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第5章
8.ウォーク・イン・ポーカー(1)
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明日。
こう言うことか。
「美並」
にっこり笑って桜木通販に入ってきたハルに美並は呆気にとられる。
しかも一人じゃない。背後に源内と報道陣らしいものを従えての、堂々たる『訪問』だ。
「すでに岩倉産業にも伺ったんですが」
源内が受付で説明をしている。揉めていないところを見ると、事前に連絡はしていたのだろう。
「お待たせしました」
元子が出て来た。今日は甘い灰色のスーツ、白いブラウスで貫禄ある体がはち切れそうな印象があるが、物腰は柔らかくて丁寧だ。
「突然お邪魔して申し訳ありません」
黒づくめの源内が微笑んだ。
「いえ、ご心配おかけしております」
元子が深々と頭を下げる。
すいとハルが進み出た。白いラフなジャケットにスラックス、高校生には見えない立ち居振る舞いで話しかける。
「初めてお目にかかります。渡来晴です。本日は無理を聞いて頂き、感謝します」
「桜木通販を見たい、とおっしゃっていましたね」
元子は立っている美並を手招きした。
来客があると呼び出された美並は慌てて近寄る。
「『ニット・キャンパス』開催にあたり、協賛企業を訪問し、イマジネーションを高めたいとおっしゃったの。伊吹さん、ご案内してくれる?」
「は、はい」
どの辺まででしょう、と視線で社内案内図を見やると、
「各部署、すべてご覧になりたいそうなの」
「よろしくお願いします」
ハルが頷き、はっとした。
そう言うことか。
ハルは自ら『羽鳥』を確認しに来たのだ。協賛企業の視察とは聞こえがいいが、要は『ニット・キャンパス』に関わる組織の、どの辺りまで『羽鳥』が浸潤しているのか、自分の目で見極めようとしている。
「源内さん…」
思わず相手を振り向けば、苦笑いしながら肩を竦めた。
「芸術家はイマジネーションのためなら何でもしますからね」
源内もある程度のことは知っているらしい。話したのは真崎か、それとも大石か。
いずれにせよ、真崎は本日も第2会議室に籠っていて、基本的には出てこれない。
「…ご案内します」
「心配無用」
ぼそりと背中からハルがいつもの口調で言い放つ。
歩き出したハルの姿をパシャパシャとカメラのシャッター音が追う。
予想以上の注目度だ。『ニット・キャンパス』の中心がハルだというのが良くわかる。
元子は後ろから源内と一緒に歩いてくる。
「そうですか、じゃあもう真崎さんが次期社長になるのは決定事項なんですね」
「先日から引き継ぎを始めています」
桜木通販の動きについて説明する声に、またシャッター音が響く。その音に紛れるように、
「あいつ」
隣に肩を並べたハルが尋ねた。
「第2会議室に一人で居ます」
「最後」
「わかりました」
まっすぐ前を向く瞳は、ゆっくりと掲げられた部署名に向けられる。
「こちらが総務課です」
失礼します、と声をかけて扉を開くと、ちらっと視線を動かした富崎が立ち上がった。
「…?」
伊吹は戸惑う。なぜだろう、新しい力のせいだろうか。
富崎の姿に重なって、柔らかな栗色の光の中に、激しい光がちらついているように見える。
ハルも感じたのか、戸口で立ち止まる。
「ご心配おかけしております」
静かに笑ってデスクを離れて近づいてくると、ゆっくりとハルの横で体を開いて手で示した。
「現在業務の整理と調整を行っているところです」
通常なら株主でもない一般の高校生に、説明したり案内したりする場所でもないし状況でもない。けれど社運を左右する要となるイベントのトップならば別だ。
視線を合わせないように仕事に没頭する社員達が、静かに見渡すハルに苛立った表情を向けるが、ハルは動じる気配もない。
「ハルです」
突然はっきりした声で言い放った。
「『ニット・キャンパス』へのご尽力に感謝します。全力を尽くしますので、よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げた姿に、部屋の空気が緩む。
なんだ、意外にいい奴?
顔を見合わせる動きに、美並はそっと促す。
「では、次へ…失礼します」
富崎が微笑んで会釈するのにドアを閉める。
「次?」
「人事課です」
部屋の名前を確かめて入り、ハルは同様に挨拶し、礼を述べる。
課長高山は席を外していて、それだけでもこの訪問が急なものだとはよくわかったが、ハルの何かを探すような視線には気になる社員も居たようで、課長不在を理由に曖昧に追い出される。
「次」
「品質管理課です」
ハルは細田の前でも同じことを繰り返した。名乗り、感謝を述べ、協力を依頼する。
その前後にゆっくりと課内を見回すのは、こういった企業で働いたことのない、あるいは今後働く予定もない学生が向ける、好奇の視線とよく似ている。
「…あの」
細田が部署の仕事を説明した後、控えめに美並とハルを見比べながら口を開いた。
「今回の『ニット・キャンパス』ですが、海外からの注目もされていると聞きました」
「はい」
「それはハルさんの作品によるものですよね」
何を言いだそうとしているのかわからなかったようで、ハルは瞬きを返す。
「ハルさんの作品は、ニット…例えばウチが扱っている商品とかにあんまり関係がないように思うんですが」
一瞬、周囲の空気が凍ったが、細田は気づかず訝しそうにことばを続けた。
「なぜ「ニット・キャンパス』に参加しようと思われたんですか」
「参加理由?」
ハルがぽつりと呟く。
源内がはらはらした顔になったのは、報道陣も居る中、もし美並が居るからなどと言われては、余計な混乱を招くだけだと心配しているからか。
けれどハルは唐突ににっこり笑って、周囲の視線を釘付けにした。
「いつ海外に行ってもいいんだけど」
時折聞かせる流暢なことば遣いで続ける。
「今これをやってみたかったから」
「じゃあ」
細田が頷いた。
「もしやってみたくなくなったら、『ニット・キャンパス』をやめますか」
おい細田。
今それを尋ねるのか、空気読まないにもほどがあるだろう。
誰もが突っ込みたくなっただろう、その質問は、ハルにとって楽しいものだったらしい。
「わからない」
くすくすと笑った。
「本当のところは、自分がなぜ『ニット・キャンパス』をやってみたいのかわからないけど、人生のほとんどの経験はそう言うものだね。やって初めて理由がわかる。『ニット・キャンパス』が終わった後、僕にも理由がわかるんだろう。それを楽しみにしています」
こう言うことか。
「美並」
にっこり笑って桜木通販に入ってきたハルに美並は呆気にとられる。
しかも一人じゃない。背後に源内と報道陣らしいものを従えての、堂々たる『訪問』だ。
「すでに岩倉産業にも伺ったんですが」
源内が受付で説明をしている。揉めていないところを見ると、事前に連絡はしていたのだろう。
「お待たせしました」
元子が出て来た。今日は甘い灰色のスーツ、白いブラウスで貫禄ある体がはち切れそうな印象があるが、物腰は柔らかくて丁寧だ。
「突然お邪魔して申し訳ありません」
黒づくめの源内が微笑んだ。
「いえ、ご心配おかけしております」
元子が深々と頭を下げる。
すいとハルが進み出た。白いラフなジャケットにスラックス、高校生には見えない立ち居振る舞いで話しかける。
「初めてお目にかかります。渡来晴です。本日は無理を聞いて頂き、感謝します」
「桜木通販を見たい、とおっしゃっていましたね」
元子は立っている美並を手招きした。
来客があると呼び出された美並は慌てて近寄る。
「『ニット・キャンパス』開催にあたり、協賛企業を訪問し、イマジネーションを高めたいとおっしゃったの。伊吹さん、ご案内してくれる?」
「は、はい」
どの辺まででしょう、と視線で社内案内図を見やると、
「各部署、すべてご覧になりたいそうなの」
「よろしくお願いします」
ハルが頷き、はっとした。
そう言うことか。
ハルは自ら『羽鳥』を確認しに来たのだ。協賛企業の視察とは聞こえがいいが、要は『ニット・キャンパス』に関わる組織の、どの辺りまで『羽鳥』が浸潤しているのか、自分の目で見極めようとしている。
「源内さん…」
思わず相手を振り向けば、苦笑いしながら肩を竦めた。
「芸術家はイマジネーションのためなら何でもしますからね」
源内もある程度のことは知っているらしい。話したのは真崎か、それとも大石か。
いずれにせよ、真崎は本日も第2会議室に籠っていて、基本的には出てこれない。
「…ご案内します」
「心配無用」
ぼそりと背中からハルがいつもの口調で言い放つ。
歩き出したハルの姿をパシャパシャとカメラのシャッター音が追う。
予想以上の注目度だ。『ニット・キャンパス』の中心がハルだというのが良くわかる。
元子は後ろから源内と一緒に歩いてくる。
「そうですか、じゃあもう真崎さんが次期社長になるのは決定事項なんですね」
「先日から引き継ぎを始めています」
桜木通販の動きについて説明する声に、またシャッター音が響く。その音に紛れるように、
「あいつ」
隣に肩を並べたハルが尋ねた。
「第2会議室に一人で居ます」
「最後」
「わかりました」
まっすぐ前を向く瞳は、ゆっくりと掲げられた部署名に向けられる。
「こちらが総務課です」
失礼します、と声をかけて扉を開くと、ちらっと視線を動かした富崎が立ち上がった。
「…?」
伊吹は戸惑う。なぜだろう、新しい力のせいだろうか。
富崎の姿に重なって、柔らかな栗色の光の中に、激しい光がちらついているように見える。
ハルも感じたのか、戸口で立ち止まる。
「ご心配おかけしております」
静かに笑ってデスクを離れて近づいてくると、ゆっくりとハルの横で体を開いて手で示した。
「現在業務の整理と調整を行っているところです」
通常なら株主でもない一般の高校生に、説明したり案内したりする場所でもないし状況でもない。けれど社運を左右する要となるイベントのトップならば別だ。
視線を合わせないように仕事に没頭する社員達が、静かに見渡すハルに苛立った表情を向けるが、ハルは動じる気配もない。
「ハルです」
突然はっきりした声で言い放った。
「『ニット・キャンパス』へのご尽力に感謝します。全力を尽くしますので、よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げた姿に、部屋の空気が緩む。
なんだ、意外にいい奴?
顔を見合わせる動きに、美並はそっと促す。
「では、次へ…失礼します」
富崎が微笑んで会釈するのにドアを閉める。
「次?」
「人事課です」
部屋の名前を確かめて入り、ハルは同様に挨拶し、礼を述べる。
課長高山は席を外していて、それだけでもこの訪問が急なものだとはよくわかったが、ハルの何かを探すような視線には気になる社員も居たようで、課長不在を理由に曖昧に追い出される。
「次」
「品質管理課です」
ハルは細田の前でも同じことを繰り返した。名乗り、感謝を述べ、協力を依頼する。
その前後にゆっくりと課内を見回すのは、こういった企業で働いたことのない、あるいは今後働く予定もない学生が向ける、好奇の視線とよく似ている。
「…あの」
細田が部署の仕事を説明した後、控えめに美並とハルを見比べながら口を開いた。
「今回の『ニット・キャンパス』ですが、海外からの注目もされていると聞きました」
「はい」
「それはハルさんの作品によるものですよね」
何を言いだそうとしているのかわからなかったようで、ハルは瞬きを返す。
「ハルさんの作品は、ニット…例えばウチが扱っている商品とかにあんまり関係がないように思うんですが」
一瞬、周囲の空気が凍ったが、細田は気づかず訝しそうにことばを続けた。
「なぜ「ニット・キャンパス』に参加しようと思われたんですか」
「参加理由?」
ハルがぽつりと呟く。
源内がはらはらした顔になったのは、報道陣も居る中、もし美並が居るからなどと言われては、余計な混乱を招くだけだと心配しているからか。
けれどハルは唐突ににっこり笑って、周囲の視線を釘付けにした。
「いつ海外に行ってもいいんだけど」
時折聞かせる流暢なことば遣いで続ける。
「今これをやってみたかったから」
「じゃあ」
細田が頷いた。
「もしやってみたくなくなったら、『ニット・キャンパス』をやめますか」
おい細田。
今それを尋ねるのか、空気読まないにもほどがあるだろう。
誰もが突っ込みたくなっただろう、その質問は、ハルにとって楽しいものだったらしい。
「わからない」
くすくすと笑った。
「本当のところは、自分がなぜ『ニット・キャンパス』をやってみたいのかわからないけど、人生のほとんどの経験はそう言うものだね。やって初めて理由がわかる。『ニット・キャンパス』が終わった後、僕にも理由がわかるんだろう。それを楽しみにしています」
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