『闇を闇から』

segakiyui

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第3章

11.刑罰(5)

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 あれは。
 美並はとぼとぼと道を歩きながら、繰り返し見た光景を頭の中で再現する。
 コンビニに居た不審な男と左脇腹のピンク。青年の柔らかい笑みと口元の鈍色の曇り。
「あれは、やっぱり…」 
 笑った顔を保ちつつ、出て行く時に名残り惜しいという顔で振り返ってみると、青年の胸にあった銀色プレートの『飯島』という名前が薄白く霞んでいた。代わりに鮮烈な紅のイメージで『羽鳥』の文字が浮かんで見えるのに、慌てて顔を背ける。
 青年は気付いていない。
 美並が自分の中にある、もう一人の自分に気付いたということを。
「は…」
 なんか疲れちゃったなあ。
 体が疲れたというより、ふわりと舞い上がった気持ちが思いきり叩き落とされたような気分だ。
「ごまかすために、誘わなくていいのに」
 美並には映画に誘ったのが青年の好意というよりは別の計算からだということが伝わってしまった。しかも、青年が『飯島』という名前でコンビニで働いているのとは別に、『羽鳥』と呼ばれる別の顔を持っていることも。
 別に暴くつもりはない。人にはいろんな時があり都合があり、顔だって幾つも持っている。
 大人になればなお一層いろんな顔があるだろう。
 大人しくコンビニ店員の顔を被っているが、『飯島』はどこかで女と遊ぶのに慣れた『羽鳥』の顔も持っているのかもしれない。
 でもそれだって、別に問題ではない、美並以外には。一緒に居るときに『飯島』を押し通せるなら、それこそ浮気は甲斐性、そういう類のものなのだろう。
 でも美並には見えてしまう、それだけのことだ。
「こんなんじゃ…」
 誰も好きになれないよね。
 寂しくなって美並は唇を噛む。
 突然これから帰る家の中にも、できれば美並には気付いて欲しくないと思う面を持っている人間が居ることに気付いて、美並は溜め息を重ねた。思春期突入の明はもとより、両親も疲れや苛立ちをいちいち見抜かれるのはしんどいだろう。
「早く家を出た方がいいかなあ」
 すぐに感覚を制御できるわけもないし。
 思った矢先、ふいに角からぬっと人影が立ち塞がってぎょっとする。
「あ」
 街灯が遅ればせながらと言いたげに灯って、明るく照らされた相手の顔に固まった。
 さっきコンビニに居た男だ。
「…」
 素早く周囲に意識を散らせる。通りがかる人は居ない。逃げ込める家の玄関は両側とも数メートル離れている。手にしているのは手提げ袋一つ、今日に限って折り畳み傘を持っていない。いつもなら持ち帰るはずの英語辞書は学校に置いてきたから、袋で殴るにしても重量が足りない。後は足蹴りか、ひっぱたくか。
 こういうとき爪を短くしてるのは不利かもしれない、そこまで考えた時に相手がじりっと前へ出て、息を詰めて身を翻そうとしたとたん、
「すみません」
 真面目な声が届いて一瞬動きを止めた。
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
 敬語。しかも営業風の物慣れたというよりは、人に質問することに慣れている口調。
 これはひょっとすると。
「向田署の有沢といいます」
 高校生相手なのに大人に応対するような口調で軽く会釈して近寄ってきた。
「飯島さんとお知り合いですか」
「は?」
 ゆっくり距離を詰めてきた相手は巧みに美並の進路を遮っている。見せてくれた証明に頷くと、
「どういった御関係でしょう」
「……何があったんですか」
「任意で御同行願えますか」
 穏やかな口調は厳しい。四角い顔に太い眉、意志の強そうな顔だちはコンビニで見かけた表情とは別人のように見える。それと一緒に左脇腹のピンクが濃く明るくなって赤に近い色に見えるのにはっとした。
「拳銃、か」
「は?」
 相手が不審そうに眉を上げ、次の一瞬美並と同じく表情を険しくする。
「君は飯島の仲間か」
「仲間?」
「来てもらおうか」
 じりっとまた近寄ってくる、その緊張に新聞記事が結びついた。
「飯島さんが、強盗?」
「…」
 ぐ、っと奥歯を噛み締めた有沢が次の美並のことばに惚ける。
「じゃあ『羽鳥』というのは、その時の名前?」
「なぜ、それを」
 がしりと握られた手首に美並は引きつる。
「あの」
「来てもらえますね、伊吹美並さん」
「はぁ?」
 名前を知ってる?
 呆気にとられた美並に有沢はきつい顔で応じた。
「調べてます」
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