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第5章
9.祝宴(5)
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「…他の事件は始末が付きますが、孝さんの一件は詰められないかもしれません」
やっぱり、その辺りも心配していたのか。
そもそも伊吹に事件の解明を望んだのは京介だ。孝の死の真相を知りたいと願い、何があったのかを解き明かすために協力して欲しいと頼んだ。
「…酷い話をするね」
すり、ともう一度伊吹に頬を摺り寄せる。応えるように伊吹が胸にキスしてくれる。まるで二匹の獣がお互いの傷を舐め合ってるみたい。
京介と伊吹の付き合いは、ずっとそういうところがあったのかも知れない。見えないところに深く重い傷をつけられ、癒せないまま生きてきて、傷があることさえ意識しなくなって、それでも傷みは悪化していて。
出会ってお互いに見つけあって、触れ合って、探しあって、その場所に自分を投げ込んで、互いが持っている別の力で少しずつ傷を塞いで治していった。
とても綺麗に治った心の傷は現実のものと違って、跡形を残さないと初めて知った。
大輔との苦しい過去は、今京介を傷つけない。大輔があらゆる場面を再現して、京介を詰り責め立てようと、今の京介には他人の物語を聞かされているようなものだろう。
今の京介は、大輔と関わっていた頃の京介とは違う。変わろうと足掻き、離れようともがいていた頃の京介が、想像もできなかった軽さで大輔と向き合えると分かっている。
「孝の事件は、終わったんだよ」
「…え?」
「…僕はずっと怖かったんだ」
伊吹にこの話をしたことがあっただろうか。
「自分が孝そっくりで、いつか大輔に繋がれたまま、孝みたいにどこかのホテルで殺されるんじゃないかって」
どれほど努力しどれほど凌ぎどれほど必死に頑張っても、何も実らず何も手に入らず一人でゴミのように死んで行くんだって。
「僕の命は無駄だったと思い知らされるだけなんじゃないかって」
でも。
目を閉じる。伊吹の温もりを感じる。
「今、君が、ここに居る」
それだけで、僕は生きていて良かったんだとわかる。
有沢の電話が掠める。
命の残りが少ないから、包むように庇うように優しく柔らかく囲われて、手に掴めるものが何もない不安を誰も聞いてくれはしない。
一人で死ぬのは堪える。
反転して響く、切ない声。
一人で生きるのは堪える。
孝は京介を望んだのかもしれない。けれどそれを訴えては来なかった、志賀が高崎に向けたように。大輔に虐げられる境遇に甘んじたのは、それでもそれまでの『自分』を捨てられなかったからではないのか。
京介は捨てた。それまでの何もかもを、伊吹が愛してくれるなら、チリ一つ残さず消し去ることさえ平気だった。たぶん、その途中で、傷みに満ちた過去もそれが絡みつく現在も手放すことができたのだろう。
そこまで賭けられる相手に出会えた。
「…っあっ」
思わず震えて声を上げたのは、快感を期待して尖った胸の先を伊吹が軽く噛んだからだ。収まりかけていた下半身が、伊吹の肌を擦りながら頭をもたげる。
「…なんだか理不尽で…」
胸で呟かれてくすぐったくて腰が揺れる。
「納得できない気がするんですけど…」
「んっ…んんっ」
含んだまましゃべらないでよ。
張り詰めて行く感覚に思わず伊吹の腰に手を伸ばす。
「でも…」
考え込んだままの伊吹が、京介の手をそっと押さえて、お預けを指示した。熱くなっていく身体と速まっていく呼吸を堪えて、静かに上げられた伊吹の顔を覗き込む。
「京介は…孝さんの人生をどうにもできないって言ってるんですね?」
「……うん」
ふいに視界が煙った。止める間もなく、溢れ落ち滴る雫に、伊吹が一瞬目を細め、それでも降り出した雨を受け止めるように身動きせずに聞いてくれる。
「僕は…孝が…大事だった……なんとか…してやりたかった……」
同じ境遇だけじゃなくて、バスケが好きだったとか、学校帰りに何を買い食いするとか。
「そういう……とこで……関わり……たかった……」
道場に居た源内のように、赤来に向かう富崎のように。
「もっと…べつ…の……ことを……もっと……別の……話をもっと……」
友達として。
親友として。
誰かの欲望のまま屠られて死んでしまうような未来じゃなくて。
「僕は…何も……できなかった……何も……してやれ……なくて……っ」
伊吹さん、僕は。
「…無力だった……っ」
伊吹を抱きしめ、京介は声を上げて泣いた。
やっぱり、その辺りも心配していたのか。
そもそも伊吹に事件の解明を望んだのは京介だ。孝の死の真相を知りたいと願い、何があったのかを解き明かすために協力して欲しいと頼んだ。
「…酷い話をするね」
すり、ともう一度伊吹に頬を摺り寄せる。応えるように伊吹が胸にキスしてくれる。まるで二匹の獣がお互いの傷を舐め合ってるみたい。
京介と伊吹の付き合いは、ずっとそういうところがあったのかも知れない。見えないところに深く重い傷をつけられ、癒せないまま生きてきて、傷があることさえ意識しなくなって、それでも傷みは悪化していて。
出会ってお互いに見つけあって、触れ合って、探しあって、その場所に自分を投げ込んで、互いが持っている別の力で少しずつ傷を塞いで治していった。
とても綺麗に治った心の傷は現実のものと違って、跡形を残さないと初めて知った。
大輔との苦しい過去は、今京介を傷つけない。大輔があらゆる場面を再現して、京介を詰り責め立てようと、今の京介には他人の物語を聞かされているようなものだろう。
今の京介は、大輔と関わっていた頃の京介とは違う。変わろうと足掻き、離れようともがいていた頃の京介が、想像もできなかった軽さで大輔と向き合えると分かっている。
「孝の事件は、終わったんだよ」
「…え?」
「…僕はずっと怖かったんだ」
伊吹にこの話をしたことがあっただろうか。
「自分が孝そっくりで、いつか大輔に繋がれたまま、孝みたいにどこかのホテルで殺されるんじゃないかって」
どれほど努力しどれほど凌ぎどれほど必死に頑張っても、何も実らず何も手に入らず一人でゴミのように死んで行くんだって。
「僕の命は無駄だったと思い知らされるだけなんじゃないかって」
でも。
目を閉じる。伊吹の温もりを感じる。
「今、君が、ここに居る」
それだけで、僕は生きていて良かったんだとわかる。
有沢の電話が掠める。
命の残りが少ないから、包むように庇うように優しく柔らかく囲われて、手に掴めるものが何もない不安を誰も聞いてくれはしない。
一人で死ぬのは堪える。
反転して響く、切ない声。
一人で生きるのは堪える。
孝は京介を望んだのかもしれない。けれどそれを訴えては来なかった、志賀が高崎に向けたように。大輔に虐げられる境遇に甘んじたのは、それでもそれまでの『自分』を捨てられなかったからではないのか。
京介は捨てた。それまでの何もかもを、伊吹が愛してくれるなら、チリ一つ残さず消し去ることさえ平気だった。たぶん、その途中で、傷みに満ちた過去もそれが絡みつく現在も手放すことができたのだろう。
そこまで賭けられる相手に出会えた。
「…っあっ」
思わず震えて声を上げたのは、快感を期待して尖った胸の先を伊吹が軽く噛んだからだ。収まりかけていた下半身が、伊吹の肌を擦りながら頭をもたげる。
「…なんだか理不尽で…」
胸で呟かれてくすぐったくて腰が揺れる。
「納得できない気がするんですけど…」
「んっ…んんっ」
含んだまましゃべらないでよ。
張り詰めて行く感覚に思わず伊吹の腰に手を伸ばす。
「でも…」
考え込んだままの伊吹が、京介の手をそっと押さえて、お預けを指示した。熱くなっていく身体と速まっていく呼吸を堪えて、静かに上げられた伊吹の顔を覗き込む。
「京介は…孝さんの人生をどうにもできないって言ってるんですね?」
「……うん」
ふいに視界が煙った。止める間もなく、溢れ落ち滴る雫に、伊吹が一瞬目を細め、それでも降り出した雨を受け止めるように身動きせずに聞いてくれる。
「僕は…孝が…大事だった……なんとか…してやりたかった……」
同じ境遇だけじゃなくて、バスケが好きだったとか、学校帰りに何を買い食いするとか。
「そういう……とこで……関わり……たかった……」
道場に居た源内のように、赤来に向かう富崎のように。
「もっと…べつ…の……ことを……もっと……別の……話をもっと……」
友達として。
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誰かの欲望のまま屠られて死んでしまうような未来じゃなくて。
「僕は…何も……できなかった……何も……してやれ……なくて……っ」
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「…無力だった……っ」
伊吹を抱きしめ、京介は声を上げて泣いた。
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