『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

12.トゥ・ゴゥ(12)

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「大…丈夫…だよ」
 抱かれる前の低い声が囁いた。
 響いた途端に耳の奥から震えが走って、背筋が絞りあげられる。
「もっと……感じて…」
 違う違う違う、嫌だ、だめだ、ここへはこんな風に来たくない、なのに、体はもう揺れて仰け反り、止められなくなって来た。跳ね飛ぶ箇所を真崎が捉える、繰り返し責め続けられる、剥き出しにされた部分が痛みに血を滲ませる、快感だ、とても大きな快感だ、けれど、ひどく空っぽで意味がない、何の喜びもない、感覚が限界を振り切って行くのを悲鳴をあげながらみているだけだ。
 ひどいよ、美並。
 真崎の声が蘇る。
『…ひど…いよ……苦しい』
 ああそうだ、本当にそうだ、なんて苦しい、なんて切ない、駆け上がるこの先で破裂し四散する酷い結末しか思い浮かばなくて、涙が出る、もう嫌だ、だから助けて、お願い。
 見開いた目でようやく真崎を見つけ、すがりつく、その瞬間思う、この仕草さえ誘いだとしか思われないとしたら、きっと絶望しか残らない……。
「っ、……うん…」
 見下ろした真崎が、ふ、と息を吐いた。汗に濡れた髪を振る。瞬きしてもう一度美並を見下ろしてくれるまで、数十年立ってしまったように長かった。
「…待って……」
 わかるから。
 小さく真崎の口が動いて、ほっとして泣きそうになった。
 堪えるように顔を歪め、真崎がそっと場所を変える。
 すり寄せられた部分は過敏に震えている熱い場所、けれどそこに自分を当てた真崎も同時に呻いた。濡れた柔らかな、お互いの一番脆い部分が触れ合う。瞬間、総毛立つのがわかった。
「…ここ…?」
 苦しげに真崎が笑う。
「うん…」
 頷きながら顔が歪む。
「…僕も…」
 意味がわかっている。
「…うん…」
 限界が近い。
 ちょっと揺れただけで、身動きできないほど感覚が溢れて、お互いを掴み合った。
 同時に行こう。
 聞こえないことばで誘い合う。
「動くね」
 真崎の宣言と同時に互いの体に染み込むようにしがみつき合う。
「あ…っ」
 上げた声が聞こえなくなるほど遠くに離れて行く。
「み…なみ……っ、っ、っ」
 真崎の声が吠えるように波とともに運ばれてくる。
「…つ」
 押し寄せる、何度も、何度も、何度も、何度も。
 広げられる、奥底まで、逃げられない、貫かれて、裂かれては満たされる、溢れて零れて、それでも止まらなくて、何度も絞り上げるように駆け抜けては再び開かれ、新たに生まれた場所へ注がれる、隅々まで。
 霞んだ視界を瞬いて見上げた。
 しがみついていたと思った相手は少し離れて、濡れた体が熱を吐きながら揺れている。見下ろしてくる二つの瞳は零れそうなほど潤んで、必死に美並を見返している。堪え切れないように倒れてくる、もう一度抱え込まれ潰されそうなほど力を込められ、唸りながら肩に顔を埋められ、激しい呼吸に焦がされる。
 また駆け上がる、意識が霞む。
 何度真崎の熱を飲み込んだだろう。
 何度この体を明け渡しただろう。
 けれど飢えは満たされる気配さえなく、奥底までたどり着いてなお、美並を探している。
 どこまで行けばいいの。
 小さな声が響いて、目を閉じた視界にぽとりと白銀の雫が滴り落ちるのが見える。
「……ああ…」
 溜め息を漏らした、その途端。
「ひ…っ」
 最後の綱を切られたように、真崎が体を大きく突き込んで来た。
「ああっ」
 耳元で真崎の悲鳴が聞こえる。
「あう…」
 美並も声を上げてしまう。
 同時に滴り落ちた白銀の雫が一気に広がり美並を満たし。
「……っ!」
 突然世界が全て真っ白な海になり飲み込まれた。
 深く押し込まれ息もできなくて喘いでもがく、その指先さえ摑まれ含まれ吸い尽くされる。
 何も掴めず、何にもすがれず。
 海と一体化して、揺れる。
 その感覚だけが。
「……体が…無い…」
 美並は呟く。
 風が心地いい。
 爽やかな香りが空気を満たしている。
 意識は白銀の海を漂っている。
 視界には映らないけれど、真崎もどこかで眺めていると感じた。
 気持ち良さそうな横顔が浮かぶ、風に前髪を遊ばせながら、目を細めて微笑んでいる。
 何もかも、脱ぎ捨ててしまったから。
 ふいに誰かが囁く。
 ここには『中身』しかこれないの。
「…誰……?」
 くすくす。
 優しい笑い声だった。
 ずっと一緒だったわ。
「…誰と?」
 くすくすくす。
 ずっと一緒に、泣いたり笑ったり、怒ったり寂しがったり。
 楽しいのよ、ありがとう。
 ようやくここまで、来てくれたのね。
「……誰なの…」
 ずっと一人で生きて行くつもりだったわ。
 声は歌うように呟いた。
 だって、こんな『中身』なんですもの、誰とも交われないと思ってた。
 だからここへも、来れるはずがなかったの。
「…」
 ずっと一人で生きて行くつもりだったの。
 けれど、あの日。
 白い海に真紅の花びらが浮かび上がって息を飲む。
 落ちた命を見た時から。
 風が冷えた。
 チリンと遠いどこかで鈴が鳴る。
 静まり返る土の上。
 白雪に埋まる紅椿。
「…」
 恨んだことなど一度もない。
 ただただ一人で行くんだと、そう心に決めただけ。
 けれど、あの椿を救おうと思ったから、命に意味が生まれたの。
「…わたしのいみはなんですか…」
 くすくす。
 わかっているでしょう?
 声は静かに問い返す。
 わかっているから、ここにいるんでしょう?
 この『美しい世界』を知っているでしょう?
 ならばするべきことは一つ。
「…っつ」
 ざあっと強い風が吹いて視界が一面の銀杏で満たされる。
 渦巻く黄金が一瞬途切れた彼方に、仁王立ちになった一人の少女が、腰に手を当てもう片方の掌でメガホンのように囲った口から声を届けようと叫んでいる。
 ゴー、美並!
 走り出して。
 
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