『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

12.トゥ・ゴゥ(6)

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 京介は、その過敏で脆い部分へ加えられる力にいつも翻弄されてきた。そこへの攻撃に身を竦めて、源内の言い方で言えば、逆に好きなように扱われてきていた。
 けれど今、源内の指摘するそこへ繋がっていく感覚に集中すると、加えられてきた力が意味をなさなくなるのがわかる。その巨大な虚の中に力が吸い込まれぎっちりと封じ込められることで、それ以外の部分から力の影響が拭い去られていく。
 その感覚は、伊吹と白い海に辿りついた時と共通するものがあった。
 力を得て、力を越え、力から解き放たれていく爽快感。
 肩や腕から無用な力が抜けていく。
 全身が深く安らぎ軽やかになる。
 そのままゆっくりと右足を引いて正座する。まだ中心はそこにある。続いてそのまま右足を立てて、そのまま立ち上がる。
「んっ」
 ぐら、と身体が揺れた。
 苦笑いしながら、もう一度座って、それから立ち上がる。
 身体の中心軸を揺らせずにすっと立つ美しい動きを源内はこともなげにやってみせた。けれどそれは、かなり両足に負担をかける。言い換えれば、きちんと筋肉ができていないとあの動きには繋がらない。
「……足りない、な」
 教えられた柔軟と基礎を繰り返しながら、京介はゆっくり流れ落ちてくる汗に顔を引き締める。
「まだまだうんと足りないんだ」
 それは京介の心の基礎にも繋がることのように思えた。
 伊吹が居ないとすぐに不安になり落ち着かなくなる。伊吹の温もりを求めて、それが得られないからと他の刺激でごまかそうとしてしまう。
 それはつまり、一人できちんと生きていくためのエネルギーが全然足りないということなのだろう。
 伊吹と会うまで一人で来れていたのは、誰とも関わらず何にも興味を持たず、自分でエネルギーを産み出しもせず確保もできず、ただただ求められ奪われるままに晒され、同じやり方で自分を食いつぶしていっていたに過ぎないのだ、そう気づいた。
 そう思うと、伊吹の動きが合気道のそれと極めて近いのがよくわかる。
 中心がきちんと存在する。
 その中心が揺らがない。
 万が一揺らいでも、滑らかにしなやかにすぐに元に戻っていく。
 両手を上げて、片足を曲げて引き上げ、そのまま立ち続ける。その自分に伊吹のすっと伸びた背筋を思う。脚が揺れる。身体がふらつく。両腕が重くて腰が定まらない。でも、もう少し。
 もう少し、頑張れ。
「……っ」
 もう片方の脚を上げて立ち続けながら、シャツはしっとりと身体に張り付き出していた。いつもの熱く不快に滲み出てまとわりつく汗ではなく、そのまま次々空中に霧散していくような感触の汗が気持ちいい。
 呼吸を乱しながら額を拭って身体を戻し、深呼吸してから居間を出て、熱いシャワーを浴びた。
「は……ぁ……」
 べたりと身体の表面を覆っている見えない皮が湯気に溶かされ、迸る飛沫に叩かれ破られ、快感に鳥肌が立つ。さすがに髪はシャンプーして浴室を出た。
「……」
 鏡の中から見返す顔、さっきは微かに目の下に隈があったように思うけれど、今は軽く上気していて元気そうに見える。むしろ、眉を寄せてやっていたせいか、視線に鋭いものが残っていると気づいて、少し力を抜いて笑ってみせる。
「うん……いいかも」
 普段は感じない空腹感に、着替えつつトーストを焼いた。コーヒーを淹れて、シャツのボタンを止めながら皿を出し、気づいて携帯にメールを入れる。
『伊吹さん、おはよう。今夜来れる?』
 返事はすぐに戻ってきた。
『おはようございます。眠れましたか?』
「…ふふ」
 笑って次は通話に切り替える。
『おはようございます、京介』
 柔らかな声がじん、と甘い痺れを脳に広げた。
「おはよう。ごめんね、今忙しかった?」
『大丈夫です。京介は?』
「今…朝ご飯してる」
『昼ご飯一歩手前ですね』
「そうだね」
『眠れなかったの? お仕事?』
「ううん」
 ひさしぶりに寝過ぎたんだよ。さっき起きた。
「伊吹さんは今何してるの?」
『お昼ご飯です』
「早いね?」
『ちょっと出かけるので……夜には行けますよ。何時ぐらいがいい?』
「……できるだけ早く…会いたい」
 ああ、それでも伊吹さんは特別だ。
 蕩けそうな感覚で思ってねだる。
「いつなら来れる?」
『…………7時ぐらいには』
「……泊まれる、よね?」
『はい』
 優しい声で同意されて、今度は下半身が甘くなる。
「ご飯どうする?」
『そちらで何か作りましょうか』
 材料買っていきますね。
「じゃあ僕はデザート用意しておくね」
『………京介でいいですよ』
「え………」
『デザートは京介がいいです』
「……う…ん…」
 見る見る顔が熱くなる。
「うん……じゃあ……僕を用意しておくね…」
『とびきりおいしそうにしておいてくださいね』
「う……はい……」
 それじゃあ、と切れた携帯をしばらく瞬きを繰り返しながら名残おしく握っていたが、チン、と軽い音をたてて焼き上がったトーストに我に返って、慌てて片付ける。
「もう…」
 身体が熱い。
「とびきりおいしそうにって……なに」
 最近伊吹さん大胆だよね、もうなんだか僕って全身残さず食べられそうな感じだよね。
「………」
 呟いた自分の声がべたべたに甘く蕩けているのに気づいて、京介は誰も見ていない部屋でますます熱くなる顔にうろたえながらトーストにかぶりついた。
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