423 / 510
第5章
4.アングルシューター(1)
しおりを挟む
「信じられんな」
高山は美並の話を一蹴した。
「とんでもないことを話しているという自覚はあるか」
冷静に詰られた。
「会社で熱くなれないからって、ここで熱くならないでよ」
元の居間に戻って、勝手知ったる家のようにお茶を淹れてきてくれた石塚が、ぴしゃりと高山をやりこめた。
「とんでもない物言いをしてるのはあんただからね。未来の社長夫人に向かって」
「う」
高山が引き攣る。
「石塚さん、まだ決まったわけでは」
「伊吹さん、あなたは社長を知らないのよ」
さくっと美並もやり込める。
「ああ、現課長じゃなくて、現社長ね」
並べた茶を断りもせずに一口飲み、ほうと吐息した。職場の時より柔らかい気配だが厳しさは同じだ。
「やると言ったら必ずやる人だから。あんたの馘ぐらい平然と捻じ切るわよ」
後半は高山に向けてだ。
「だろうな」
「あの、お二人は」
美並は一旦話題を転じることにした。
たぶん、この二人は何かを知っていて、美並の訴えが満更根拠のないことではないと気づいている。だからこそ、逆に話が進まなくなっているのだろう。
側に座った真崎がぼんやりしているのも気になるし、本当は今日は切り上げた方がいいのかもしれないが。
『他には、何をご存知なんですか…?』
『それは』
つい先ほどのことだ。
石塚が飛び込んでしまったから途切れた会話を、真崎が引き戻し促した。
『高山課長?』
どこか虚ろな声音に尋常ではないと石塚も察したのだろう。
『……修羅場みたいね。私が話してもいいけど』
言われて高山も仕切り直す気になったようで、改めて四人、居間に戻った。
たぶんこれは天の配剤。
この機会を逃せば、聞ける話も聞けなくなる。
「同期」
石塚が唇の端で笑った。
「男尊女卑もいいとこね、こっちは昇進、私は下っ端」
「おい」
「と言うのは嘘。始めの頃に昇進の話はあったんだけど、やりたいことがあったから」
不満そうに突っ込みかけた高山を、石塚がいなした。
「やりたいこと?」
「話してなかったかな、ボランティア・グループ」
「ああ…着なくなったニットを再利用したり、必要な所へ贈るって言う…」
「元々は編み物を楽しむグループで…『結衣の会』と言うんだけど。『ニット・キャンパス』に似てるでしょ」
石塚は少し悲しそうに微笑んだ。
「仲間の娘さんの名前。結衣ちゃんって編み物が得意な子で、その子が中心になっていてくれたから。皆自分の子どもみたいに可愛がってたから」
見ようとしなくても視界に飛び込んでくる。
石塚の胸に陰りがあった。薄黒く殺意を秘めて、それでもそれを抑え込むような鮮やかで激しい緑。
いてくれた、から。
なぜ過去形なのか、聞かなくてもわかる気がした。
美並はあえて踏み込んだ。
「その方は」
「真崎大輔を見つけた子」
側の真崎がぴくりと体を動かす。
「そう、ですか…」
『結構あれこれね、あったのよ』
いつかの石塚の声が蘇った。
地域の編み物を楽しむだけの集まり、中心に居た仲間の可愛い娘、その娘が成長し花開く途中に大輔に出会ってしまい、未来の夢が壊れていった。
間近で見ながら、何もできない力になれない、仲間にも娘にも。
歯がゆい思いだけが澱のように降り積る。
「神様なんていないと確信した」
石塚が呟く。
「でも。神様なんて居ないのよ、はなから。だから始めたの、もう一度、『ゆえの会』」
今度は名前じゃなくて、ひらがなの。
「できることから、できる分だけを、できる人が」
編み物は楽しいね。楽しんだものをお裾分けしよう。誰かが要らなくなっても、私達なら役立てるように使えるよ。神様なんて居ないんだ、遠慮なんかしない。進もう願いを込めて信じるままに。
祈りゆえに、夢ゆえに、命ゆえに、ただひたすらに。
「何かが届くと信じた」
だから、ねえ、気づいてよ、結衣ちゃん。
あなたにもきっと生きられる場所がある。私たちにはわからないけど、きっとどこかで何かがあなたの力を待っている。
『ニット・キャンパス』に参加したのも願いの先にあったものだった。
「たぶん、届いたんだと思ってる」
石塚がぽつりと言い切った。
静かな気配が舞い降りる。
その願いが何を生み出したのか、四人には十分わかっている。
誰の中にも見えない歴史があって、その時間が人を動かしている。運命は一人の願いで紡がれるのではなくて、降り積もった多くの時間が流れを定めていく。
「私とこいつの関係はね」
くすりと石塚が笑った。
「同期の親友。これからもずっと」
「…」
むっつりと口を噤んでいる高山はそう思ってはいないのだろう。続いた石塚のことばに眉を寄せる。
「もう、子どもを持つのが怖くなって駄目」
どれだけ大切に育てても守りきれない時がある、それを考えると耐えられない。
苦笑する石塚に胸が痛んだ。
ここにも一人、取り返しのつかない部分を壊されてしまった人がいる。
「お茶、淹れ直してくるわね」
鼻声で呟いた石塚が手早く茶器を片付け立ち上がる。
「…赤来のことを調べたときにサークルの事件があったのを覚えていたから、石塚が相談にきたとき、すぐに思いついたんだ」
ぼそりと高山が唸った。顎をしゃくりながら、
「始めは真崎、そいつの兄の身上調査がらみだったが」
深々と息を吐いた。
「……『ニット・キャンパス』は成功させたい」
微かな熱を帯びた声が続ける。
「会社がなくなるのも困るしな……そのためにも憂いは無くしたい」
纏めるが、間違っていたなら指摘してくれ。
石塚がお茶を淹れ直して戻ってくる。
高山は美並の話を一蹴した。
「とんでもないことを話しているという自覚はあるか」
冷静に詰られた。
「会社で熱くなれないからって、ここで熱くならないでよ」
元の居間に戻って、勝手知ったる家のようにお茶を淹れてきてくれた石塚が、ぴしゃりと高山をやりこめた。
「とんでもない物言いをしてるのはあんただからね。未来の社長夫人に向かって」
「う」
高山が引き攣る。
「石塚さん、まだ決まったわけでは」
「伊吹さん、あなたは社長を知らないのよ」
さくっと美並もやり込める。
「ああ、現課長じゃなくて、現社長ね」
並べた茶を断りもせずに一口飲み、ほうと吐息した。職場の時より柔らかい気配だが厳しさは同じだ。
「やると言ったら必ずやる人だから。あんたの馘ぐらい平然と捻じ切るわよ」
後半は高山に向けてだ。
「だろうな」
「あの、お二人は」
美並は一旦話題を転じることにした。
たぶん、この二人は何かを知っていて、美並の訴えが満更根拠のないことではないと気づいている。だからこそ、逆に話が進まなくなっているのだろう。
側に座った真崎がぼんやりしているのも気になるし、本当は今日は切り上げた方がいいのかもしれないが。
『他には、何をご存知なんですか…?』
『それは』
つい先ほどのことだ。
石塚が飛び込んでしまったから途切れた会話を、真崎が引き戻し促した。
『高山課長?』
どこか虚ろな声音に尋常ではないと石塚も察したのだろう。
『……修羅場みたいね。私が話してもいいけど』
言われて高山も仕切り直す気になったようで、改めて四人、居間に戻った。
たぶんこれは天の配剤。
この機会を逃せば、聞ける話も聞けなくなる。
「同期」
石塚が唇の端で笑った。
「男尊女卑もいいとこね、こっちは昇進、私は下っ端」
「おい」
「と言うのは嘘。始めの頃に昇進の話はあったんだけど、やりたいことがあったから」
不満そうに突っ込みかけた高山を、石塚がいなした。
「やりたいこと?」
「話してなかったかな、ボランティア・グループ」
「ああ…着なくなったニットを再利用したり、必要な所へ贈るって言う…」
「元々は編み物を楽しむグループで…『結衣の会』と言うんだけど。『ニット・キャンパス』に似てるでしょ」
石塚は少し悲しそうに微笑んだ。
「仲間の娘さんの名前。結衣ちゃんって編み物が得意な子で、その子が中心になっていてくれたから。皆自分の子どもみたいに可愛がってたから」
見ようとしなくても視界に飛び込んでくる。
石塚の胸に陰りがあった。薄黒く殺意を秘めて、それでもそれを抑え込むような鮮やかで激しい緑。
いてくれた、から。
なぜ過去形なのか、聞かなくてもわかる気がした。
美並はあえて踏み込んだ。
「その方は」
「真崎大輔を見つけた子」
側の真崎がぴくりと体を動かす。
「そう、ですか…」
『結構あれこれね、あったのよ』
いつかの石塚の声が蘇った。
地域の編み物を楽しむだけの集まり、中心に居た仲間の可愛い娘、その娘が成長し花開く途中に大輔に出会ってしまい、未来の夢が壊れていった。
間近で見ながら、何もできない力になれない、仲間にも娘にも。
歯がゆい思いだけが澱のように降り積る。
「神様なんていないと確信した」
石塚が呟く。
「でも。神様なんて居ないのよ、はなから。だから始めたの、もう一度、『ゆえの会』」
今度は名前じゃなくて、ひらがなの。
「できることから、できる分だけを、できる人が」
編み物は楽しいね。楽しんだものをお裾分けしよう。誰かが要らなくなっても、私達なら役立てるように使えるよ。神様なんて居ないんだ、遠慮なんかしない。進もう願いを込めて信じるままに。
祈りゆえに、夢ゆえに、命ゆえに、ただひたすらに。
「何かが届くと信じた」
だから、ねえ、気づいてよ、結衣ちゃん。
あなたにもきっと生きられる場所がある。私たちにはわからないけど、きっとどこかで何かがあなたの力を待っている。
『ニット・キャンパス』に参加したのも願いの先にあったものだった。
「たぶん、届いたんだと思ってる」
石塚がぽつりと言い切った。
静かな気配が舞い降りる。
その願いが何を生み出したのか、四人には十分わかっている。
誰の中にも見えない歴史があって、その時間が人を動かしている。運命は一人の願いで紡がれるのではなくて、降り積もった多くの時間が流れを定めていく。
「私とこいつの関係はね」
くすりと石塚が笑った。
「同期の親友。これからもずっと」
「…」
むっつりと口を噤んでいる高山はそう思ってはいないのだろう。続いた石塚のことばに眉を寄せる。
「もう、子どもを持つのが怖くなって駄目」
どれだけ大切に育てても守りきれない時がある、それを考えると耐えられない。
苦笑する石塚に胸が痛んだ。
ここにも一人、取り返しのつかない部分を壊されてしまった人がいる。
「お茶、淹れ直してくるわね」
鼻声で呟いた石塚が手早く茶器を片付け立ち上がる。
「…赤来のことを調べたときにサークルの事件があったのを覚えていたから、石塚が相談にきたとき、すぐに思いついたんだ」
ぼそりと高山が唸った。顎をしゃくりながら、
「始めは真崎、そいつの兄の身上調査がらみだったが」
深々と息を吐いた。
「……『ニット・キャンパス』は成功させたい」
微かな熱を帯びた声が続ける。
「会社がなくなるのも困るしな……そのためにも憂いは無くしたい」
纏めるが、間違っていたなら指摘してくれ。
石塚がお茶を淹れ直して戻ってくる。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う
ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身
大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。
会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮
「明日から俺の秘書な、よろしく」
経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。
鏑木 蓮 二十六歳独身
鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。
親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。
蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......
望月 楓 二十六歳独身
蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。
密かに美希に惚れていた。
蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。
蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。
「麗子、俺を好きになれ」
美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。
面倒見の良い頼れる存在である。
藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。
社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く
実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。
そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......
教師と生徒とアイツと俺と
本宮瑚子
恋愛
高校教師1年目、沢谷敬介。
教師という立場にありながら、一人の男としては屈折した感情を持て余す。
そんな敬介が、教師として男として、日に日に目で追ってしまうのは……、一人の女であり、生徒でもあった。
★教師×生徒のストーリーながら、中身は大人風味の恋愛仕立て。
★未成年による飲酒、喫煙の描写が含まれますが、あくまでストーリー上によるものであり、法令をお守り下さい。
★こちらの作品は、他サイトでも掲載中のものに、加筆・修正を加えたものです。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる