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第1章
10.砕かれたガラス(3)
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『課長はどうされますか』
あれはどういう意味だったんだろう。
昼間だというのに、うっすら曇ってきて冷たい風が吹き下ろしてくる空を見上げながら、京介は伊吹のことばを思い返している。
ふられた、はずだった。
伊吹は昔の恋人にまだしっかり惚れていて、失ったと思った相手が生きていて、ましてや自分を探していると知って、めったに取り乱さない静かな顔が大輪の花が開いたように華やいでいた。
大石圭吾は、いい男だ。
見かけだけでなく、仕事ぶりを見ていてもわかる。必要なことはきちんと押さえ、相手への配慮も忘れないが、自分が無闇に負担を被るようなこともしない、バランスの取れた精神を持っている。
伊吹と何があったのか、本当のところはよくわからないけど、伊吹は大石を失ったことを苦痛にしていて、大石も伊吹のことを忘れていない。
離ればなれになっていた恋人達が、不思議な縁でもう一度巡り会った、そういうことなのだ。
そして、そういう「運命的な再会」の前に、京介の存在はあまりにも惨めでちっぽけな存在で。
「……壊れてんのか、あんたは…か」
伊吹の呆れた声を繰り返してずきんとした。
「………壊れた男なんて……要らないよね」
他に誰もいないならまだしも、そしてまた、京介が自分の内側を晒す前なら見込みがあったかもしれないけれど。
「大輔の奴」
伊吹に接触してきたのは、おそらくは孝の時同様の目的だろう。
だからこそ、夕方会いたいという恵子の約束を無理に繰り上げて、京介は昼間に出て来た。
もちろん、京介には伊吹を守る資格さえないのはわかっているけれど、伊吹が大輔に危険な目に合わされるのは我慢できない。いや、もうこの際、犯罪者になってもいいから、大輔を殺してしまえば後腐れないか、とさえ考え始めている。
「ほんと……壊れてるよね」
危なくて、あやうくて。
「好きになってくれるはず…なかったな」
自分勝手に伊吹に落ちて全部晒して、あっさり捨てられてしまったのに。
「伊吹…さん」
名前を呼んで眉を寄せ唇を噛み締める。
上司と部下。
それだけの関係。
ずっと、ずっと、それだけの関係。
でも、これは頑張って守らなくちゃ、と改めて思った。
他には何も手に入らないんだから、せめて一緒の部署でできるだけ長く一緒に仕事ができるように。伊吹のアルバイト条件を確認して。改善の余地があるならあちこち掛け合って。公私混同でも構わない。
「会社で一緒なら、顔は見られるもんね」
自分の気持ちがどんどん竦むのがわかる。もうこれ以上少しでも伊吹を失ってしまいたくない。そのためなら、何だってやる、どんな芝居もする。
「声も……聞けるし」
また冗談とか、言って。
「笑ってくれるかも、しれないし」
この先ずっと触れることもできないだろうし、ひょっとすると、会社帰りに大石と待ち合わせたりしてるのを見送ったり、カフェで向かい合ってるのを見たり、ひょっとしてひょっとするとホテルに入るのを見ちゃったりするかもしれないけど。でもって、とろんと蕩けた顔して抱き締められたり、薄赤くなりながらキスされてたり、包まれるように腰を抱えられて歩いてたりする伊吹に会っちゃうかもしれないけど。
京介ができないことを一杯している大石なんか見ちゃったりするかも知れないけど。
「うぁ…」
気分がすぷらったになってきたよ、と京介は羽織ってきたジャンパーの襟に顔を埋めた。
「どうしよう…」
そんなの見て、僕はまともに応対していられるんだろうか。
ひょっとしてひょっとしたら、ぶちんとか切れちゃって、伊吹さんには何もしなくても大石にとんでもないことしちゃわないだろうか。
「……自信ないな…」
警察いつでも呼べるようにしておいた方がいいかもしれない。
思わず携帯に110をセットしかけて我に返った。
「………さむ」
ほんとに、いや、ますます壊れてるって感じ。
うんざりしながらそう思った矢先、
「京ちゃん!」
「っ」
俯きがちになっていた視界に突然何かが動いて、首にくるんと柔らかなものが巻きついた。
あれはどういう意味だったんだろう。
昼間だというのに、うっすら曇ってきて冷たい風が吹き下ろしてくる空を見上げながら、京介は伊吹のことばを思い返している。
ふられた、はずだった。
伊吹は昔の恋人にまだしっかり惚れていて、失ったと思った相手が生きていて、ましてや自分を探していると知って、めったに取り乱さない静かな顔が大輪の花が開いたように華やいでいた。
大石圭吾は、いい男だ。
見かけだけでなく、仕事ぶりを見ていてもわかる。必要なことはきちんと押さえ、相手への配慮も忘れないが、自分が無闇に負担を被るようなこともしない、バランスの取れた精神を持っている。
伊吹と何があったのか、本当のところはよくわからないけど、伊吹は大石を失ったことを苦痛にしていて、大石も伊吹のことを忘れていない。
離ればなれになっていた恋人達が、不思議な縁でもう一度巡り会った、そういうことなのだ。
そして、そういう「運命的な再会」の前に、京介の存在はあまりにも惨めでちっぽけな存在で。
「……壊れてんのか、あんたは…か」
伊吹の呆れた声を繰り返してずきんとした。
「………壊れた男なんて……要らないよね」
他に誰もいないならまだしも、そしてまた、京介が自分の内側を晒す前なら見込みがあったかもしれないけれど。
「大輔の奴」
伊吹に接触してきたのは、おそらくは孝の時同様の目的だろう。
だからこそ、夕方会いたいという恵子の約束を無理に繰り上げて、京介は昼間に出て来た。
もちろん、京介には伊吹を守る資格さえないのはわかっているけれど、伊吹が大輔に危険な目に合わされるのは我慢できない。いや、もうこの際、犯罪者になってもいいから、大輔を殺してしまえば後腐れないか、とさえ考え始めている。
「ほんと……壊れてるよね」
危なくて、あやうくて。
「好きになってくれるはず…なかったな」
自分勝手に伊吹に落ちて全部晒して、あっさり捨てられてしまったのに。
「伊吹…さん」
名前を呼んで眉を寄せ唇を噛み締める。
上司と部下。
それだけの関係。
ずっと、ずっと、それだけの関係。
でも、これは頑張って守らなくちゃ、と改めて思った。
他には何も手に入らないんだから、せめて一緒の部署でできるだけ長く一緒に仕事ができるように。伊吹のアルバイト条件を確認して。改善の余地があるならあちこち掛け合って。公私混同でも構わない。
「会社で一緒なら、顔は見られるもんね」
自分の気持ちがどんどん竦むのがわかる。もうこれ以上少しでも伊吹を失ってしまいたくない。そのためなら、何だってやる、どんな芝居もする。
「声も……聞けるし」
また冗談とか、言って。
「笑ってくれるかも、しれないし」
この先ずっと触れることもできないだろうし、ひょっとすると、会社帰りに大石と待ち合わせたりしてるのを見送ったり、カフェで向かい合ってるのを見たり、ひょっとしてひょっとするとホテルに入るのを見ちゃったりするかもしれないけど。でもって、とろんと蕩けた顔して抱き締められたり、薄赤くなりながらキスされてたり、包まれるように腰を抱えられて歩いてたりする伊吹に会っちゃうかもしれないけど。
京介ができないことを一杯している大石なんか見ちゃったりするかも知れないけど。
「うぁ…」
気分がすぷらったになってきたよ、と京介は羽織ってきたジャンパーの襟に顔を埋めた。
「どうしよう…」
そんなの見て、僕はまともに応対していられるんだろうか。
ひょっとしてひょっとしたら、ぶちんとか切れちゃって、伊吹さんには何もしなくても大石にとんでもないことしちゃわないだろうか。
「……自信ないな…」
警察いつでも呼べるようにしておいた方がいいかもしれない。
思わず携帯に110をセットしかけて我に返った。
「………さむ」
ほんとに、いや、ますます壊れてるって感じ。
うんざりしながらそう思った矢先、
「京ちゃん!」
「っ」
俯きがちになっていた視界に突然何かが動いて、首にくるんと柔らかなものが巻きついた。
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