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第2章
7.彼女と彼(10)
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伊吹の姿は一瞬、出てくる前に見た押塚まりそっくりに見えた。
京介が買った、暗いグレイに鮮やかな朱赤の糸は口紅と同じ色、ニット帽も揃いの色の、よく見るとセーターの背中、腰のあたりにも同じ糸が編み込まれている。
「……あんなところにも……入ってたんだ」
呟きながらゆっくり歩き出す。
まるで糸が伊吹の腰を抱いてるみたい、そう思って唾を呑む。
ニット帽に包まれた頭と、胸元と、腰の朱赤。
過ったのは伊吹の肌につけたキスマーク。
「そっくり…」
まるで『Brechen』にことよせて大石が伊吹を抱き寄せた、その掌の跡にさえ見えてくる。
空腹と疲労と治り切らない体調で空回りし続ける頭が白く平板に感覚を失う。
何をしてるの。
伊吹はイベントのチラシを丹念に集めているようで、京介の接近には気付かない。いつも通りの静かな横顔に京介の身体の内側がぼろぼろ侵食されていく。
そんなところに居たんだ、僕の所に来ないで?
他の男の腕に抱かれて?
君はどこに出かけるつもりなの、伊吹さん。
目当てのものを見つけたのか、微かに伊吹の唇が綻んだ。甘い曲線に緩む紅、薄く開いたその中に、容赦なく突っ込みたくなってくる。
喉が渇く。
胃が痛む。
どこかに行きそうな気配で伊吹が周囲をくるくる見回して、一つ頷く癖は次の行動を決めたこと、逃がす前にその前に。
身体が全部ぎしぎし鳴って、これ以上は我慢できなくなってきたときに、ようやく声が届く距離まで近付いた。
「……伊吹、さん…?」
「!」
ぎょっとした顔で伊吹は振り向いた。
怯えた背中、見開いた瞳が『さうす』そっくりでぞくりとする。
いつだったろう、くまの首を締めたのは。
同じように締めてしまえばいいのだろうか、あの細い綺麗な首さえも。
「その……格好……」
呟いたのは、攻撃意図を隠す本能的なカムフラージュだったのに、軽く伊吹が体を引いて、京介の動きを誘ってくる。
「来て」
「え、あ」
遅いよ。
空に浮いていた手首を捕えた。
体を竦めて敏感に身構える相手にひんやり嗤う。
でも、いい勘してるよね。
「何もしないよ。それとも………何かしてほしかったの、こんな公衆の面前で」
目を細めると伊吹が息を呑む。
軽蔑した?
それとも恐怖?
どっちでもいい、もう何でもいい、伊吹から奪えるものならば。京介の手に入らないものなら何でも。
「それとも、誰かと待ち合わせなのかな………今日、仕事があったはずだけど?」
優しい声で囁きながら距離を縮めて迫っていく。それは、とためらった顔になる相手に低く嗤う。
「ああ、伝言は聞きました、おばさんの旦那さんの義理のお父さんの妹さんが危篤なんだって?」
伊吹さんは何親等ぐらいまで家族になるのかな。
露骨な嫌みを伊吹は理解している。鋭い視線を嘲笑う。
「で、その人はもう亡くなったの?」
沈黙したままの伊吹に畳み掛ける。
「だから伊吹さんはこんなところでおしゃれして誰かを待ってるわけだ?」
吐き捨てて、けれど頭の中は伊吹をどうやって抱こうかということで一杯で。
愛する方法は知らなくても、傷つける方法なら幾つも知っている。
手首を強く握ってそのままぐいぐい引っ張る。
行き先は決まっている、好き放題に伊吹を蹂躙できるところ。孝が殺され、いつかは京介も、そこで泥沼のような眠りに落とされるしかなくなるのかもしれないけど。
暴き晒して悲鳴を上げさせ、京介の下に組み敷いて、声も出なくなるまで貪って、身動きできないほど粉々にして。
そうしたら君はどこにも行かないでしょう?
大石に抱かれることもないよね?
他の男に笑うこともない。
京介だけのものになる。
「あっ」
伊吹の手から集めていたらしいチラシが落ちて散った。
京介が買った、暗いグレイに鮮やかな朱赤の糸は口紅と同じ色、ニット帽も揃いの色の、よく見るとセーターの背中、腰のあたりにも同じ糸が編み込まれている。
「……あんなところにも……入ってたんだ」
呟きながらゆっくり歩き出す。
まるで糸が伊吹の腰を抱いてるみたい、そう思って唾を呑む。
ニット帽に包まれた頭と、胸元と、腰の朱赤。
過ったのは伊吹の肌につけたキスマーク。
「そっくり…」
まるで『Brechen』にことよせて大石が伊吹を抱き寄せた、その掌の跡にさえ見えてくる。
空腹と疲労と治り切らない体調で空回りし続ける頭が白く平板に感覚を失う。
何をしてるの。
伊吹はイベントのチラシを丹念に集めているようで、京介の接近には気付かない。いつも通りの静かな横顔に京介の身体の内側がぼろぼろ侵食されていく。
そんなところに居たんだ、僕の所に来ないで?
他の男の腕に抱かれて?
君はどこに出かけるつもりなの、伊吹さん。
目当てのものを見つけたのか、微かに伊吹の唇が綻んだ。甘い曲線に緩む紅、薄く開いたその中に、容赦なく突っ込みたくなってくる。
喉が渇く。
胃が痛む。
どこかに行きそうな気配で伊吹が周囲をくるくる見回して、一つ頷く癖は次の行動を決めたこと、逃がす前にその前に。
身体が全部ぎしぎし鳴って、これ以上は我慢できなくなってきたときに、ようやく声が届く距離まで近付いた。
「……伊吹、さん…?」
「!」
ぎょっとした顔で伊吹は振り向いた。
怯えた背中、見開いた瞳が『さうす』そっくりでぞくりとする。
いつだったろう、くまの首を締めたのは。
同じように締めてしまえばいいのだろうか、あの細い綺麗な首さえも。
「その……格好……」
呟いたのは、攻撃意図を隠す本能的なカムフラージュだったのに、軽く伊吹が体を引いて、京介の動きを誘ってくる。
「来て」
「え、あ」
遅いよ。
空に浮いていた手首を捕えた。
体を竦めて敏感に身構える相手にひんやり嗤う。
でも、いい勘してるよね。
「何もしないよ。それとも………何かしてほしかったの、こんな公衆の面前で」
目を細めると伊吹が息を呑む。
軽蔑した?
それとも恐怖?
どっちでもいい、もう何でもいい、伊吹から奪えるものならば。京介の手に入らないものなら何でも。
「それとも、誰かと待ち合わせなのかな………今日、仕事があったはずだけど?」
優しい声で囁きながら距離を縮めて迫っていく。それは、とためらった顔になる相手に低く嗤う。
「ああ、伝言は聞きました、おばさんの旦那さんの義理のお父さんの妹さんが危篤なんだって?」
伊吹さんは何親等ぐらいまで家族になるのかな。
露骨な嫌みを伊吹は理解している。鋭い視線を嘲笑う。
「で、その人はもう亡くなったの?」
沈黙したままの伊吹に畳み掛ける。
「だから伊吹さんはこんなところでおしゃれして誰かを待ってるわけだ?」
吐き捨てて、けれど頭の中は伊吹をどうやって抱こうかということで一杯で。
愛する方法は知らなくても、傷つける方法なら幾つも知っている。
手首を強く握ってそのままぐいぐい引っ張る。
行き先は決まっている、好き放題に伊吹を蹂躙できるところ。孝が殺され、いつかは京介も、そこで泥沼のような眠りに落とされるしかなくなるのかもしれないけど。
暴き晒して悲鳴を上げさせ、京介の下に組み敷いて、声も出なくなるまで貪って、身動きできないほど粉々にして。
そうしたら君はどこにも行かないでしょう?
大石に抱かれることもないよね?
他の男に笑うこともない。
京介だけのものになる。
「あっ」
伊吹の手から集めていたらしいチラシが落ちて散った。
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