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第5章
11.天に還る(1)
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有沢が没した。
最後の瞬間に美並は呼ばれることはなかった。
通夜の日時を連絡して来た檜垣に、葬儀には来るなと念押しされたから、真崎に付き添ってもらって、向田市の小さな葬祭場に出向いた。
幾つかの葬儀が営まれているのだろう、濃い紺色のカーテンで仕切られた一角に案内されて入ると、そこに数人の喪服姿の男女が居た。
「…オカルト巫女さん」
済まないな、手間とらせて。
本当に小さな祭壇の前に立っていた檜垣が振り返る。ノーネクタイのシャツ姿、察したように周囲の男女が視線を投げながらカーテンの囲いから出て行く。
「有栖川」
「嫌です」
「おい」
「俺は出て行きません」
檜垣の後ろに立っていた大柄な男が促されたのに首を振る。
「邪魔しねえって言っただろ」
「邪魔してないです」
言い切った瞬間、真っ赤になった顔に大粒の涙が溢れ落ちた。
「有沢さんの側にいます」
「気持ち悪いから止めろ」
「何が気持ち悪いんですか。あれだけの刑事に惚れて何が悪いんですかっ」
吐き捨てるように低い声で言い放つ。
「俺は有沢さんが目標でした。ずっとずっと憧れてました。病気抱えて、それでもあいつを捕まえた。あんな風に俺もカッコよく死にたいです」
「バカヤロウ」
檜垣が冷えた声で唸る。
「カッコいい死に方じゃねえよ。自分で犯人捕まえてねえし。捕まえた犯人の顔も見てねえし。おら、さっさとこの間の事件のウラ取って来い、次の事件を起こしてえのか」
「俺は…っ」
「さっさと行けっつーの、暑っ苦しい面いつまでも晒してんな」
「でも」
「葬儀を頼むっつっただろ? 時間空けとけよ、わかってるな?」
「…わかりました」
ようよう有栖川と呼ばれた男は頷いた。顔を両手で擦り、おもむろに美並に向き直る。
「あなたがオカルト巫女さんですか」
「おい、お前何を」
「ご協力をありがとうございました!」
かちっとまっすぐ立ったから敬礼でもされるのかと思ったが、有栖川はことばと同時に深く一礼し、そのまま急ぎ足にカーテンを翻して出て行った。
「…あーその、済まねえな」
「いい人ですね」
微笑むと、檜垣が苦笑して目を外らせる。
「新人だから、今回の件に巻き込んだんだ。元々有沢さんの評判を聞いて異動希望出してたやつで。馘覚悟で加われって話したら、望むところですと返されてよ」
美並はちょっとほっとした。
有沢を追っていた頃の檜垣の線の細さは、いつの間にか消えている。有栖川を収める口調も、どうしてどうして落ち着いたものだ。事件が終わり、一人残された檜垣の身の振り方を心配したが、余計なことだったようだ。心なしか、体つきもがっちりとし、人が成長する要因は時間ではないと改めて感じる。美並もまた、この数ヶ月で大きく変わった。
「…今、赤来の背後を洗ってる」
ちらりと真崎に視線を投げて、檜垣は頷いた。
「大輔と組んでたサークルもそうだが、コンビニ強盗は『赤』って名前の組織だったみたいで、こっちの方が実は『羽鳥』の本職だったみたいだな。じりじり調べてるが、時間的にも場所的にも関わった人数的にも広範囲だ。難波孝、さん、殺害の件よりも余罪の方が呆れるほど積み重なってる」
檜垣は悩む目になって美並を見た。
「あいつは…首傾げてるぜ」
「え?」
「意外に事情聴取には協力的なんだが」
眉を寄せた。
「罪を認めてるからって言うより、どこで自分が失敗したのか、一所懸命に考えてるって感じだな」
「失敗…」
「聴き取るたんびに、どうしてこんなことになったんだろうって吐きやがる」
どうして僕に的が絞り込めたんだろう。どうしてそんな風に証拠が集まったんだろう。どうして皆、この事件に関わってるんだろう。
どうして?
「それだけ多くの人間に、自分が関係してたってことがわかってねえみたいだ」
檜垣は深い息を吐いた。
「あいつはずっと一人で奪ったり傷めつけたり殺したりしてたんじゃねえかな」
あいつの目には他の人間は入ってなかったんだ、ずっと。
「それぞれが違う人間だったってこともわかってねえかも知れねえな」
だからわからない、一人を傷つけたその背後で、関わる多くの人々が傷つき、苦しんだことに。その苦しみを、傷つけられた本人は動けなくとも、何とかしようと動き出す人間がいることに。
檜垣が祭壇に目を向け、気持ちを切り替えたように振り向いた。
「まあ、どこまで絞れるかわかんねえが、数年単位の刑じゃ済まねえだろうな。執行猶予も、おそらくつかない………むしろ、大輔の方が下っ端だったと考えた方がいいレベルだぜ」
「そう、ですか」
美並は思わず真崎を振り返る。同じことを考えているのだろう、真崎は檜垣を見つめたまま、淡々と確認する。
「桜木通販は厳しい状況になりそうですね」
「この国は身内犯罪を裁けなかった組織に厳しいからな」
檜垣は苦く笑った。
「こっちもかなり食らうだろうさ」
「ひょっとして、葬儀に来るなと言うのは」
「オカルト巫女さん、相変わらず察しがいいねえ」
檜垣がひょいと肩を竦める。
「あんたの活躍はいろんな意味で目立った。ぐしゃぐしゃに絡んだ糸を解いた手腕を、期待するやつもいれば、犯人側じゃないかと疑うやつもいる。どっちかと言うと、警察の在り方としちゃ、後者が正しい。有栖川みたいなのは、組織にとっちゃまずいタイプだってことだよ」
最後の瞬間に美並は呼ばれることはなかった。
通夜の日時を連絡して来た檜垣に、葬儀には来るなと念押しされたから、真崎に付き添ってもらって、向田市の小さな葬祭場に出向いた。
幾つかの葬儀が営まれているのだろう、濃い紺色のカーテンで仕切られた一角に案内されて入ると、そこに数人の喪服姿の男女が居た。
「…オカルト巫女さん」
済まないな、手間とらせて。
本当に小さな祭壇の前に立っていた檜垣が振り返る。ノーネクタイのシャツ姿、察したように周囲の男女が視線を投げながらカーテンの囲いから出て行く。
「有栖川」
「嫌です」
「おい」
「俺は出て行きません」
檜垣の後ろに立っていた大柄な男が促されたのに首を振る。
「邪魔しねえって言っただろ」
「邪魔してないです」
言い切った瞬間、真っ赤になった顔に大粒の涙が溢れ落ちた。
「有沢さんの側にいます」
「気持ち悪いから止めろ」
「何が気持ち悪いんですか。あれだけの刑事に惚れて何が悪いんですかっ」
吐き捨てるように低い声で言い放つ。
「俺は有沢さんが目標でした。ずっとずっと憧れてました。病気抱えて、それでもあいつを捕まえた。あんな風に俺もカッコよく死にたいです」
「バカヤロウ」
檜垣が冷えた声で唸る。
「カッコいい死に方じゃねえよ。自分で犯人捕まえてねえし。捕まえた犯人の顔も見てねえし。おら、さっさとこの間の事件のウラ取って来い、次の事件を起こしてえのか」
「俺は…っ」
「さっさと行けっつーの、暑っ苦しい面いつまでも晒してんな」
「でも」
「葬儀を頼むっつっただろ? 時間空けとけよ、わかってるな?」
「…わかりました」
ようよう有栖川と呼ばれた男は頷いた。顔を両手で擦り、おもむろに美並に向き直る。
「あなたがオカルト巫女さんですか」
「おい、お前何を」
「ご協力をありがとうございました!」
かちっとまっすぐ立ったから敬礼でもされるのかと思ったが、有栖川はことばと同時に深く一礼し、そのまま急ぎ足にカーテンを翻して出て行った。
「…あーその、済まねえな」
「いい人ですね」
微笑むと、檜垣が苦笑して目を外らせる。
「新人だから、今回の件に巻き込んだんだ。元々有沢さんの評判を聞いて異動希望出してたやつで。馘覚悟で加われって話したら、望むところですと返されてよ」
美並はちょっとほっとした。
有沢を追っていた頃の檜垣の線の細さは、いつの間にか消えている。有栖川を収める口調も、どうしてどうして落ち着いたものだ。事件が終わり、一人残された檜垣の身の振り方を心配したが、余計なことだったようだ。心なしか、体つきもがっちりとし、人が成長する要因は時間ではないと改めて感じる。美並もまた、この数ヶ月で大きく変わった。
「…今、赤来の背後を洗ってる」
ちらりと真崎に視線を投げて、檜垣は頷いた。
「大輔と組んでたサークルもそうだが、コンビニ強盗は『赤』って名前の組織だったみたいで、こっちの方が実は『羽鳥』の本職だったみたいだな。じりじり調べてるが、時間的にも場所的にも関わった人数的にも広範囲だ。難波孝、さん、殺害の件よりも余罪の方が呆れるほど積み重なってる」
檜垣は悩む目になって美並を見た。
「あいつは…首傾げてるぜ」
「え?」
「意外に事情聴取には協力的なんだが」
眉を寄せた。
「罪を認めてるからって言うより、どこで自分が失敗したのか、一所懸命に考えてるって感じだな」
「失敗…」
「聴き取るたんびに、どうしてこんなことになったんだろうって吐きやがる」
どうして僕に的が絞り込めたんだろう。どうしてそんな風に証拠が集まったんだろう。どうして皆、この事件に関わってるんだろう。
どうして?
「それだけ多くの人間に、自分が関係してたってことがわかってねえみたいだ」
檜垣は深い息を吐いた。
「あいつはずっと一人で奪ったり傷めつけたり殺したりしてたんじゃねえかな」
あいつの目には他の人間は入ってなかったんだ、ずっと。
「それぞれが違う人間だったってこともわかってねえかも知れねえな」
だからわからない、一人を傷つけたその背後で、関わる多くの人々が傷つき、苦しんだことに。その苦しみを、傷つけられた本人は動けなくとも、何とかしようと動き出す人間がいることに。
檜垣が祭壇に目を向け、気持ちを切り替えたように振り向いた。
「まあ、どこまで絞れるかわかんねえが、数年単位の刑じゃ済まねえだろうな。執行猶予も、おそらくつかない………むしろ、大輔の方が下っ端だったと考えた方がいいレベルだぜ」
「そう、ですか」
美並は思わず真崎を振り返る。同じことを考えているのだろう、真崎は檜垣を見つめたまま、淡々と確認する。
「桜木通販は厳しい状況になりそうですね」
「この国は身内犯罪を裁けなかった組織に厳しいからな」
檜垣は苦く笑った。
「こっちもかなり食らうだろうさ」
「ひょっとして、葬儀に来るなと言うのは」
「オカルト巫女さん、相変わらず察しがいいねえ」
檜垣がひょいと肩を竦める。
「あんたの活躍はいろんな意味で目立った。ぐしゃぐしゃに絡んだ糸を解いた手腕を、期待するやつもいれば、犯人側じゃないかと疑うやつもいる。どっちかと言うと、警察の在り方としちゃ、後者が正しい。有栖川みたいなのは、組織にとっちゃまずいタイプだってことだよ」
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