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第1章
11.イン・ジ・エアー(2)
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背中からは『きたがわ』の照明、真横からは木々を飾ったイルミネーション、その光に照らされて、携帯を耳にあてて見上げてくる伊吹の顔が、まるで闇夜に浮かぶ月のようで。
真っ暗な海の中に、ほのかに光る、小さな灯のようで。
「階段上がってきて」
身体ががたがた震える。
『いつの間にそんなところに』
必死に視界からテラスの向こうの光景を閉め出す。
「大輔の考えることなんてすぐわかる」
そうだ、わかる、これから何をするか。京介が何を奪われるのか。
『嫌なこと、聞いちゃいましたね』
柔らかな声のいたわりに目を閉じ、流れ落ちた涙をそのままに会話を続ける。
「いいよ、別に。そういうやつだし……それよりさ」
当たり前の、優しい、やりとり。
「一緒に御飯食べよう?」
声が掠れる。涙が止まらない。
『なんで』
「僕、お腹減って寒いんだよ」
何もかも、全部すり抜けて消えていく。
『そんなところで立ってるからでしょう』
闇が、真後ろに、来ている。
「ここからなら、いざとなったら警察が呼べる」
声が凍った。
「警察呼んで階段駆け降りて、伊吹さん抱き締めて大輔ぶん殴れる」
失う前に全て壊してしまえばいい。
『……警察要らないじゃないですか』
戸惑った伊吹の声。
『違うよ………警察は僕が大輔を殺さないように呼ぶんじゃないの」
一瞬携帯からの声が途切れて、その一瞬が永遠ほど長かった。
『課長』
ああ、切り捨てられるのかな。
「何」
明らかに、危ないもんね?
諦めてまたぼんやりとテラスの向こうへ視線を泳がせたとたん、
『御飯食べましょうか』
「!」
息が止まるかと思った。
言うや否や伊吹は急ぎ足で、やがては走って『きたがわ』へ近付いてきた。茫然として、そのうちそれが現実だと気付いたとたん、何かもう、わけもわからず嬉しくて笑いながらねだる。
「うん、早く……」
熱く重くなったのは身体の中心、伊吹がここに来てくれる、そう思いながら過った感覚に一瞬目を閉じ、携帯を片付け、濡れた顔を急いで手の甲で拭う。
その直後、階段を駆け上がってきた伊吹が喘ぎながら辿りついて、急いでその側に寄り添った。
「後でコーヒー飲もうね?」
誘う声が我ながらきわどい。自分がどんな顔をしているのか、想像するのが怖い。
「コーヒー……この前のところで?」
伊吹が確認してぞくぞくする。
そうだ、コーヒーをちゃんと淹れる、だから、伊吹さんは僕をまた。
「うん、この前のところで。おいしかったでしょ?」
隅々まで。
にこりと笑ったのは、いつか大輔に応じた夜と寸分違わず重なったせい、もう自分がどこにいるのかわからなくなって、溜め息を漏らしながら体を起こした伊吹を抱き締める。
暴いて。
「伊吹さん……」
声が熱い。
抱きすくめた体に視界が潤む。
「課長、ここは思いっきり人前で」
もういいんだよ、そんなことどうでも。
「京介って呼んでくんなきゃ離れない」
なんなら、ここで抱いてくれたっていいんだけど。
煮詰まって、沸騰するような頭に意識も感覚も溶け落ちそうになって力を込める。
「あー………はいはい」
「…っ」
逃げたり怯えたり押さえつけたり突き飛ばしたり。
恵子や大輔や自分がした仕草を思い出して緊張していた京介は、ふいに柔らかく抱き返されて驚いた。思わず震えた背中を小さな手でぽんぽん、と叩かれた。
たったそれだけで熱が散った。我に返った耳元で、静かにはっきり命じられる。
「御飯にしましょう、京介」
絶対的な声。
膝を屈して跪くしかないような。
「ん…」
頷きながら力を緩める。
おおせの、ままに。
胸に響いた古風なことばに京介は深く安堵した。
真っ暗な海の中に、ほのかに光る、小さな灯のようで。
「階段上がってきて」
身体ががたがた震える。
『いつの間にそんなところに』
必死に視界からテラスの向こうの光景を閉め出す。
「大輔の考えることなんてすぐわかる」
そうだ、わかる、これから何をするか。京介が何を奪われるのか。
『嫌なこと、聞いちゃいましたね』
柔らかな声のいたわりに目を閉じ、流れ落ちた涙をそのままに会話を続ける。
「いいよ、別に。そういうやつだし……それよりさ」
当たり前の、優しい、やりとり。
「一緒に御飯食べよう?」
声が掠れる。涙が止まらない。
『なんで』
「僕、お腹減って寒いんだよ」
何もかも、全部すり抜けて消えていく。
『そんなところで立ってるからでしょう』
闇が、真後ろに、来ている。
「ここからなら、いざとなったら警察が呼べる」
声が凍った。
「警察呼んで階段駆け降りて、伊吹さん抱き締めて大輔ぶん殴れる」
失う前に全て壊してしまえばいい。
『……警察要らないじゃないですか』
戸惑った伊吹の声。
『違うよ………警察は僕が大輔を殺さないように呼ぶんじゃないの」
一瞬携帯からの声が途切れて、その一瞬が永遠ほど長かった。
『課長』
ああ、切り捨てられるのかな。
「何」
明らかに、危ないもんね?
諦めてまたぼんやりとテラスの向こうへ視線を泳がせたとたん、
『御飯食べましょうか』
「!」
息が止まるかと思った。
言うや否や伊吹は急ぎ足で、やがては走って『きたがわ』へ近付いてきた。茫然として、そのうちそれが現実だと気付いたとたん、何かもう、わけもわからず嬉しくて笑いながらねだる。
「うん、早く……」
熱く重くなったのは身体の中心、伊吹がここに来てくれる、そう思いながら過った感覚に一瞬目を閉じ、携帯を片付け、濡れた顔を急いで手の甲で拭う。
その直後、階段を駆け上がってきた伊吹が喘ぎながら辿りついて、急いでその側に寄り添った。
「後でコーヒー飲もうね?」
誘う声が我ながらきわどい。自分がどんな顔をしているのか、想像するのが怖い。
「コーヒー……この前のところで?」
伊吹が確認してぞくぞくする。
そうだ、コーヒーをちゃんと淹れる、だから、伊吹さんは僕をまた。
「うん、この前のところで。おいしかったでしょ?」
隅々まで。
にこりと笑ったのは、いつか大輔に応じた夜と寸分違わず重なったせい、もう自分がどこにいるのかわからなくなって、溜め息を漏らしながら体を起こした伊吹を抱き締める。
暴いて。
「伊吹さん……」
声が熱い。
抱きすくめた体に視界が潤む。
「課長、ここは思いっきり人前で」
もういいんだよ、そんなことどうでも。
「京介って呼んでくんなきゃ離れない」
なんなら、ここで抱いてくれたっていいんだけど。
煮詰まって、沸騰するような頭に意識も感覚も溶け落ちそうになって力を込める。
「あー………はいはい」
「…っ」
逃げたり怯えたり押さえつけたり突き飛ばしたり。
恵子や大輔や自分がした仕草を思い出して緊張していた京介は、ふいに柔らかく抱き返されて驚いた。思わず震えた背中を小さな手でぽんぽん、と叩かれた。
たったそれだけで熱が散った。我に返った耳元で、静かにはっきり命じられる。
「御飯にしましょう、京介」
絶対的な声。
膝を屈して跪くしかないような。
「ん…」
頷きながら力を緩める。
おおせの、ままに。
胸に響いた古風なことばに京介は深く安堵した。
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