『ラズーン』第七部

segakiyui

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1.開門(4)

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「降ってきたな」
 プラチナブロンドが流れ落ちる奥でいつも艶やかに光るセシ公の眼は、今日は珍しく重苦しく見える。
「一時休戦、ってとこだな」
 リヒャルティは濡れた衣服を次々と脱ぎ捨てる。
「バルカとギャティを残して来たから、何かあれば知らせが来るだろ。けどよ」
 半裸姿の体を乾いた布で擦りながら、窓に寄りかかって空を見上げているセシ公を見やる。
「兄貴がここに来てるとは思わなかったぜ。『氷の双宮』が開いたんだろ、今なら奥の奥まで入り込める。真っ先に飛び込んでるとばかり思ってた」
「そうだな」
 くすり、とセシ公が笑う。
「『ラズーン』の謎を解き明かすには千載一遇の機会だろうな」
 わずかに弾んだ口調に、幼い頃から知りたいと願い続けていた謎に迫れるという喜びが伺える。
「だが」
「だが?」
「一つ、気がかりなことがある」
「兵の動きか?」
「ほう」
 冷ややかな眼差しで、セシ公はリヒャルティを振り返った。
「気づいていたか?」
「一応は、な」
 リヒャルティは金髪をくしゃくしゃとかき回した。濡れてむずがゆいだけではなく、感じている苛立ちをことばにしきれなくて不快だ。
「どうも変だ、手応えが薄い。突っ込んできそうで突っ込んで来ねえ。奴ら、何かを待ってるって気がする、けれど何をだ?」
 顔を歪めて吐き捨てる。配下から『美少女』が台無しですよとからかわれるが、知ったことではない。唇をねじ曲げて不服を示す。
「こっちも体力がねえ、このまま待ってた方が回復に時間をかけられる。けど、何か引っ掛かる、何か見逃してることがある。それを放っておいていいのか、それとも悪いのか」
 見かけは子ども、性格は行き当たりばったりに見えても、リヒャルティは『金羽根』を率いて負け戦に終らせたことはない。その自負が警鐘を鳴らす。
 セシ公は静かに視線を外に向けた。
「私もだよ」
「え?」
「私も『氷の双宮』について、そう思っていた。あそこには何か大きな謎がある。それを放っておかない方がいいような気がする。けれど、動乱の今、それに関わっていいのか悪いのか」
「兄貴らしくねえ」
 思わずリヒャルティはにやにや笑った。
「いいのか悪いのか? そんなこと悩むタマかよ。今まで「いいこと」ばかりしてきたって? セシ公が? は、頂けねえな」
「…なるほど」
 セシ公は肩越しに見遣ってきて、ひょいと片眉を上げた。
「違いない」
 言うや否や、体を起こし、部屋を横切っていく。
「兄貴?」
「お前も随分と大人になったと見える。ユーノのせいか?」
「関係ねえだろ」
 口を尖らせ否定しながら、頬に僅かに血が昇るのを感じた。ユーノのせいだろうとはわかっている。けれどそれを実兄に指摘されるのは別な話だ。
「セシ公の名前を継ぐのも、そう遠くないか」
「は?」
 リヒャルティの前を髪を靡かせながら通った相手のことばにぎょっとした。
「何だって?」
 セシ公を継ぐ? 兄がいるのに?
「おい、どこへ行くんだよ」
 不安に呼び止めようとしたが、セシ公は頓着しない。既に戸口を出ていきつつ、
「パディス。留守を頼むぞ」
 声だけ残して姿を消してしまう。
「パディス?」
 リヒャルティは返答の意外さに身動き出来ずに瞬きする。
「遺跡に何の用があるんだよ、おい、兄貴! 兄貴ってば! ちっ!」
 幼くなった語尾を噛み切るように身を翻して追ったが、セシ公はもうどこにもいない。なお追いかけようとして、自分の姿に気づいて、もう一度舌打ちを重ねる。
「一体、何考えてんだよ、兄貴…」
 リヒャルティの声は空になった部屋に虚しく響いた。
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