419 / 510
第5章
3.爪と牙(3)
しおりを挟む
「…」
京介は薄く目を開ける。真夜中近くに届いたメールで、明日の予定は決まった。
けれどまだ、伊吹には話していない。
温まったベッドの中、目の前に甘い香りがして、柔らかに乱れる髪の毛がある。抱え込んだ腕の中に寄り添う温もりもある。
待ち合わせた『村野』でたくさんの話をして、それでもまだまだ話し足りなくて、結局京介のマンションに二人で戻ってきて、京介がコーヒーを淹れて伊吹がミルクホイッパーで泡立てたミルクを載せて、そうして二人話し続けた。
ずいぶん長い間、しかも通常の恋人同士とは違う形でお互い深くまで触れ合ってきたと思ってきた。けれど、京介が伊吹から聞いた話は、全く見知らぬ人の話を聞くようで。
ふと、初めて伊吹を実家に連れて行った時のことを思い出した。
あの山の中で、京介は過去の辛かったことを話し、隠していた気持ちを晒し、今もなお自分を傷つける現実について伊吹に伝えた。伊吹もまた、『見える』能力とそれが引き起こした出来事について、いろいろ話してくれた。
話してくれていた、と思っていた。
「……話してなかったんだ、伊吹さん」
『見える』ことで味わった孤独とか苦痛とか諦めとか悲しみとか。
いや、違う。
「僕が……聴けてなかったんだ…」
今思えば、京介には伊吹の傷みを聴ける余裕などなかった。
『羽鳥』に関わる話を聞きながら、それ以外の話も聞いた。
小学生の頃から『見えてしまう』ことをどう扱っていいのかわからなくて困って、誰にも相談できずに、わかってもらえないのだと何度も諦めたこと。
お寺の老人のことも聞いた、『見えてしまった』ものを伝えたほうがよかったのか伝えなかったほうがよかったのか悔やんだこと。
仲間との他愛ない話の中、能力を引き継ぐ子どもをどうしたらいいのか、それともそんなことを考えてもいけないのかと悩んだこと。
『飯島』に誘われても内側の意図を感じてしまって喜べなかったこと。
有沢の接近も能力目当てとわかっていたこと。
ハルは能力を認めてくれているけれど、その『支配』の側面も教えられたこと。
京介が望んだ『孝』の一件に解決を望まれて怯んだこと。
ただ『見える』だけなのに。
そうだ、京介もまた、伊吹の『見える』ことだけで近づいていた。
「……寂しかっただろうなあ……伊吹さん……」
今の京介には『見える』伊吹の過ごしてきた時間が、自分のことのように感じられる。
誰にも相談できなくて、話してもわかってくれなくて、傷みを受け入れるしかなかった生活。ようやく自分を求めてくれる人が居たと思っても、必要とされるのは能力だけ。こんな命など未来につなぐ意味などないと、関係を全て拒んで。
伊吹の気持ちを辿りながら、自分の願いにも改めて気づいた。
「…僕も……寂しかった……んだ…」
なぜ居るのだろう、この世界に。
何の意味があるのだろう、自分の存在は。
誰か、答えを。
それと気付かず、伊吹も京介も、もうぎりぎりの場所に立っていて。
見て欲しい、踏み込んで欲しい。
見せて欲しい、晒して欲しい。
本当の姿で望むままに満たして欲しくて。
出会った。
「……伊吹さん…」
髪に唇を寄せる。安らかな寝息に安堵して微笑む。
京介は見せることで。
伊吹は見ることで。
二人で一対、ようやくこの世界に居場所を見つけた、と今ならわかる。
「ずっと見ててね…伊吹さん」
そうっと深く抱きしめた。
「君が見てくれるなら…僕はなんだってできる…」
自分の中にどんな闇が潜もうとも、どんな悪夢が立ち上がろうとも。
「全部力に変えて見せる…」
例え、血塗れになって倒れるとしても。
『綺麗ですね、京介?』
美並が囁いてくれるなら。
「…う…」
瞬きした。
眠る前にも十分満たしてもらったはずだけど。
「んー…」
覗き込むと、伊吹は小さく唇を開いて眠っていた。そのまま求めてくれそうで、気分はどんどん高ぶって行く、もちろん既に難しくなっている下半身も。
「…」
そっと舌を伸ばして唇を舐める。ちゅぷ、と濡れた音が響いて、歯止めが効かなくなった。
京介は薄く目を開ける。真夜中近くに届いたメールで、明日の予定は決まった。
けれどまだ、伊吹には話していない。
温まったベッドの中、目の前に甘い香りがして、柔らかに乱れる髪の毛がある。抱え込んだ腕の中に寄り添う温もりもある。
待ち合わせた『村野』でたくさんの話をして、それでもまだまだ話し足りなくて、結局京介のマンションに二人で戻ってきて、京介がコーヒーを淹れて伊吹がミルクホイッパーで泡立てたミルクを載せて、そうして二人話し続けた。
ずいぶん長い間、しかも通常の恋人同士とは違う形でお互い深くまで触れ合ってきたと思ってきた。けれど、京介が伊吹から聞いた話は、全く見知らぬ人の話を聞くようで。
ふと、初めて伊吹を実家に連れて行った時のことを思い出した。
あの山の中で、京介は過去の辛かったことを話し、隠していた気持ちを晒し、今もなお自分を傷つける現実について伊吹に伝えた。伊吹もまた、『見える』能力とそれが引き起こした出来事について、いろいろ話してくれた。
話してくれていた、と思っていた。
「……話してなかったんだ、伊吹さん」
『見える』ことで味わった孤独とか苦痛とか諦めとか悲しみとか。
いや、違う。
「僕が……聴けてなかったんだ…」
今思えば、京介には伊吹の傷みを聴ける余裕などなかった。
『羽鳥』に関わる話を聞きながら、それ以外の話も聞いた。
小学生の頃から『見えてしまう』ことをどう扱っていいのかわからなくて困って、誰にも相談できずに、わかってもらえないのだと何度も諦めたこと。
お寺の老人のことも聞いた、『見えてしまった』ものを伝えたほうがよかったのか伝えなかったほうがよかったのか悔やんだこと。
仲間との他愛ない話の中、能力を引き継ぐ子どもをどうしたらいいのか、それともそんなことを考えてもいけないのかと悩んだこと。
『飯島』に誘われても内側の意図を感じてしまって喜べなかったこと。
有沢の接近も能力目当てとわかっていたこと。
ハルは能力を認めてくれているけれど、その『支配』の側面も教えられたこと。
京介が望んだ『孝』の一件に解決を望まれて怯んだこと。
ただ『見える』だけなのに。
そうだ、京介もまた、伊吹の『見える』ことだけで近づいていた。
「……寂しかっただろうなあ……伊吹さん……」
今の京介には『見える』伊吹の過ごしてきた時間が、自分のことのように感じられる。
誰にも相談できなくて、話してもわかってくれなくて、傷みを受け入れるしかなかった生活。ようやく自分を求めてくれる人が居たと思っても、必要とされるのは能力だけ。こんな命など未来につなぐ意味などないと、関係を全て拒んで。
伊吹の気持ちを辿りながら、自分の願いにも改めて気づいた。
「…僕も……寂しかった……んだ…」
なぜ居るのだろう、この世界に。
何の意味があるのだろう、自分の存在は。
誰か、答えを。
それと気付かず、伊吹も京介も、もうぎりぎりの場所に立っていて。
見て欲しい、踏み込んで欲しい。
見せて欲しい、晒して欲しい。
本当の姿で望むままに満たして欲しくて。
出会った。
「……伊吹さん…」
髪に唇を寄せる。安らかな寝息に安堵して微笑む。
京介は見せることで。
伊吹は見ることで。
二人で一対、ようやくこの世界に居場所を見つけた、と今ならわかる。
「ずっと見ててね…伊吹さん」
そうっと深く抱きしめた。
「君が見てくれるなら…僕はなんだってできる…」
自分の中にどんな闇が潜もうとも、どんな悪夢が立ち上がろうとも。
「全部力に変えて見せる…」
例え、血塗れになって倒れるとしても。
『綺麗ですね、京介?』
美並が囁いてくれるなら。
「…う…」
瞬きした。
眠る前にも十分満たしてもらったはずだけど。
「んー…」
覗き込むと、伊吹は小さく唇を開いて眠っていた。そのまま求めてくれそうで、気分はどんどん高ぶって行く、もちろん既に難しくなっている下半身も。
「…」
そっと舌を伸ばして唇を舐める。ちゅぷ、と濡れた音が響いて、歯止めが効かなくなった。
0
あなたにおすすめの小説
教師と生徒とアイツと俺と
本宮瑚子
恋愛
高校教師1年目、沢谷敬介。
教師という立場にありながら、一人の男としては屈折した感情を持て余す。
そんな敬介が、教師として男として、日に日に目で追ってしまうのは……、一人の女であり、生徒でもあった。
★教師×生徒のストーリーながら、中身は大人風味の恋愛仕立て。
★未成年による飲酒、喫煙の描写が含まれますが、あくまでストーリー上によるものであり、法令をお守り下さい。
★こちらの作品は、他サイトでも掲載中のものに、加筆・修正を加えたものです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う
ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身
大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。
会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮
「明日から俺の秘書な、よろしく」
経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。
鏑木 蓮 二十六歳独身
鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。
親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。
蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......
望月 楓 二十六歳独身
蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。
密かに美希に惚れていた。
蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。
蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。
「麗子、俺を好きになれ」
美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。
面倒見の良い頼れる存在である。
藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。
社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く
実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。
そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......
巨×巨LOVE STORY
狭山雪菜
恋愛
白川藍子は、他の女の子よりも大きな胸をしていた。ある時、好きだと思っていた男友達から、実は小さい胸が好きと言われ……
こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる