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第5章
5.過去からのトロフィ(5)
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夕飯の買い物を済ませ、真崎のマンションに戻った。
「おかえり」
「…ただいま」
出迎えてくれた真崎はずいぶん早くから起きていたのだろう、玄関を入った美並を抱き寄せ、鼻を鳴らして髪にキスしてくる体に石鹸の匂いがした。
「大丈夫ですか?」
「うん」
「一人で寂しかった?」
「うん」
「シャワー入ったの?」
「…うん」
ワンテンポ遅れた返事におや、と訝る。ついでに玄関で美並を抱きしめたまま動こうとしない様子も、考えてみればすぐに抱きつかれたから見えない表情も。
思わず廊下に下着が落ちていないか覗いてしまうと、
「美並?」
濡れた声が響いて瞬きする。
「僕にお仕置きして」
「はい?」
お仕置き。
危ういことばに瞬くと、耳に軽くキスされて、柔らかく囁かれる。
「悪いことしたから」
「何をしたの?」
「ふ…ふふっ」
「京介っ」
甘い声が笑って思わず手を突っ張って突き放すと、そのままに腕を開いて離れた真崎が眼鏡の奥で瞳を潤ませている。妖しげな、纏わりつく誘惑の気配。
「…誘ってます?」
「うん」
シャツのボタンは胸半ばまで外されていて、下は素肌だ。スラックスが出かけた時とは違うものになっている。美並が自分の様子を見定めたと確認してから、美並の手からレジ袋を取り上げ、中を覗き込んだ。
「レタス、カラーピーマン、卵、葱、じゃがいも、人参、玉ねぎ、肉、カレールー……美味しそう」
入っていたものを数え上げて、乱れ落ちた髪の隙間から、またちらりと目を細めて笑う。
「今夜はカレー?」
「いいえカレーは作り置きで。今夜は玉子丼かおじやにします。京介はまだちゃんと食べられないかもしれないと思って」
「…うん」
ちゅ。
美並の説明を聞きながら側に寄り添い、片手で美並を抱えて額にキスしてきた。
「手伝うね」
「いえ、京介は休んでて下さい。ご飯を食べたら話したいことがあります」
気になっていたことを確認する。
「…どこへ行ってたのかって聞かないんですね?」
「うん。想像はつくから」
真崎が頬にキスした後、微笑みながら離れて荷物を運ぶ。
「有沢のところ。そうだよね?」
「はい。入院されたそうです、岡崎病院」
「病院から、君を呼び出したのか」
「調査を頼んでいて」
答えた美並を振り返る真崎は、驚いていない焦ってもいない。さっきからの過剰なスキンシップは不安からかと思っていたが、そんな感じでもないようだ。
「何かわかった?」
「色々と。けれどまず、夕飯です」
「そうだね。今夜は泊まるでしょ?」
キッチンでレジ袋から食品を取り出す真崎の様子は落ち着いている。落ち着いてはいるが、何か妙にきらきらと華やいでいる、あえて言えば艶かしい。一瞬、客を迎えた遊女のような色っぽさ、と考えてしまい、慌てて違う違うと胸の中で手を振った。
「美並?」
「あ、はい、泊まります」
「…良かった」
薄く頬を染めて微笑む、その笑顔が幸福そうで嬉しそうで、ほっとする反面戸惑いが立つ。
なんだろう、この華やぎは。
全身で誘惑されているのは、微かに流される視線とか、繰り返し触れてくる仕草でわかりすぎるほどわかるが、今までのように抱いて欲しい抱かせて欲しいと言うよりは、ただ美並がいるだけで際どくなっていくような。
「じゃがいも剥くね?」
「剥けるんですか?」
「ちょっとはできるよ。美並は玉ねぎ」
「はい」
まずはカレーから作るつもりらしい真崎の側に並ぶと、一層よくわかった。
菜の花畑にいるみたいな気配だ。軽くて穏やかで明るくて甘い。弾む気持ちが響いてくる。
美並が居る。美並が居る。美並が僕の側に居る。
繰り返す声が聞こえてきそうだ。
「…んっ」
時々堪え切れなくなるのだろう、顔を傾けて髪にキスし、動きを止める美並の唇を啄ばむように含んでいく。それからまたジャガイモを剥き、切ってボウルに入れ、人参を取り、また、キス。
手が止まる。
「…京介」
「はい」
「そんなに邪魔したら、作れません」
「じゃあさ、その分も一緒にお仕置きして」
「っっ!」
くすくす笑われながら耳に囁かれて、思わず切った野菜を入れたボウルを落としかけた。
「京介っ」
「美並」
間髪入れず応じられ、鍋を置いてくるりと振り向かれた。生真面目な表情で訴える。
「駄目」
「はい?」
「限界」
「…何が」
「もう美並が足りなくて無理」
はい、と両手を広げられる。
「来て?」
「京介、先に夕ご飯を」
「キスだけでいいから来て」
そしたら、僕が全部作るから。
「……わかりました」
美並は目を据えた。
「じゃあお仕置きです」
「はい?」
「今はご飯作ります。作り終わるまで、あっちのソファで大人しく座っていて下さい」
「えっ」
「お仕置きされたいんですよね?」
「え、うん、でもそれは」
薄赤くなる真崎が何を想像しているかはあからさまだから、にっこり笑って言い返す。
「だからお仕置きです。一人で待ってて」
「いや、あのね、僕は」
「京介が気持ちいいことしてもお仕置きにならないでしょう?」
「っ……」
見る見る耳まで赤くなった真崎が、しょんぼりして両手を下ろした。
「いい子にしてて下さいね?」
「……はあい…」
伊吹さん酷い、僕より酷いよ絶対。
ぶつぶつ言いながらそれでもソファに座りに行く真崎を横目で見て溜め息をついた。
「おかえり」
「…ただいま」
出迎えてくれた真崎はずいぶん早くから起きていたのだろう、玄関を入った美並を抱き寄せ、鼻を鳴らして髪にキスしてくる体に石鹸の匂いがした。
「大丈夫ですか?」
「うん」
「一人で寂しかった?」
「うん」
「シャワー入ったの?」
「…うん」
ワンテンポ遅れた返事におや、と訝る。ついでに玄関で美並を抱きしめたまま動こうとしない様子も、考えてみればすぐに抱きつかれたから見えない表情も。
思わず廊下に下着が落ちていないか覗いてしまうと、
「美並?」
濡れた声が響いて瞬きする。
「僕にお仕置きして」
「はい?」
お仕置き。
危ういことばに瞬くと、耳に軽くキスされて、柔らかく囁かれる。
「悪いことしたから」
「何をしたの?」
「ふ…ふふっ」
「京介っ」
甘い声が笑って思わず手を突っ張って突き放すと、そのままに腕を開いて離れた真崎が眼鏡の奥で瞳を潤ませている。妖しげな、纏わりつく誘惑の気配。
「…誘ってます?」
「うん」
シャツのボタンは胸半ばまで外されていて、下は素肌だ。スラックスが出かけた時とは違うものになっている。美並が自分の様子を見定めたと確認してから、美並の手からレジ袋を取り上げ、中を覗き込んだ。
「レタス、カラーピーマン、卵、葱、じゃがいも、人参、玉ねぎ、肉、カレールー……美味しそう」
入っていたものを数え上げて、乱れ落ちた髪の隙間から、またちらりと目を細めて笑う。
「今夜はカレー?」
「いいえカレーは作り置きで。今夜は玉子丼かおじやにします。京介はまだちゃんと食べられないかもしれないと思って」
「…うん」
ちゅ。
美並の説明を聞きながら側に寄り添い、片手で美並を抱えて額にキスしてきた。
「手伝うね」
「いえ、京介は休んでて下さい。ご飯を食べたら話したいことがあります」
気になっていたことを確認する。
「…どこへ行ってたのかって聞かないんですね?」
「うん。想像はつくから」
真崎が頬にキスした後、微笑みながら離れて荷物を運ぶ。
「有沢のところ。そうだよね?」
「はい。入院されたそうです、岡崎病院」
「病院から、君を呼び出したのか」
「調査を頼んでいて」
答えた美並を振り返る真崎は、驚いていない焦ってもいない。さっきからの過剰なスキンシップは不安からかと思っていたが、そんな感じでもないようだ。
「何かわかった?」
「色々と。けれどまず、夕飯です」
「そうだね。今夜は泊まるでしょ?」
キッチンでレジ袋から食品を取り出す真崎の様子は落ち着いている。落ち着いてはいるが、何か妙にきらきらと華やいでいる、あえて言えば艶かしい。一瞬、客を迎えた遊女のような色っぽさ、と考えてしまい、慌てて違う違うと胸の中で手を振った。
「美並?」
「あ、はい、泊まります」
「…良かった」
薄く頬を染めて微笑む、その笑顔が幸福そうで嬉しそうで、ほっとする反面戸惑いが立つ。
なんだろう、この華やぎは。
全身で誘惑されているのは、微かに流される視線とか、繰り返し触れてくる仕草でわかりすぎるほどわかるが、今までのように抱いて欲しい抱かせて欲しいと言うよりは、ただ美並がいるだけで際どくなっていくような。
「じゃがいも剥くね?」
「剥けるんですか?」
「ちょっとはできるよ。美並は玉ねぎ」
「はい」
まずはカレーから作るつもりらしい真崎の側に並ぶと、一層よくわかった。
菜の花畑にいるみたいな気配だ。軽くて穏やかで明るくて甘い。弾む気持ちが響いてくる。
美並が居る。美並が居る。美並が僕の側に居る。
繰り返す声が聞こえてきそうだ。
「…んっ」
時々堪え切れなくなるのだろう、顔を傾けて髪にキスし、動きを止める美並の唇を啄ばむように含んでいく。それからまたジャガイモを剥き、切ってボウルに入れ、人参を取り、また、キス。
手が止まる。
「…京介」
「はい」
「そんなに邪魔したら、作れません」
「じゃあさ、その分も一緒にお仕置きして」
「っっ!」
くすくす笑われながら耳に囁かれて、思わず切った野菜を入れたボウルを落としかけた。
「京介っ」
「美並」
間髪入れず応じられ、鍋を置いてくるりと振り向かれた。生真面目な表情で訴える。
「駄目」
「はい?」
「限界」
「…何が」
「もう美並が足りなくて無理」
はい、と両手を広げられる。
「来て?」
「京介、先に夕ご飯を」
「キスだけでいいから来て」
そしたら、僕が全部作るから。
「……わかりました」
美並は目を据えた。
「じゃあお仕置きです」
「はい?」
「今はご飯作ります。作り終わるまで、あっちのソファで大人しく座っていて下さい」
「えっ」
「お仕置きされたいんですよね?」
「え、うん、でもそれは」
薄赤くなる真崎が何を想像しているかはあからさまだから、にっこり笑って言い返す。
「だからお仕置きです。一人で待ってて」
「いや、あのね、僕は」
「京介が気持ちいいことしてもお仕置きにならないでしょう?」
「っ……」
見る見る耳まで赤くなった真崎が、しょんぼりして両手を下ろした。
「いい子にしてて下さいね?」
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伊吹さん酷い、僕より酷いよ絶対。
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