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第4章
8.ワイヤード(12)
「……あの…」
玄関の扉が閉まって部屋に引き返してきた美並に、真崎がおどおどと声をかけてくる。
「ごめんね、シャツとジーパン…」
「今度、一緒に買いにいきますから」
不安そうな真崎が妙に可愛らしく見える。瞬きしてこちらを見返す瞳が濡れていて、その先を期待しているようで心が揺れる。
「あ、う、うん、僕が買うから」
舌打ちした。
ここでそれを口にしてしまうのか。
「京介」
びくりと体を震わせた相手を睨みつける。
「あのシャツとジーパンは私が勝手に恵子さんに押し付けたものですから、京介が払うものじゃないでしょ」
「だって」
この境界線の甘さはどうにかならないのか。人に押し入られて蹂躙されることを望んでいるとしか思えない。
「それに、今の状況でそれを言い出されるのは、まるで恵子さんの後始末を京介がしているようで不愉快です」
ここまで言わなくてはわからないのかと焦れつつ、口にすると、真崎はなお不安そうに瞬きした。
わからない、と告げている顔に、買ってもらうなら、真崎の服を渡している、と応じると、なお困惑している。
「京介はこれからもそうやって、大輔さんや恵子さんが京介に押し付けたものを支払う気ですか? ……マフラーと同じでしょ?」
マフラーは真崎が汚したものではない、大輔の理不尽なやり方に奪われたものだ。
美並のシャツとジーパンだって、美並が自分の意志でゴミ箱に捨てたと同じ、美並の中では真崎に絡む恵子の糸を断ち切ったつもりなのに、御丁寧にも自腹でそれを拾い上げようとしている真崎が居る。
「美並、僕……よく、わからない」
そっと応じて唇を噛む仕草は、どこか儚げで妖しい。
誰でもいいのよ、と恵子の嘲笑う声が聞こえる。
誰でもいいの、自分に快感を与えてくれる相手なら。一番強くて気持ちいい快感を与えてくれるのが大輔で、それ以外はそれを再現してくれる相手なら、誰でもいい。
抱いてさえ、くれるなら。
ならば、美並に真崎が魅かれたのは?
美並が大輔を熟知し、大輔の本質を理解し、今までの誰よりも、それこそ恵子よりも大輔に近いやり方で、真崎を扱うことができたからだろうか。
真崎にとっては、ただそれだけのことでしかないんじゃないか。
ならば。
ダイテヤレバイイ。
真崎の求める抱き方を、きっと美並は確実に再現できるようになる。人の心の奥底を理解し、感じ取る美並だからこそ、真崎が望む「大輔に一番近いやり方」で満たすことができる。
けれど、その時、美並はどこに居るのだ?
真崎を抱いている美並は、一体誰なのだ?
「じゃあそういうことで」
そのまま思った通りに真崎をののしりそうになって、冷えた心で向きを変えた。扉を開け、廊下に出る。
「なんで? 今夜は泊まってくれるって」
慌てて真崎が追ってきた。
「恵子さんの手前、とりあえずそう言っただけです」
真崎がきょとんとしている。つい今までの、不安そうな中にも微かに揺れていた期待が削り落とされている。
「玄関に見覚えのあるパンプスがありましたから」
気づいていたの、とあやふやな口調になる真崎に冷ややかに嗤った。
「気づいてましたよ?」
気づかないはずがないでしょう。
「けれど、彼女の存在を京介はどう思ってるのか、知りたかったんです」
いろいろ不愉快なほどに十分にわかった気はするが。
目を細めて尋ねた。
「京介は誰のものですか?」
「、それはもちろん美並の」
「私の?」
「うん、美並のもの」
こくん、と真崎が無意識にだろう、喉を鳴らした。開かれたシャツの首が艶かしく動く。薄い笑みが華やかに唇に広がった。
「僕は、美並のものだよ……内側も、外側も、心の底まで」
呟いたことばに煽られたのか、真崎が微かに腰を揺らせる。
けれど、その欲望は、本当に美並に向けられているのか、それとも、美並が再現する大輔へのものなのか、今美並には判断ができない。
玄関の扉が閉まって部屋に引き返してきた美並に、真崎がおどおどと声をかけてくる。
「ごめんね、シャツとジーパン…」
「今度、一緒に買いにいきますから」
不安そうな真崎が妙に可愛らしく見える。瞬きしてこちらを見返す瞳が濡れていて、その先を期待しているようで心が揺れる。
「あ、う、うん、僕が買うから」
舌打ちした。
ここでそれを口にしてしまうのか。
「京介」
びくりと体を震わせた相手を睨みつける。
「あのシャツとジーパンは私が勝手に恵子さんに押し付けたものですから、京介が払うものじゃないでしょ」
「だって」
この境界線の甘さはどうにかならないのか。人に押し入られて蹂躙されることを望んでいるとしか思えない。
「それに、今の状況でそれを言い出されるのは、まるで恵子さんの後始末を京介がしているようで不愉快です」
ここまで言わなくてはわからないのかと焦れつつ、口にすると、真崎はなお不安そうに瞬きした。
わからない、と告げている顔に、買ってもらうなら、真崎の服を渡している、と応じると、なお困惑している。
「京介はこれからもそうやって、大輔さんや恵子さんが京介に押し付けたものを支払う気ですか? ……マフラーと同じでしょ?」
マフラーは真崎が汚したものではない、大輔の理不尽なやり方に奪われたものだ。
美並のシャツとジーパンだって、美並が自分の意志でゴミ箱に捨てたと同じ、美並の中では真崎に絡む恵子の糸を断ち切ったつもりなのに、御丁寧にも自腹でそれを拾い上げようとしている真崎が居る。
「美並、僕……よく、わからない」
そっと応じて唇を噛む仕草は、どこか儚げで妖しい。
誰でもいいのよ、と恵子の嘲笑う声が聞こえる。
誰でもいいの、自分に快感を与えてくれる相手なら。一番強くて気持ちいい快感を与えてくれるのが大輔で、それ以外はそれを再現してくれる相手なら、誰でもいい。
抱いてさえ、くれるなら。
ならば、美並に真崎が魅かれたのは?
美並が大輔を熟知し、大輔の本質を理解し、今までの誰よりも、それこそ恵子よりも大輔に近いやり方で、真崎を扱うことができたからだろうか。
真崎にとっては、ただそれだけのことでしかないんじゃないか。
ならば。
ダイテヤレバイイ。
真崎の求める抱き方を、きっと美並は確実に再現できるようになる。人の心の奥底を理解し、感じ取る美並だからこそ、真崎が望む「大輔に一番近いやり方」で満たすことができる。
けれど、その時、美並はどこに居るのだ?
真崎を抱いている美並は、一体誰なのだ?
「じゃあそういうことで」
そのまま思った通りに真崎をののしりそうになって、冷えた心で向きを変えた。扉を開け、廊下に出る。
「なんで? 今夜は泊まってくれるって」
慌てて真崎が追ってきた。
「恵子さんの手前、とりあえずそう言っただけです」
真崎がきょとんとしている。つい今までの、不安そうな中にも微かに揺れていた期待が削り落とされている。
「玄関に見覚えのあるパンプスがありましたから」
気づいていたの、とあやふやな口調になる真崎に冷ややかに嗤った。
「気づいてましたよ?」
気づかないはずがないでしょう。
「けれど、彼女の存在を京介はどう思ってるのか、知りたかったんです」
いろいろ不愉快なほどに十分にわかった気はするが。
目を細めて尋ねた。
「京介は誰のものですか?」
「、それはもちろん美並の」
「私の?」
「うん、美並のもの」
こくん、と真崎が無意識にだろう、喉を鳴らした。開かれたシャツの首が艶かしく動く。薄い笑みが華やかに唇に広がった。
「僕は、美並のものだよ……内側も、外側も、心の底まで」
呟いたことばに煽られたのか、真崎が微かに腰を揺らせる。
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