『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
118 / 510
第2章

5.上司と部下(1)

しおりを挟む
「…ん…」
 遠いところでかたかたとリズミカルな音が空気を刻んでいるのに気付き、美並は目を開けた。
「…課長? あれ……か…っ」
 側にくっついて眠っていた真崎の姿はない。そのかわり。
「……おい」
 真崎の代わりに美並を抱き寄せるようにくっついていたのは、一抱えもある茶色のくまのぬいぐるみで、御丁寧にプラスチックの眼鏡を掛けている。
「なんだ、これは」
 唸りながらそれを引き起こしてみると、見覚えのある真崎のネクタイが首に巻きついている。
「か~ちょ~~」
 いつこんなものを買ってきたんだ。
 ってか、どう見たってこれは大石のくまの対抗版、けれど異常にでかい。一体幾らしたんだろう。
 真崎がデパートでこれを指差して買う場面を想像して頭が痛くなる。
 張り合ったんだよね。きっと張り合ったんだ、うん。
 それより、風邪で寝込んでたはずの相手はどこに行ったんだ。
 苛立ちながらベッドを降り、引きずりかけそうなくまの首を抱えて寝室のドアを開けると、まばゆい日射しが一杯に差し込んだダイニングのテーブルで真崎がノートパソコンに向かっている。休日仕様のふわっとしたタートルネックのグレイのセーター、同系色だが濃いグレイのスラックスと、どこかへ出かけるつもりなのか、髪の毛も整えられている。
「課長、起きてて大丈夫なんですか」
「うん、おはよう、いぶき……さ…ん…」
 振り向いて笑いかけた真崎が寝室のドアを押し開けたままの美並に固まった。眼鏡の奥でびっくりしたような目を見開いて、キーボードの上に手を浮かせたまま凍っている。
「なんですか、自分が買ってきたくまでしょうに」
 確かに凄く大きいけれど、驚いたのはこっちですよ、そう続けると、呪縛を解かれたみたいにはっとして、瞬きしながら目を逸らせる。
「あ、あ、うん、そ、う、なんだけど」
「だけど?」
「……なんで抱えてくるかなあ」
「え?」
「………それも……片方の手で抱えたままなんて……」
 ぶつぶつ言いながら、慌てたように口元を押さえて俯いた。
「両手で抱えて、脚でドアを蹴り開けた方がよかったですか」
「や、そういう意味じゃなくて」
 むー、と妙な唸り声を上げながら、真崎が立ち上がった。
「あー、もう、駄目かも」
「何が」
「我慢の限界かも」
「だから、何が」
「伊吹さん」
 テーブルを回ってきて、真崎が美並の手からくまをひったくる。
「おい」
 そのままぽとんと側に落としたばかりか、軽く脚で蹴飛ばして寝室に蹴り込む。
「おいおい」
「こいつはいいから」
 僕を抱いてよ。
 言うや否や抱きついてくるのに、今度は美並が固まる。
「……元気ですね」
「うん、元気でしょ」
「……そっちのことは言ってない」
「や、だから」
 身体が元気だから、こっちも元気なんじゃない、とへらりと笑った相手を急いで押し遣る。
「風邪はっ」
「治った」
「嘘つけ」
「ほんと」
 知らないの、伊吹さん。
 真崎は嬉しそうに目を細める。
「人肌っていいんだよ~」
「ひとはだ…っ」
 誤解を招くような言い方は止めて下さい。
 思わず赤くなった美並に、真崎がくすくす笑う。
「あったかくてしっとりしてて気持ちよかったよ。ごちそうさま」
「っ、まさかっ」
 ぎょっとして思わず美並は自分の体を抱えて洗面所に走った。
「……あ~~」
 予想に違わずというか、そこまで考えなかったのがおかしいというか、真崎と同じ場所にくっきりついた赤い跡。しかも、何度か吸いついたのを示すように、幾重にもずれたクレヨンの線のように重なっている。
 いつこんなことをされたんだろう。
 ……いや、こんなことをされて起きなかったのは、美並も疲れていたせいだろうか。
「意外と残らないんだね」
 鏡の中からひょいと覗き込んできた真崎が目を細める。
「伊吹さん、どうやって僕のをつけたのか、今度やり方教えてね?」
「うっ」
「それから、はい、これ」
 後ろからくしゃくしゃの髪にかぶせられたのは黒いシンプルなニット帽。
「? 何ですか、これ」
「今度桜木通販で売り出すはずだった新商品……『Brechen』にしてやられたけど」
「ああ…」
 で、これをどうするの?
 尋ねた美並に、真崎は自分もお揃いのニット帽を取り出して被ってみせた。
「見本で二つあったから、これを利用しようかと」
「え?」
「これを被ってデートしましょう、伊吹さん」
 僕と初ペアルックだよね。
「げ」
 にこやかに笑う真崎に美並は引きつった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

教師と生徒とアイツと俺と

本宮瑚子
恋愛
高校教師1年目、沢谷敬介。 教師という立場にありながら、一人の男としては屈折した感情を持て余す。 そんな敬介が、教師として男として、日に日に目で追ってしまうのは……、一人の女であり、生徒でもあった。 ★教師×生徒のストーリーながら、中身は大人風味の恋愛仕立て。 ★未成年による飲酒、喫煙の描写が含まれますが、あくまでストーリー上によるものであり、法令をお守り下さい。 ★こちらの作品は、他サイトでも掲載中のものに、加筆・修正を加えたものです。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

巨×巨LOVE STORY

狭山雪菜
恋愛
白川藍子は、他の女の子よりも大きな胸をしていた。ある時、好きだと思っていた男友達から、実は小さい胸が好きと言われ…… こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...