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第4章
11.六人と七人(4)
ありえないだろう。
世界が揺れ動くような感覚に襲われながら、美並は元子と別れた。
真崎が次期社長? それこそ無理だありえない、だって。
『彼の弟です』
『ええそうね、それで』
『犯罪者の身内が社長に就任することに抵抗が多いのでは』
『そういうところ、好きだわあ』
元子は相好を崩した。
『婚約者にも容赦なくて、ほんと大好き』
『ふざけないでください』
『ふざけてないわ、むしろ頭を下げようと思ってるぐらい』
お願い、と言うことばを思い起こした。
『社長になるから負担をかけると?』
『いいえ、これから酷い噂が流れるだろうし、それを利用してしまうから』
元子の冷えた目にぞくりとした。
『今のままではね、桜木通販は消えるの』
『……はい』
『岩倉産業はすでに「協力」を申し出て来ている』
納得した。もちろん、そうだろう。『ニット・キャンパス』でホール・イベントを張り合う相手に弱みがあるのなら、そこを突かなくてどうすると考えるだろう。
『呑み込まれるならまだしも、顧客だけ奪われて社員全員路頭に迷うことになりかねない』
その危険性は美並にも十分わかっている。『羽鳥』が桜木通販に居るなら、真崎大輔から辿られるなら、そして全てが明らかにされるなら、何度も同様の事件を繰り返す会社など誰が信用するだろう。
『でも、真崎京介が居るなら』
『…』
『身内への虐待を繰り返し、女性を喰い物にするような男が、優秀な弟にもDVを繰り返していたら。それに苦しんだ弟が、それでも人を結びつけ未来を開こうとするイベントに、兄の妨害を受けつつ奔走して、見事成功させたなら。その成功を支えた婚約者とともに、数人の犯罪者のために潰れかけた会社を守ろうと立ち上がったら』
元子は静かに微笑んだ。
『それでも叩こうとする輩と応援しようとする声のどちらが多いかしら』
この人は、やはり一筋縄ではいかない人だった。
美並の警戒に気づいたのだろう、元子はいたずらを見つかった子どものようにくすりと笑う。
『きっと、犯罪者を囲っていたけれど心機一転やり直します頑張りますって、私が言うより随分マシだわ』
『…どこまで知っているんですか』
それは聞かねばならないことだった。
『何?』
『課長の受けたDVです』
『…本当なのね』
あ、と唇を噛む。カマをかけたつもりではなかったのだろう、元子はごめんなさい、と謝った。
『安心なさい、詳細は知らないし、知るつもりもないわ。ただ…』
知っているのよ。
元子は低く優しい声で続けた。
『見えない場所を傷つけられ続けると、人がどれほど竦むのか。どれほど自分を疑って未来を諦めるのか』
ふいに、目の前の強かな顔に、相手の生きて来た時間を感じ取った。
『そして、それを見つけて受け止めてくれた相手に、どれほど感謝を感じるのか。どれほど役に立ちたいと思うのか』
あの子を見ていて思い出さない日はなかったわ。
『私は夫に救われた。彼に委ねられたものを、バカバカしい人間のために失うわけにはいかないの、どんな手段を使ってもね』
だから、本当にごめんなさい。
にこやかに笑う元子の目元にかすかに光るものが溜まっている。
『あなたの両肩に重荷を載せちゃうわ。潰れたなら、私を恨んで』
思い出す元子の声に怯みもたじろぎも偽りもない、けれど、だって。
「社長…? …っ」
クラクラしながら考え込んだまま会社近くまで戻り、横断歩道を渡ろうとした矢先、ふいに腕を掴まれてはっとした。
世界が揺れ動くような感覚に襲われながら、美並は元子と別れた。
真崎が次期社長? それこそ無理だありえない、だって。
『彼の弟です』
『ええそうね、それで』
『犯罪者の身内が社長に就任することに抵抗が多いのでは』
『そういうところ、好きだわあ』
元子は相好を崩した。
『婚約者にも容赦なくて、ほんと大好き』
『ふざけないでください』
『ふざけてないわ、むしろ頭を下げようと思ってるぐらい』
お願い、と言うことばを思い起こした。
『社長になるから負担をかけると?』
『いいえ、これから酷い噂が流れるだろうし、それを利用してしまうから』
元子の冷えた目にぞくりとした。
『今のままではね、桜木通販は消えるの』
『……はい』
『岩倉産業はすでに「協力」を申し出て来ている』
納得した。もちろん、そうだろう。『ニット・キャンパス』でホール・イベントを張り合う相手に弱みがあるのなら、そこを突かなくてどうすると考えるだろう。
『呑み込まれるならまだしも、顧客だけ奪われて社員全員路頭に迷うことになりかねない』
その危険性は美並にも十分わかっている。『羽鳥』が桜木通販に居るなら、真崎大輔から辿られるなら、そして全てが明らかにされるなら、何度も同様の事件を繰り返す会社など誰が信用するだろう。
『でも、真崎京介が居るなら』
『…』
『身内への虐待を繰り返し、女性を喰い物にするような男が、優秀な弟にもDVを繰り返していたら。それに苦しんだ弟が、それでも人を結びつけ未来を開こうとするイベントに、兄の妨害を受けつつ奔走して、見事成功させたなら。その成功を支えた婚約者とともに、数人の犯罪者のために潰れかけた会社を守ろうと立ち上がったら』
元子は静かに微笑んだ。
『それでも叩こうとする輩と応援しようとする声のどちらが多いかしら』
この人は、やはり一筋縄ではいかない人だった。
美並の警戒に気づいたのだろう、元子はいたずらを見つかった子どものようにくすりと笑う。
『きっと、犯罪者を囲っていたけれど心機一転やり直します頑張りますって、私が言うより随分マシだわ』
『…どこまで知っているんですか』
それは聞かねばならないことだった。
『何?』
『課長の受けたDVです』
『…本当なのね』
あ、と唇を噛む。カマをかけたつもりではなかったのだろう、元子はごめんなさい、と謝った。
『安心なさい、詳細は知らないし、知るつもりもないわ。ただ…』
知っているのよ。
元子は低く優しい声で続けた。
『見えない場所を傷つけられ続けると、人がどれほど竦むのか。どれほど自分を疑って未来を諦めるのか』
ふいに、目の前の強かな顔に、相手の生きて来た時間を感じ取った。
『そして、それを見つけて受け止めてくれた相手に、どれほど感謝を感じるのか。どれほど役に立ちたいと思うのか』
あの子を見ていて思い出さない日はなかったわ。
『私は夫に救われた。彼に委ねられたものを、バカバカしい人間のために失うわけにはいかないの、どんな手段を使ってもね』
だから、本当にごめんなさい。
にこやかに笑う元子の目元にかすかに光るものが溜まっている。
『あなたの両肩に重荷を載せちゃうわ。潰れたなら、私を恨んで』
思い出す元子の声に怯みもたじろぎも偽りもない、けれど、だって。
「社長…? …っ」
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