394 / 510
第4章
12.トゥ・ゴゥ(8)
しおりを挟む
突然真崎が閉じていた目を開いて見下ろしてきた。
「はっあ、っ」
強く吐き出す声と息、疲れ切った顔で壁に額を押し付け、動かすのを止めた腰が二度三度引き攣る。
「…ひど…いよ……苦しい」
もう一度見下ろしてきた瞳は真っ黒で精気を失っている。快感で意識を飛ばせているというよりは、重荷を背負い続けて歩き続け、ついに潰されてしまったような意思のない目。
「……ごめんなさい……いじめちゃいましたね」
無意識に呟いて、力を緩めて崩れてくる相手を抱き締めながら考える。
この相手は、真崎でないと駄目だっただろうか。
冷えた思考だった。
もしかしたら、有沢でも、ほかの誰かでも、美並は同じように振る舞えたのではなかったか、相手に快感を与えて極めさせていくという目的である限り。
それを京介も感じていた。
だから『ちゃんと触って』欲しかった。
「……そ……っか………これ……ちがう…んだ…」
真崎が囁き、瞬きして美並に焦点を合わせてきた。
軽く震えが走る。一瞬、離れたがるように竦んだ体を、美並も感じとる。
「……そ…か」
真崎が頼りなく微笑む。
「僕……犯人……だね……?」
同じことを考えていた。
美並と同じことを、真崎もまた考えていた。
思わず口走る。
「私が、犯人ですよ、京介」
『羽鳥』は襲うコンビニの中で働いている人間や巻き込まれる客のことなど考えていないのだろう。襲われる女達や巻き込む男達のことも、個別の存在として考えていないのだろう。
今の美並のように、相手は、自分からの働きかけに対して一定の反応を返してくれる『装置』にしか過ぎない。
わたしのいみはなんですか。
被害者達は問い続ける。
この事件に『私』が巻き込まれた原因は。理由は。意味は。
『ほかの誰か』ではなく、どうして『私』でなければならなかったのか。
怨恨の果て。金品を奪うため。嫉妬や怒りのため。愛情や友情、感情の縺れ。
誰か、返答を。
その正しい返答が可能なのは、おそらく犯人ただ一人。
けれど、その犯人も『答え』を持っていなかったとしたら、被害者の『意味』はどうなってしまうのか。
理由などない。誰でも良かった。いつでも良かった。たまたま、今日、この瞬間に居合わせただけ。なのに。
『私』でなくても良かったのに、それでも『私』が巻き込まれた『意味』は。
答えを。
わたしのいみはなんですか。
美並は自分の底の底にある沈黙に耳を傾け続ける。
今の美並はきっと、『羽鳥』と同じ感覚を抱いている。
その感覚は真崎を深く傷つける。
真崎だけではない、人を取り返しのつかない場所まで傷つける。
「あの時、あのまま泊まっていたら」
恵子は真崎だから求めたのだろう。
「今みたいに抱いてました」
大輔は真崎だから執着したのだろう。
けれど、『羽鳥』は。
けれど、美並は。
『誰か』だから、ことに及んだのかどうか。
「……仕切り直ししましょうね」
シャワーを浴びませんか。
提案すると、真崎はほっとした顔で頷いた。
ぐずぐずに濡れてしまった真崎を先に、後から美並がシャワーを使う。
「……」
熱い湯を出しっぱなしにして打たれながら、美並の頭の中にさっきの冷えた感覚が戻っている。
朝のトイレで『羽鳥』が『誰か』を抱いていた時、彼は『誰か』を認識していただろうか。
桜木通販が『ニット・キャンパス』に関わるとなった時、ハルのことは当然紹介されたはずだが、『羽鳥』はハルと出会ったことを思い出しただろうか。
大輔を告発することになった少女は、大輔やきっかけとなった『羽鳥』のことを忘れてはいないだろう。だが、『羽鳥』はその少女が居たことさえ覚えていないのではないか。
「……」
ざあああ。
流れ落ちるシャワーの水音を背景にひたすら耳を澄ませている自分を感じる。
思考がジャンプしていく、冷えた、鋭い、刃先のような理屈が。
与えられた情報を、まるで道路に描かれた石蹴りの輪を跳ね飛ぶように。
孝は殺された。
おそらく『羽鳥』が関わった事件の中で唯一意図的に『殺された』。
なぜだろう。
孝は『羽鳥』にとって特別だった。
特定の個人として認識され、ひょっとすると、『羽鳥』自ら関わった可能性さえある。
なぜだろう。
なぜ『羽鳥』は桜木通販に居るのだろう。
大輔に起こっていることが理解できないとは思えない。有沢の動きを感知していないはずがない。美並のこともひょっとすると察知しているかもしれない。
なのに『羽鳥』は動かない。
なぜだろう。
決して見つかるわけがないと思っているのか。
自分が世界に対して感じているように、誰も自分を認識していないと思い込んでいるのか。
それとも。
何か『離れがたい理由』ができたのか。
「っ」
思わず体が震えた。
孝を殺したのが『羽鳥』であったのならば、彼もまた男性を抱くことを望むのかもしれない。
にこやかに華やかに笑う真崎の姿が思い浮かぶ。
桜木通販の中で、まるで壊されることを望むような繊細な姿は興味を引かなかっただろうか。
足元の床が抜け落ちそうな恐怖が走る。
犯人は『離れがたい理由』のためにも罪を犯す。
今度『羽鳥』が巻き込む『誰か』は真崎なのかもしれない。
わたしのいみはなんですか。
唇を噛んだ。
『羽鳥』の存在する意味はなんだろう。
各地のコンビニを忠実な部下を手足のように使い切り捨てながら襲う。
そこには何があったのか。
「…ん…?」
美並の脳裏に何かが微かに引っ掛かった。
目を見開いて内側の視界を探る。
薄く笑った唇。
奇妙な違和感。
なぜ、そこで笑っていられるのか。
「…あ…」
「はっあ、っ」
強く吐き出す声と息、疲れ切った顔で壁に額を押し付け、動かすのを止めた腰が二度三度引き攣る。
「…ひど…いよ……苦しい」
もう一度見下ろしてきた瞳は真っ黒で精気を失っている。快感で意識を飛ばせているというよりは、重荷を背負い続けて歩き続け、ついに潰されてしまったような意思のない目。
「……ごめんなさい……いじめちゃいましたね」
無意識に呟いて、力を緩めて崩れてくる相手を抱き締めながら考える。
この相手は、真崎でないと駄目だっただろうか。
冷えた思考だった。
もしかしたら、有沢でも、ほかの誰かでも、美並は同じように振る舞えたのではなかったか、相手に快感を与えて極めさせていくという目的である限り。
それを京介も感じていた。
だから『ちゃんと触って』欲しかった。
「……そ……っか………これ……ちがう…んだ…」
真崎が囁き、瞬きして美並に焦点を合わせてきた。
軽く震えが走る。一瞬、離れたがるように竦んだ体を、美並も感じとる。
「……そ…か」
真崎が頼りなく微笑む。
「僕……犯人……だね……?」
同じことを考えていた。
美並と同じことを、真崎もまた考えていた。
思わず口走る。
「私が、犯人ですよ、京介」
『羽鳥』は襲うコンビニの中で働いている人間や巻き込まれる客のことなど考えていないのだろう。襲われる女達や巻き込む男達のことも、個別の存在として考えていないのだろう。
今の美並のように、相手は、自分からの働きかけに対して一定の反応を返してくれる『装置』にしか過ぎない。
わたしのいみはなんですか。
被害者達は問い続ける。
この事件に『私』が巻き込まれた原因は。理由は。意味は。
『ほかの誰か』ではなく、どうして『私』でなければならなかったのか。
怨恨の果て。金品を奪うため。嫉妬や怒りのため。愛情や友情、感情の縺れ。
誰か、返答を。
その正しい返答が可能なのは、おそらく犯人ただ一人。
けれど、その犯人も『答え』を持っていなかったとしたら、被害者の『意味』はどうなってしまうのか。
理由などない。誰でも良かった。いつでも良かった。たまたま、今日、この瞬間に居合わせただけ。なのに。
『私』でなくても良かったのに、それでも『私』が巻き込まれた『意味』は。
答えを。
わたしのいみはなんですか。
美並は自分の底の底にある沈黙に耳を傾け続ける。
今の美並はきっと、『羽鳥』と同じ感覚を抱いている。
その感覚は真崎を深く傷つける。
真崎だけではない、人を取り返しのつかない場所まで傷つける。
「あの時、あのまま泊まっていたら」
恵子は真崎だから求めたのだろう。
「今みたいに抱いてました」
大輔は真崎だから執着したのだろう。
けれど、『羽鳥』は。
けれど、美並は。
『誰か』だから、ことに及んだのかどうか。
「……仕切り直ししましょうね」
シャワーを浴びませんか。
提案すると、真崎はほっとした顔で頷いた。
ぐずぐずに濡れてしまった真崎を先に、後から美並がシャワーを使う。
「……」
熱い湯を出しっぱなしにして打たれながら、美並の頭の中にさっきの冷えた感覚が戻っている。
朝のトイレで『羽鳥』が『誰か』を抱いていた時、彼は『誰か』を認識していただろうか。
桜木通販が『ニット・キャンパス』に関わるとなった時、ハルのことは当然紹介されたはずだが、『羽鳥』はハルと出会ったことを思い出しただろうか。
大輔を告発することになった少女は、大輔やきっかけとなった『羽鳥』のことを忘れてはいないだろう。だが、『羽鳥』はその少女が居たことさえ覚えていないのではないか。
「……」
ざあああ。
流れ落ちるシャワーの水音を背景にひたすら耳を澄ませている自分を感じる。
思考がジャンプしていく、冷えた、鋭い、刃先のような理屈が。
与えられた情報を、まるで道路に描かれた石蹴りの輪を跳ね飛ぶように。
孝は殺された。
おそらく『羽鳥』が関わった事件の中で唯一意図的に『殺された』。
なぜだろう。
孝は『羽鳥』にとって特別だった。
特定の個人として認識され、ひょっとすると、『羽鳥』自ら関わった可能性さえある。
なぜだろう。
なぜ『羽鳥』は桜木通販に居るのだろう。
大輔に起こっていることが理解できないとは思えない。有沢の動きを感知していないはずがない。美並のこともひょっとすると察知しているかもしれない。
なのに『羽鳥』は動かない。
なぜだろう。
決して見つかるわけがないと思っているのか。
自分が世界に対して感じているように、誰も自分を認識していないと思い込んでいるのか。
それとも。
何か『離れがたい理由』ができたのか。
「っ」
思わず体が震えた。
孝を殺したのが『羽鳥』であったのならば、彼もまた男性を抱くことを望むのかもしれない。
にこやかに華やかに笑う真崎の姿が思い浮かぶ。
桜木通販の中で、まるで壊されることを望むような繊細な姿は興味を引かなかっただろうか。
足元の床が抜け落ちそうな恐怖が走る。
犯人は『離れがたい理由』のためにも罪を犯す。
今度『羽鳥』が巻き込む『誰か』は真崎なのかもしれない。
わたしのいみはなんですか。
唇を噛んだ。
『羽鳥』の存在する意味はなんだろう。
各地のコンビニを忠実な部下を手足のように使い切り捨てながら襲う。
そこには何があったのか。
「…ん…?」
美並の脳裏に何かが微かに引っ掛かった。
目を見開いて内側の視界を探る。
薄く笑った唇。
奇妙な違和感。
なぜ、そこで笑っていられるのか。
「…あ…」
0
あなたにおすすめの小説
教師と生徒とアイツと俺と
本宮瑚子
恋愛
高校教師1年目、沢谷敬介。
教師という立場にありながら、一人の男としては屈折した感情を持て余す。
そんな敬介が、教師として男として、日に日に目で追ってしまうのは……、一人の女であり、生徒でもあった。
★教師×生徒のストーリーながら、中身は大人風味の恋愛仕立て。
★未成年による飲酒、喫煙の描写が含まれますが、あくまでストーリー上によるものであり、法令をお守り下さい。
★こちらの作品は、他サイトでも掲載中のものに、加筆・修正を加えたものです。
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う
ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身
大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。
会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮
「明日から俺の秘書な、よろしく」
経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。
鏑木 蓮 二十六歳独身
鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。
親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。
蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......
望月 楓 二十六歳独身
蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。
密かに美希に惚れていた。
蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。
蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。
「麗子、俺を好きになれ」
美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。
面倒見の良い頼れる存在である。
藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。
社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く
実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。
そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
巨×巨LOVE STORY
狭山雪菜
恋愛
白川藍子は、他の女の子よりも大きな胸をしていた。ある時、好きだと思っていた男友達から、実は小さい胸が好きと言われ……
こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる