『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

2.ビハインド(1)

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 なんかあの人と話すととんでもなく疲れるんだよね。
 ぼやきながら京介は元子との話し合いから部署に戻ってきた。
 こうなったら疲労困憊の特効薬、伊吹と楽しいランチでもしよう、そう思いながら部屋を見渡してきょとんとする。
「あれ? 伊吹さんは?」
「え? 課長と一緒じゃなかったんですか?」
 石塚が意外そうに顔を上げた。
「僕は今まで会議だったよ?」
「高山さんは戻ってこられてたんで、終わったんだと」
「………で、伊吹さんは?」
「外で食べてくるって出ていきました」
「ふうん…」
「時間内には帰ってきますよ」
「うん……石塚さん、お昼出てくる?」
「課長はどうするんですか」
 高崎くんは打ち合わせだったよね、とボードの予定を眺めながら、
「適当にするよ」
 あんまりお腹空いてない感じもしてきたし。
 溜め息をつきながら机に積まれた書類に手を伸ばした。
「夕べあまり眠れなかったから食欲ないし」
「……じゃあ、お先に」
「はいどうぞ~」
 予想外に早く昼に入れるといそいそ部屋を出て行く石塚に、また小さく溜め息をついて立ち上がり、コーヒーを淹れて戻った。
「とはいえ」
 夜ほとんどやっちゃったから、今すぐに仕事はないんだよね。
「電話番かあ…」
 必要な打ち合わせは慣れも考えて高崎にかなりの部分をふった。わからないことがあれば問い合わせてくるだろう。メールチェックもしてみたが、流通関係は順調に動いており、遅れていたニット帽もじわじわと必要量を確保しつつある。
「んー…」
 仕方なしにネットサーフィンを始めて、次々現れた画面の一つに指を止めた。
「『クリスマス・ラヴリー・ナイト』…そっか……クリスマスにホテル予約するんだよね、普通」
 そう言えば、相子や恵子も何かとそういう記念日に豪華な演出を好んだ。
「伊吹さんはいいのかな」
 いいも何も、クリスマスは仕事、しかも今年は『ニット・キャンパス』まっただ中だ。
「15日に打ち合わせ、30日にイベント締め、12月に入ったら各大学や諸機関でプレ・イベントが動き出して、23日にオープンイベント、24日にホールイベント、25日にはドロップシッピングを詰める…」
 年末まで、いや年明けも早々に動くとなると、甘い時間などほとんどなくなる。
「……死にそう…」
 忙しいのは構わない、不眠不休でもそれなりには持つ、けれど。
「やっぱり伊吹さんが足りないよね……っと」
 呟いたとたん、電話が鳴って、一瞬にしてにこやかに桜木運輸開発管理課、真崎京介でございます、と応じると、
『あれ……課長?』
「……高崎くん?」
『ええ、はい、あれ?』
「何? 何か問題あったの?」
『いや、「デザイナーズ」の方は順調です。結構参加者増えてきそうですし』
「比率は?」
『学生が半分、残りの3/2がアマチュア、残りがプロで』
「へえ…」
 京介は目を細めた。
「ずいぶんプロの反応がいいな」
『ああ、大学んときの知り合いが動いてくれそうなんで。なんか、俺が学校止めたの、残念がってくれていた先生とかも多かったみたいで、そっちからも応援してもらえることになって』
「なるほど」
 時流を掴むというのはこのことだなと微笑んだ。何もかもがうまく噛み合ってくる時期というのがある。問題はそこでためらわないことだ。きっちり見届けつつも深く踏み込んだ方が勝機を得る。
『あの、課長、お昼は』
「うん、今ここ誰もいないからね」
 僕、電話番なんだよ。
『あ、じゃああれって違ったのか』
「違った?」
『あ、いや、あの、何でもないです、はい』
「高崎くん?」
 京介は高崎が電話を入れてきてからの会話を頭の中で繰り返した。
「僕はここに居るはずじゃなかったってこと?」
『あ、あの』
「なんで?」
『あ、いやさっき』
 伊吹さんを見たんですよね。
「……」
 ぴくりと自分の眉が寄ったのがわかった。
『あ、でも人違いかも知れないし』
「どこで見たの? 君は僕と伊吹さんが一緒に居ると思ったんだよね?」
『いや、男の方ははっきり見えなくて。ただ伊吹さんが珍しく緊張した顔で入ってったから、課長ともめたのかなと思っただけで』
「……男性だったんだ?」
『………あー』
「二人で食事してた?」
『えーと……』
「高崎くん?」
『いや食事かどうかわからないんですよ、駅前の「オリジン」だからお茶ってことも』
「『オリジン』だね、わかった、ありがとう」
『あの課長、あんまり今から厳しいこと言ってると逃げられますよ?』
「………早く帰ってきてくれるかな?」
『……はい……』
 京介のひんやりした声に、軽く流そうとした高崎が首を竦めた気配が伝わってくる。
「……だから指輪してって言ったのに」
 唇を尖らせながら京介は周囲を片付け始めた。家に持ち帰れそうな書類を鞄に入れたのは、また眠れなくなったときのことを考えてだ。
 どうしても駄目になったら薬を使うか。
 そう思ったとたんに、蘇った不愉快な経験を無理に記憶の底に押し込める。
 とにかく『ニット・キャンパス』が終わるまで崩れるわけにはいかないのだ。
「……すみません、お先でした……あら、伊吹さんまだですか?」
「まだみたい。ちょっと僕、出てくるから」
 鞄を手にジャケットを羽織った京介に石塚がくすりと笑う。
「何」
「大丈夫だと思いますよ」
 伊吹さんは、そう続けられて顔が微かに熱くなった。
「わかってる」
「課長」
「大丈夫じゃないのは」
 僕なんだ。
 呆気に取られた顔の石塚を残し、京介は急ぎ足に部屋を出た。
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