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第4章
4.プシュカ(2)
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「はい、スープ」
「ありがとうございます」
乗り込んできて朝御飯頂いてるなんて非道ですね。
苦笑する伊吹にいいでしょ、と今度は自分のカップスープを作る。
「きゅうりとトマト切ろうか?」
「…それほども時間ないですよ」
それに、と伊吹は姿勢を改めた。
「少し話したいことも……きゅうりとトマト?」
言いかけた相手がきょとんと目を見張って、テーブルの上を眺めた。
「トースト、スープ、目玉焼き、コーヒー」
「うん」
「それにきゅうりとトマト?」
「うん?」
何が言いたいんだろう、と瞬きすると、伊吹は奇妙な顔になって京介を覗き込む。
「どうして?」
「え?」
「どうして、きゅうりとトマトまであるの?」
「……買ったから?」
「………どうして買ったの?」
「…………食べるから?」
「……………誰が?」
「……………僕と……美並……あ」
そこまで尋ねられて、相手のことばの意味に気付いて顔が熱くなるのを感じた。
京介の冷蔵庫にはいつもほとんど何も入っていない。だから帰りにどこかで食事して帰る、もしくはコンビニで何か買って帰る、そういうふうに過ごしてきた。なのに、今、京介の家の冷蔵庫には。
「他に何があるの…?」
優しい笑みを広げながら、伊吹が尋ねてきてくれて、何だかまっすぐ顔を見られなくなる。
「……えーと…ベーコンブロックと…レタス………あ、あの」
並んだ食材が一般的に朝御飯と呼ばれる類に準備される代物であること、普段コーヒー一杯ぐらいしか口にしない自分が何を考えてそれらを用意していたのか、透けて見えるほど明らかで。
「ベーコンはブロックの方がおいしいって聞いたし……新鮮なものばかりだから、2、3日はもつって…」
「いつ……買ったの?」
「……えーと…」
一昨日?
思わず顔を逸らせながら答えた。
「一昨日って…」
伊吹が苦笑した気配にちらっと横目で見遣ると、
「私と別れてから?」
そっと指で頬を撫でられてうん、と頷く。
「昨日の朝は一緒じゃないってわかってたでしょ?」
「……うん」
わかってた、はずだけど。
気がついたら朝食の買い物をしていて、でも今朝まで冷蔵庫にあることも忘れてたんだよ。
「……京介」
「はい?」
「……昨日の夕飯は?」
「……あー……えーと……」
伊吹が目を細めて少しうろたえる。
「食べた…と思う」
「思う?」
「食べた……」
「何を?」
冷蔵庫開けてないから、違うものですよね?
確認されて必死に思い出す。
「いや、開けたよ、うん。でも中まで覗いてない、ミネラルウォーター出すだけだったし」
「……水ですね?」
「ミネラルウォーターだよ」
「なんて呼ぼうと水は水です」
他には?
「えーと」
他には、その。
引きつりなが沈黙してしまった京介に伊吹が深い溜め息をつく。
「きゅうりとトマト、切ってくれますか?」
「あ、うん。食べる?」
追及が外れていそいそ立ち上がると、背中越しに静かな声が続く。
「……そんなに一緒に居たかったの?」
「え?」
ああ、そうか。
冷蔵庫から冷えたきゅうりとトマトを出して切りながらようやく気付いた。
そうか、そういうことだったのか。
側に居てくれなければ食欲もわかなくて、眠れなくて、自分が何をすればいいのかわからなくなってしまうほど、京介は伊吹が欲しい。けれど、それを意識してしまったら最後、もう独りで暮らせなくなるから、見ないようにして気付かないふりをして。煮詰まって、追い詰められて。
そうかだから元子は溺れている、そう表現したのか、と今さらながら納得した。
「……うん……でも」
やっぱり婚約中から同居はまずいよね、体面とか、噂とか。
「………明日」
「うん?」
切ったきゅうりとトマトにドレッシングとマヨネーズを添えて出すと、伊吹が複雑な顔でテーブルを眺めながら続けた。
「あ、違うドレッシングがよかった?」
「いいえ」
ほう、と小さく溜め息をついて、伊吹はスープを一口呑み、きゅうりをフォークでさくりと刺した。
「渡来さんとデートします」
「……は?」
トーストを一口齧って京介は固まる。
「仕事終わってから、一緒に食事して映画を見ます」
「……」
そりゃ、言ってくれた方がいい、デートするのは知っているから、いつ何をするのか、どこに居るのか教えてくれたのは嬉しい、嬉しいけど。
「………デート……」
僕は会社でも碌に会えなくて、今日だって外回りとか他部署との会議とかで今しか一緒に居られなくて、今夜だって独りで、明日はそれこそ源内との打ち合わせで、夜だってまた独りなのに、あいつは美並を独占する。
「……や……」
いやだ、そう言いたいのをかろうじて押し殺した。
そもそもそのデートだって、京介がマフラーをだめにしたことから始まっているのだ。
でも。
でも。
「一緒に来ますか?」
「……はい?」
しらっとした口調に、思わず伊吹を凝視した。
「ありがとうございます」
乗り込んできて朝御飯頂いてるなんて非道ですね。
苦笑する伊吹にいいでしょ、と今度は自分のカップスープを作る。
「きゅうりとトマト切ろうか?」
「…それほども時間ないですよ」
それに、と伊吹は姿勢を改めた。
「少し話したいことも……きゅうりとトマト?」
言いかけた相手がきょとんと目を見張って、テーブルの上を眺めた。
「トースト、スープ、目玉焼き、コーヒー」
「うん」
「それにきゅうりとトマト?」
「うん?」
何が言いたいんだろう、と瞬きすると、伊吹は奇妙な顔になって京介を覗き込む。
「どうして?」
「え?」
「どうして、きゅうりとトマトまであるの?」
「……買ったから?」
「………どうして買ったの?」
「…………食べるから?」
「……………誰が?」
「……………僕と……美並……あ」
そこまで尋ねられて、相手のことばの意味に気付いて顔が熱くなるのを感じた。
京介の冷蔵庫にはいつもほとんど何も入っていない。だから帰りにどこかで食事して帰る、もしくはコンビニで何か買って帰る、そういうふうに過ごしてきた。なのに、今、京介の家の冷蔵庫には。
「他に何があるの…?」
優しい笑みを広げながら、伊吹が尋ねてきてくれて、何だかまっすぐ顔を見られなくなる。
「……えーと…ベーコンブロックと…レタス………あ、あの」
並んだ食材が一般的に朝御飯と呼ばれる類に準備される代物であること、普段コーヒー一杯ぐらいしか口にしない自分が何を考えてそれらを用意していたのか、透けて見えるほど明らかで。
「ベーコンはブロックの方がおいしいって聞いたし……新鮮なものばかりだから、2、3日はもつって…」
「いつ……買ったの?」
「……えーと…」
一昨日?
思わず顔を逸らせながら答えた。
「一昨日って…」
伊吹が苦笑した気配にちらっと横目で見遣ると、
「私と別れてから?」
そっと指で頬を撫でられてうん、と頷く。
「昨日の朝は一緒じゃないってわかってたでしょ?」
「……うん」
わかってた、はずだけど。
気がついたら朝食の買い物をしていて、でも今朝まで冷蔵庫にあることも忘れてたんだよ。
「……京介」
「はい?」
「……昨日の夕飯は?」
「……あー……えーと……」
伊吹が目を細めて少しうろたえる。
「食べた…と思う」
「思う?」
「食べた……」
「何を?」
冷蔵庫開けてないから、違うものですよね?
確認されて必死に思い出す。
「いや、開けたよ、うん。でも中まで覗いてない、ミネラルウォーター出すだけだったし」
「……水ですね?」
「ミネラルウォーターだよ」
「なんて呼ぼうと水は水です」
他には?
「えーと」
他には、その。
引きつりなが沈黙してしまった京介に伊吹が深い溜め息をつく。
「きゅうりとトマト、切ってくれますか?」
「あ、うん。食べる?」
追及が外れていそいそ立ち上がると、背中越しに静かな声が続く。
「……そんなに一緒に居たかったの?」
「え?」
ああ、そうか。
冷蔵庫から冷えたきゅうりとトマトを出して切りながらようやく気付いた。
そうか、そういうことだったのか。
側に居てくれなければ食欲もわかなくて、眠れなくて、自分が何をすればいいのかわからなくなってしまうほど、京介は伊吹が欲しい。けれど、それを意識してしまったら最後、もう独りで暮らせなくなるから、見ないようにして気付かないふりをして。煮詰まって、追い詰められて。
そうかだから元子は溺れている、そう表現したのか、と今さらながら納得した。
「……うん……でも」
やっぱり婚約中から同居はまずいよね、体面とか、噂とか。
「………明日」
「うん?」
切ったきゅうりとトマトにドレッシングとマヨネーズを添えて出すと、伊吹が複雑な顔でテーブルを眺めながら続けた。
「あ、違うドレッシングがよかった?」
「いいえ」
ほう、と小さく溜め息をついて、伊吹はスープを一口呑み、きゅうりをフォークでさくりと刺した。
「渡来さんとデートします」
「……は?」
トーストを一口齧って京介は固まる。
「仕事終わってから、一緒に食事して映画を見ます」
「……」
そりゃ、言ってくれた方がいい、デートするのは知っているから、いつ何をするのか、どこに居るのか教えてくれたのは嬉しい、嬉しいけど。
「………デート……」
僕は会社でも碌に会えなくて、今日だって外回りとか他部署との会議とかで今しか一緒に居られなくて、今夜だって独りで、明日はそれこそ源内との打ち合わせで、夜だってまた独りなのに、あいつは美並を独占する。
「……や……」
いやだ、そう言いたいのをかろうじて押し殺した。
そもそもそのデートだって、京介がマフラーをだめにしたことから始まっているのだ。
でも。
でも。
「一緒に来ますか?」
「……はい?」
しらっとした口調に、思わず伊吹を凝視した。
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