『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
65 / 510
第1章

10.砕かれたガラス(3)

しおりを挟む
『課長はどうされますか』
 あれはどういう意味だったんだろう。

 昼間だというのに、うっすら曇ってきて冷たい風が吹き下ろしてくる空を見上げながら、京介は伊吹のことばを思い返している。
 ふられた、はずだった。
 伊吹は昔の恋人にまだしっかり惚れていて、失ったと思った相手が生きていて、ましてや自分を探していると知って、めったに取り乱さない静かな顔が大輪の花が開いたように華やいでいた。
 大石圭吾は、いい男だ。
 見かけだけでなく、仕事ぶりを見ていてもわかる。必要なことはきちんと押さえ、相手への配慮も忘れないが、自分が無闇に負担を被るようなこともしない、バランスの取れた精神を持っている。
 伊吹と何があったのか、本当のところはよくわからないけど、伊吹は大石を失ったことを苦痛にしていて、大石も伊吹のことを忘れていない。
 離ればなれになっていた恋人達が、不思議な縁でもう一度巡り会った、そういうことなのだ。
 そして、そういう「運命的な再会」の前に、京介の存在はあまりにも惨めでちっぽけな存在で。
「……壊れてんのか、あんたは…か」
 伊吹の呆れた声を繰り返してずきんとした。
「………壊れた男なんて……要らないよね」
 他に誰もいないならまだしも、そしてまた、京介が自分の内側を晒す前なら見込みがあったかもしれないけれど。
「大輔の奴」
 伊吹に接触してきたのは、おそらくは孝の時同様の目的だろう。
 だからこそ、夕方会いたいという恵子の約束を無理に繰り上げて、京介は昼間に出て来た。
 もちろん、京介には伊吹を守る資格さえないのはわかっているけれど、伊吹が大輔に危険な目に合わされるのは我慢できない。いや、もうこの際、犯罪者になってもいいから、大輔を殺してしまえば後腐れないか、とさえ考え始めている。
「ほんと……壊れてるよね」
 危なくて、あやうくて。
「好きになってくれるはず…なかったな」
 自分勝手に伊吹に落ちて全部晒して、あっさり捨てられてしまったのに。
「伊吹…さん」
 名前を呼んで眉を寄せ唇を噛み締める。
 上司と部下。
 それだけの関係。
 ずっと、ずっと、それだけの関係。
 でも、これは頑張って守らなくちゃ、と改めて思った。
 他には何も手に入らないんだから、せめて一緒の部署でできるだけ長く一緒に仕事ができるように。伊吹のアルバイト条件を確認して。改善の余地があるならあちこち掛け合って。公私混同でも構わない。
「会社で一緒なら、顔は見られるもんね」
 自分の気持ちがどんどん竦むのがわかる。もうこれ以上少しでも伊吹を失ってしまいたくない。そのためなら、何だってやる、どんな芝居もする。
「声も……聞けるし」
 また冗談とか、言って。
「笑ってくれるかも、しれないし」
 この先ずっと触れることもできないだろうし、ひょっとすると、会社帰りに大石と待ち合わせたりしてるのを見送ったり、カフェで向かい合ってるのを見たり、ひょっとしてひょっとするとホテルに入るのを見ちゃったりするかもしれないけど。でもって、とろんと蕩けた顔して抱き締められたり、薄赤くなりながらキスされてたり、包まれるように腰を抱えられて歩いてたりする伊吹に会っちゃうかもしれないけど。
 京介ができないことを一杯している大石なんか見ちゃったりするかも知れないけど。
「うぁ…」
 気分がすぷらったになってきたよ、と京介は羽織ってきたジャンパーの襟に顔を埋めた。
「どうしよう…」
 そんなの見て、僕はまともに応対していられるんだろうか。
 ひょっとしてひょっとしたら、ぶちんとか切れちゃって、伊吹さんには何もしなくても大石にとんでもないことしちゃわないだろうか。
「……自信ないな…」
 警察いつでも呼べるようにしておいた方がいいかもしれない。
 思わず携帯に110をセットしかけて我に返った。
「………さむ」
 ほんとに、いや、ますます壊れてるって感じ。
 うんざりしながらそう思った矢先、
「京ちゃん!」
「っ」
 俯きがちになっていた視界に突然何かが動いて、首にくるんと柔らかなものが巻きついた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

教師と生徒とアイツと俺と

本宮瑚子
恋愛
高校教師1年目、沢谷敬介。 教師という立場にありながら、一人の男としては屈折した感情を持て余す。 そんな敬介が、教師として男として、日に日に目で追ってしまうのは……、一人の女であり、生徒でもあった。 ★教師×生徒のストーリーながら、中身は大人風味の恋愛仕立て。 ★未成年による飲酒、喫煙の描写が含まれますが、あくまでストーリー上によるものであり、法令をお守り下さい。 ★こちらの作品は、他サイトでも掲載中のものに、加筆・修正を加えたものです。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

巨×巨LOVE STORY

狭山雪菜
恋愛
白川藍子は、他の女の子よりも大きな胸をしていた。ある時、好きだと思っていた男友達から、実は小さい胸が好きと言われ…… こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...