『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

12.トゥ・ゴゥ(8)

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 突然真崎が閉じていた目を開いて見下ろしてきた。
「はっあ、っ」
 強く吐き出す声と息、疲れ切った顔で壁に額を押し付け、動かすのを止めた腰が二度三度引き攣る。
「…ひど…いよ……苦しい」
 もう一度見下ろしてきた瞳は真っ黒で精気を失っている。快感で意識を飛ばせているというよりは、重荷を背負い続けて歩き続け、ついに潰されてしまったような意思のない目。
「……ごめんなさい……いじめちゃいましたね」
 無意識に呟いて、力を緩めて崩れてくる相手を抱き締めながら考える。
 この相手は、真崎でないと駄目だっただろうか。
 冷えた思考だった。
 もしかしたら、有沢でも、ほかの誰かでも、美並は同じように振る舞えたのではなかったか、相手に快感を与えて極めさせていくという目的である限り。
 それを京介も感じていた。
 だから『ちゃんと触って』欲しかった。
「……そ……っか………これ……ちがう…んだ…」
 真崎が囁き、瞬きして美並に焦点を合わせてきた。
 軽く震えが走る。一瞬、離れたがるように竦んだ体を、美並も感じとる。
「……そ…か」
 真崎が頼りなく微笑む。
「僕……犯人……だね……?」
 同じことを考えていた。
 美並と同じことを、真崎もまた考えていた。
 思わず口走る。
「私が、犯人ですよ、京介」
 『羽鳥』は襲うコンビニの中で働いている人間や巻き込まれる客のことなど考えていないのだろう。襲われる女達や巻き込む男達のことも、個別の存在として考えていないのだろう。
 今の美並のように、相手は、自分からの働きかけに対して一定の反応を返してくれる『装置』にしか過ぎない。
 わたしのいみはなんですか。
 被害者達は問い続ける。
 この事件に『私』が巻き込まれた原因は。理由は。意味は。
 『ほかの誰か』ではなく、どうして『私』でなければならなかったのか。
 怨恨の果て。金品を奪うため。嫉妬や怒りのため。愛情や友情、感情の縺れ。
 誰か、返答を。
 その正しい返答が可能なのは、おそらく犯人ただ一人。
 けれど、その犯人も『答え』を持っていなかったとしたら、被害者の『意味』はどうなってしまうのか。
 理由などない。誰でも良かった。いつでも良かった。たまたま、今日、この瞬間に居合わせただけ。なのに。
 『私』でなくても良かったのに、それでも『私』が巻き込まれた『意味』は。
 答えを。
 わたしのいみはなんですか。
 美並は自分の底の底にある沈黙に耳を傾け続ける。
 今の美並はきっと、『羽鳥』と同じ感覚を抱いている。
 その感覚は真崎を深く傷つける。
 真崎だけではない、人を取り返しのつかない場所まで傷つける。
「あの時、あのまま泊まっていたら」
 恵子は真崎だから求めたのだろう。
「今みたいに抱いてました」
 大輔は真崎だから執着したのだろう。
 けれど、『羽鳥』は。
 けれど、美並は。
 『誰か』だから、ことに及んだのかどうか。
「……仕切り直ししましょうね」
 シャワーを浴びませんか。
 提案すると、真崎はほっとした顔で頷いた。

 ぐずぐずに濡れてしまった真崎を先に、後から美並がシャワーを使う。
「……」
 熱い湯を出しっぱなしにして打たれながら、美並の頭の中にさっきの冷えた感覚が戻っている。
 朝のトイレで『羽鳥』が『誰か』を抱いていた時、彼は『誰か』を認識していただろうか。
 桜木通販が『ニット・キャンパス』に関わるとなった時、ハルのことは当然紹介されたはずだが、『羽鳥』はハルと出会ったことを思い出しただろうか。
 大輔を告発することになった少女は、大輔やきっかけとなった『羽鳥』のことを忘れてはいないだろう。だが、『羽鳥』はその少女が居たことさえ覚えていないのではないか。
「……」
 ざあああ。
 流れ落ちるシャワーの水音を背景にひたすら耳を澄ませている自分を感じる。
 思考がジャンプしていく、冷えた、鋭い、刃先のような理屈が。
 与えられた情報を、まるで道路に描かれた石蹴りの輪を跳ね飛ぶように。
 孝は殺された。
 おそらく『羽鳥』が関わった事件の中で唯一意図的に『殺された』。
 なぜだろう。
 孝は『羽鳥』にとって特別だった。
 特定の個人として認識され、ひょっとすると、『羽鳥』自ら関わった可能性さえある。
 なぜだろう。
 なぜ『羽鳥』は桜木通販に居るのだろう。
 大輔に起こっていることが理解できないとは思えない。有沢の動きを感知していないはずがない。美並のこともひょっとすると察知しているかもしれない。
 なのに『羽鳥』は動かない。
 なぜだろう。
 決して見つかるわけがないと思っているのか。
 自分が世界に対して感じているように、誰も自分を認識していないと思い込んでいるのか。
 それとも。
 何か『離れがたい理由』ができたのか。
「っ」
 思わず体が震えた。
 孝を殺したのが『羽鳥』であったのならば、彼もまた男性を抱くことを望むのかもしれない。
 にこやかに華やかに笑う真崎の姿が思い浮かぶ。
 桜木通販の中で、まるで壊されることを望むような繊細な姿は興味を引かなかっただろうか。
 足元の床が抜け落ちそうな恐怖が走る。
 犯人は『離れがたい理由』のためにも罪を犯す。
 今度『羽鳥』が巻き込む『誰か』は真崎なのかもしれない。
 わたしのいみはなんですか。
 唇を噛んだ。
 『羽鳥』の存在する意味はなんだろう。
 各地のコンビニを忠実な部下を手足のように使い切り捨てながら襲う。
 そこには何があったのか。
「…ん…?」
 美並の脳裏に何かが微かに引っ掛かった。
 目を見開いて内側の視界を探る。
 薄く笑った唇。
 奇妙な違和感。
 なぜ、そこで笑っていられるのか。
「…あ…」
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