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第4章
12.トゥ・ゴゥ(3)
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「さっきさ」
ふうふう、と息を吹きかけながら、源内は熱いチャーシューを啜り込む。
「あんたのことを聞いてたつもりだったんだが」
「はい」
京介は五目蕎麦を持ち上げた箸を止めた。
真夜中過ぎまでやっているという源内行きつけのラーメン屋は、9時10時は宵の口なのだろう、じりじりと込み合ってくる客と店の熱気がかなりきつくて、ネクタイを緩めてシャツの襟を開けようとしたが、源内に睨まれたので諦める。
「あれ、俺のことだな」
「あなたの?」
「ああ」
餃子も食うか、と尋ねられて首を振ると、源内はぐいと手の甲で滲んだ額の汗を擦り上げ、餃子二人前追加、と奥に叫んだ。あいよー、と軽い声が響いて、それほど待つまでもなく湯気を上げる皿が届けられる。
「そういう人がいらっしゃるんですか」
「違う違う」
源内はうっとうしそうに箸を振った。
「ハルだよ」
「あの…」
「…そっちも違う」
俺はそっちの趣味はないから安心しろ。
ぼそりと続けられて、すみません、と謝る。
「ハル、どう思う」
「……才能溢れる少年ですね」
「ぶっとんでるよ」
まだ10代だってのが良くも悪くもネックになる。
「加えてあの性格だろ?」
必要最小限のことしかしゃべらないし、しゃべったら単語しか並べない。
「しゃべれないわけじゃねえんだ、それなりの場所でしゃべりまくって評論家を圧倒したことがある」
「…」
「12の時だぜ? 12のガキに大の大人がたじたじでさ」
聞きながら、京介はつるつると蕎麦を啜り込んだ。
「本人の感想は『面倒』で終わり。相手の名前も覚えちゃいねえよ」
「……なるほど」
ざぶざぶと音をたてそうな勢いで源内も麺を啜る。
「あれだけの才能とあれだけぶっとんだ性格を、他の誰が扱える」
俺ぐらいだって自負はしてるさ。
「そうでしょうね」
「…けれど、それが最近になって海外からも注目されてくると引っ掛かるようになってきた」
「……」
「俺でいいのか?」
源内は餃子を一気に三つ口の中に放り込み、慌ただしく咀嚼した。
「本当に、俺がやっていいのか?」
なるほど、だから『俺のこと』か、と気づく。
京介が伊吹に自分の命をかけるのを、伊吹が負担にしないか、そう源内は問いかけた。
それは同時に、ハルの世話をする自分の存在がハルにとって負担になってこないか、そういう意味でもあったらしい。
「他にもっと、ちゃんとやれるやつがいるんじゃないか」
情けないけど、そういう怯みがどうしても出る。
「だから『ニット・キャンパス』をキリにして、ハルを手放そうと思ってたんだ」
けどな。
「溢れる才能ってのは凶暴だよな」
集中していくに従って輝きを増すそれに、自分の中に執着が生まれる。
「手放したくなくなる」
あの能力がどこまで伸びるのか、どうしても見たい、すぐ側で。
「ガキみたいに、そんなことを考えて眠れなくなる」
「……あなたが決めることじゃないでしょう」
「あん?」
「……それを決めるのはあなたじゃない」
京介はゆっくり汁を含んだ。
豊かで厚みのある味、狭くてぎっちりと脂っぽい店構えに不似合いなほど素朴でまとまった味わいに、店主のこだわりが滲んでくる。呑むほどに体の隅々に滋養が行き渡る気がして吐息をつく。
「…おいしいですね」
「だろ」
それはここの一番の売りなんだ。
源内がにやりと笑った。
「もっともメニューに載ってねえけど」
「ああそれで」
席に着くや否や源内が先に注文したのは、そういう理由かと頷く。
「で、俺じゃないって言うのは」
「決めるのは渡来さんでしょう?」
「……まあ、そうだ」
「聞いてみればいいじゃないですか」
「なんて」
「俺が必要かどうかって」
「あのな」
大胆なことを言うよな、あんたも。
「怖いんですか?」
「あんたは怖くないのか」
「怖くない、って言いませんでしたっけ?」
「ああ、はいはい」
要らないって言われたら死ぬだけなんだよな。
源内が疲れた顔になるのに微笑んだ。
「渡来さんのことだから、きっとはっきり応えてくれますよ」
僕は伊吹さんに要らないってはっきり言われたし。
「あー…なるほど」
ふうう、と源内は大きく息をついた。
「………だよな」
「本当は」
「ん?」
「本当は逆なんじゃないですか」
「逆?」
「あなたは本当は必要だと言われると知っている」
「……」
「もしくは、既に言われている」
「…………」
「それが、信じられない」
違いますか?
「……どうしてそう思う」
源内が箸を止める。
ふうふう、と息を吹きかけながら、源内は熱いチャーシューを啜り込む。
「あんたのことを聞いてたつもりだったんだが」
「はい」
京介は五目蕎麦を持ち上げた箸を止めた。
真夜中過ぎまでやっているという源内行きつけのラーメン屋は、9時10時は宵の口なのだろう、じりじりと込み合ってくる客と店の熱気がかなりきつくて、ネクタイを緩めてシャツの襟を開けようとしたが、源内に睨まれたので諦める。
「あれ、俺のことだな」
「あなたの?」
「ああ」
餃子も食うか、と尋ねられて首を振ると、源内はぐいと手の甲で滲んだ額の汗を擦り上げ、餃子二人前追加、と奥に叫んだ。あいよー、と軽い声が響いて、それほど待つまでもなく湯気を上げる皿が届けられる。
「そういう人がいらっしゃるんですか」
「違う違う」
源内はうっとうしそうに箸を振った。
「ハルだよ」
「あの…」
「…そっちも違う」
俺はそっちの趣味はないから安心しろ。
ぼそりと続けられて、すみません、と謝る。
「ハル、どう思う」
「……才能溢れる少年ですね」
「ぶっとんでるよ」
まだ10代だってのが良くも悪くもネックになる。
「加えてあの性格だろ?」
必要最小限のことしかしゃべらないし、しゃべったら単語しか並べない。
「しゃべれないわけじゃねえんだ、それなりの場所でしゃべりまくって評論家を圧倒したことがある」
「…」
「12の時だぜ? 12のガキに大の大人がたじたじでさ」
聞きながら、京介はつるつると蕎麦を啜り込んだ。
「本人の感想は『面倒』で終わり。相手の名前も覚えちゃいねえよ」
「……なるほど」
ざぶざぶと音をたてそうな勢いで源内も麺を啜る。
「あれだけの才能とあれだけぶっとんだ性格を、他の誰が扱える」
俺ぐらいだって自負はしてるさ。
「そうでしょうね」
「…けれど、それが最近になって海外からも注目されてくると引っ掛かるようになってきた」
「……」
「俺でいいのか?」
源内は餃子を一気に三つ口の中に放り込み、慌ただしく咀嚼した。
「本当に、俺がやっていいのか?」
なるほど、だから『俺のこと』か、と気づく。
京介が伊吹に自分の命をかけるのを、伊吹が負担にしないか、そう源内は問いかけた。
それは同時に、ハルの世話をする自分の存在がハルにとって負担になってこないか、そういう意味でもあったらしい。
「他にもっと、ちゃんとやれるやつがいるんじゃないか」
情けないけど、そういう怯みがどうしても出る。
「だから『ニット・キャンパス』をキリにして、ハルを手放そうと思ってたんだ」
けどな。
「溢れる才能ってのは凶暴だよな」
集中していくに従って輝きを増すそれに、自分の中に執着が生まれる。
「手放したくなくなる」
あの能力がどこまで伸びるのか、どうしても見たい、すぐ側で。
「ガキみたいに、そんなことを考えて眠れなくなる」
「……あなたが決めることじゃないでしょう」
「あん?」
「……それを決めるのはあなたじゃない」
京介はゆっくり汁を含んだ。
豊かで厚みのある味、狭くてぎっちりと脂っぽい店構えに不似合いなほど素朴でまとまった味わいに、店主のこだわりが滲んでくる。呑むほどに体の隅々に滋養が行き渡る気がして吐息をつく。
「…おいしいですね」
「だろ」
それはここの一番の売りなんだ。
源内がにやりと笑った。
「もっともメニューに載ってねえけど」
「ああそれで」
席に着くや否や源内が先に注文したのは、そういう理由かと頷く。
「で、俺じゃないって言うのは」
「決めるのは渡来さんでしょう?」
「……まあ、そうだ」
「聞いてみればいいじゃないですか」
「なんて」
「俺が必要かどうかって」
「あのな」
大胆なことを言うよな、あんたも。
「怖いんですか?」
「あんたは怖くないのか」
「怖くない、って言いませんでしたっけ?」
「ああ、はいはい」
要らないって言われたら死ぬだけなんだよな。
源内が疲れた顔になるのに微笑んだ。
「渡来さんのことだから、きっとはっきり応えてくれますよ」
僕は伊吹さんに要らないってはっきり言われたし。
「あー…なるほど」
ふうう、と源内は大きく息をついた。
「………だよな」
「本当は」
「ん?」
「本当は逆なんじゃないですか」
「逆?」
「あなたは本当は必要だと言われると知っている」
「……」
「もしくは、既に言われている」
「…………」
「それが、信じられない」
違いますか?
「……どうしてそう思う」
源内が箸を止める。
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