら」
「……」
吸い付けてくれた一服を渡された指に軽く口づけると、相手がびくりと体を震わせた。
「……よせ」
「なぜ?」
「もう十分だろう」
「…足りませんよ、あんなものじゃ」
口を開いて煙草を銜えるふりをして、近付いた指を舌で舐め上げる。
「ブルームさん」
「……」
重い溜め息をついてブルームが煙草を遠ざける。うっそりとソファの背にもたれたまま見上げれば、険しい顔をしながらも静かに唇を重ねてくれる。温かで武骨な口づけは初めての時から変わらない。
「……あなたぐらいですね」
何度か舌を触れあわせて離し、少し落ち着いてカークは笑った。
「うん?」
「私を汚いと思ってないのは」
「……カーク」
「色狂いのトップを抱えるのも大変だ」
「カーク」
「ハイトさんはさすがに私のような弱輩では物足りないらしいし」
「カーク」
「はい」
「何を考えてる」
「何も」
乱れ落ちた髪を指先でゆっくり掻き上げて目を閉じた。
「何も考えてませんよ、毎日抱かれて気持ちよくなることしか……それさえも叶いませんけどね」
「街が乱れている」
「……」
「巡視の連中が手を焼くほどのやつらもでてきた」
「……」
「外回りのネフェルもこの間トラスフィとぶつかった」
「……」
「その間に『斎京』の、おそらくルワンが入り込んできた」
「………いい動きですね」
「他人事のようだな」
「ハイトさんは動くなと言う。下賤の者がどれほど死のうと、どうして生きようと、父さえ無事ならそれでいいということでしょうね」
「………」
「どれほど私がもがいても崩れても『塔京』にハイトさんが居る限り、何ほどのことも起こりませんよ」
そしていつか父を食べ損ねた竜が私を綺麗に片付けてくれるんでしょう、骨一本も残さずにね、とカークは嗤った。
「……もう、いいんですよ」
優しく静かに呟いた。
「もうどうなってもいい。何をどうしたって」
あの人には、届かない。届かないなら、私もただ一緒に。
「……カーク」
ならば、今からでもこんなことはやめろ、破滅を目の前にしてお前の体に溺れることで恐怖をごまかすやつらの慰みものになっているようなことは。
「いいじゃありませんか」
切羽詰まったブルームの声音にくすりと笑って、カークは目を開けた。
閉じていようと開けていようと、見えているのは所詮暗く澱んだ『塔京』の空だ。光もなく、夜明けも来ない。助けも来ない、未来も見つからない。
「亡者同士喰らい合ってそのうち皆居なくなればいい」
「カ……」
「あの…」
「誰だ」
ふいにドアが開いてブルームがはっとしたように誰何した。特にこれという興味も湧かないまま、カークはブルームの指から煙草を銜え取り、ゆっくりと吸い込む。
「カークさんの執務室、はこちらでいいんでしょうか」
「!」
低い声が尋ねた瞬間、カークは目を見開いた。どきりと鳴った胸に慌てて起き上がる。
その声の響きに覚えがあった。
「カーク?」
震え出す身体を必死に堪え、虚勢を張って応じる。
「誰だ」
煙草を銜えたまま尋ねる不作法に相手は驚いた様子も怯んだ様子も見せなかった。ブルームからカークに視線を動かしながら、滑らかな動作で頭を下げてみせる。再び上げた瞳は面白そうに煌めいて、柔らかく垂れた前髪を指先で戻す、その動きも無駄がなかった。
「始めまして。僕、ミシェル・ライヤー、と言います」
「ライヤー?」
そんなやつが居たか、いや、そもそもなぜここに今頃やってきた、そう問いつめながら大股に近寄っていくブルームの背中越しに、ライヤーと名乗った男から視線が外せなかった。
もしかしたら。
もしかしたら、この男は。あの声は。その姿は。
「エバンスさんからこちらへ行けと言われたんですけど」
「何?」
ブルームが呆気に取られたような声を出す。
確かにライヤーにはそういう性の匂いが一切しない。つるりと凹凸の少ない顔立ち、細身のダークスーツ姿はどちらかというと頼りなげで、抱く側というより、むしろライヤーの方が抱かれる側だ。
「何かの間違いじゃないのか、ここは」
「カークさんの執務室、兼寝室、ですよね?」
「っ」
にっこりとライヤーは笑ってブルームを封じた。そのまままっすぐカークの方へ歩みよって来て、見下ろしながら手を伸ばしてくる。あまりにも自然、あまりにも当然と言いたげな動きに、ブルームが呑まれて動けない。
どうする気だろう、とライヤーの視線を受け止めたままカークは顎を上げた。
「灰が落ちますよ」
ライヤーの指が煙草に触れる。きゅ、と唇を締めてやると、微かに揺れた煙草から積もった灰が崩れた。顔に散るかと思ったのに、崩れた灰はふわりと差し込まれたライヤーの掌が受け止めて、それでも動かない静かな顔で相手はもう片方の指でカークの唇をなぞった。
「もっと違うものはいかがです?」
「………ブルーム」
カークは唇を開いた。
「………わかった」
視界の端で悔しそうに顔を歪めたブルームが身を翻して部屋を出ていく。カークから奪った煙草をライヤーが口に銜えて微笑む。自分の口にあったものが相手の口にくわえられる、それだけなのに無意識に喉が鳴った。
薄く煙をたなびかせる向こうで、ライヤーは静かにカークを見つめている。
「ベルトを……外せ」
「あなたが外せばいい」
「……」
淡々と応じられ、頭の奥でくらりと目眩がする。
なぜ、とか、どうして、とか、そういう疑問が思考から一気に溶け落ちていく。
カークは手を伸ばしておき上がった。固く締まった相手のベルトを苛立ちながら外す。指を動かす間に焦りが広がり、前立てを開くのももどかしくて、熱の在り処を探して差し込んだ手が、下着を引き降ろしかけて凍りつく。
臍の横、鮮やかに彫り込まれた蝶の徴。
「あ……あっ」
視界が真っ赤に染まった。熱いものが目を覆い、息が弾む。
「オウ……ライ…っ」
呻きながらすがりついて、相手がよろめいたのを床に押し倒し、シャツを掻き分けてのしかかり、蝶に唇をあてて深く強く吸い付いた。
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ぎゅ、と強く抱き締められて、涙が溢れだして止まらなかった。
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