『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
146 / 510
第2章

7.彼女と彼(10)

しおりを挟む
 伊吹の姿は一瞬、出てくる前に見た押塚まりそっくりに見えた。
 京介が買った、暗いグレイに鮮やかな朱赤の糸は口紅と同じ色、ニット帽も揃いの色の、よく見るとセーターの背中、腰のあたりにも同じ糸が編み込まれている。
「……あんなところにも……入ってたんだ」
 呟きながらゆっくり歩き出す。
 まるで糸が伊吹の腰を抱いてるみたい、そう思って唾を呑む。
 ニット帽に包まれた頭と、胸元と、腰の朱赤。
 過ったのは伊吹の肌につけたキスマーク。
「そっくり…」
 まるで『Brechen』にことよせて大石が伊吹を抱き寄せた、その掌の跡にさえ見えてくる。
 空腹と疲労と治り切らない体調で空回りし続ける頭が白く平板に感覚を失う。
 何をしてるの。
 伊吹はイベントのチラシを丹念に集めているようで、京介の接近には気付かない。いつも通りの静かな横顔に京介の身体の内側がぼろぼろ侵食されていく。
 そんなところに居たんだ、僕の所に来ないで?
 他の男の腕に抱かれて?
 君はどこに出かけるつもりなの、伊吹さん。
 目当てのものを見つけたのか、微かに伊吹の唇が綻んだ。甘い曲線に緩む紅、薄く開いたその中に、容赦なく突っ込みたくなってくる。
 喉が渇く。
 胃が痛む。
 どこかに行きそうな気配で伊吹が周囲をくるくる見回して、一つ頷く癖は次の行動を決めたこと、逃がす前にその前に。
 身体が全部ぎしぎし鳴って、これ以上は我慢できなくなってきたときに、ようやく声が届く距離まで近付いた。
「……伊吹、さん…?」
「!」
 ぎょっとした顔で伊吹は振り向いた。
 怯えた背中、見開いた瞳が『さうす』そっくりでぞくりとする。
 いつだったろう、くまの首を締めたのは。
 同じように締めてしまえばいいのだろうか、あの細い綺麗な首さえも。
「その……格好……」
 呟いたのは、攻撃意図を隠す本能的なカムフラージュだったのに、軽く伊吹が体を引いて、京介の動きを誘ってくる。
「来て」
「え、あ」
 遅いよ。
 空に浮いていた手首を捕えた。
 体を竦めて敏感に身構える相手にひんやり嗤う。
 でも、いい勘してるよね。
「何もしないよ。それとも………何かしてほしかったの、こんな公衆の面前で」
 目を細めると伊吹が息を呑む。
 軽蔑した? 
 それとも恐怖?
 どっちでもいい、もう何でもいい、伊吹から奪えるものならば。京介の手に入らないものなら何でも。
「それとも、誰かと待ち合わせなのかな………今日、仕事があったはずだけど?」
 優しい声で囁きながら距離を縮めて迫っていく。それは、とためらった顔になる相手に低く嗤う。
「ああ、伝言は聞きました、おばさんの旦那さんの義理のお父さんの妹さんが危篤なんだって?」
 伊吹さんは何親等ぐらいまで家族になるのかな。
 露骨な嫌みを伊吹は理解している。鋭い視線を嘲笑う。
「で、その人はもう亡くなったの?」
 沈黙したままの伊吹に畳み掛ける。
「だから伊吹さんはこんなところでおしゃれして誰かを待ってるわけだ?」
 吐き捨てて、けれど頭の中は伊吹をどうやって抱こうかということで一杯で。
 愛する方法は知らなくても、傷つける方法なら幾つも知っている。
 手首を強く握ってそのままぐいぐい引っ張る。
 行き先は決まっている、好き放題に伊吹を蹂躙できるところ。孝が殺され、いつかは京介も、そこで泥沼のような眠りに落とされるしかなくなるのかもしれないけど。
 暴き晒して悲鳴を上げさせ、京介の下に組み敷いて、声も出なくなるまで貪って、身動きできないほど粉々にして。
 そうしたら君はどこにも行かないでしょう?
 大石に抱かれることもないよね?
 他の男に笑うこともない。
 京介だけのものになる。
「あっ」
 伊吹の手から集めていたらしいチラシが落ちて散った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

教師と生徒とアイツと俺と

本宮瑚子
恋愛
高校教師1年目、沢谷敬介。 教師という立場にありながら、一人の男としては屈折した感情を持て余す。 そんな敬介が、教師として男として、日に日に目で追ってしまうのは……、一人の女であり、生徒でもあった。 ★教師×生徒のストーリーながら、中身は大人風味の恋愛仕立て。 ★未成年による飲酒、喫煙の描写が含まれますが、あくまでストーリー上によるものであり、法令をお守り下さい。 ★こちらの作品は、他サイトでも掲載中のものに、加筆・修正を加えたものです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

巨×巨LOVE STORY

狭山雪菜
恋愛
白川藍子は、他の女の子よりも大きな胸をしていた。ある時、好きだと思っていた男友達から、実は小さい胸が好きと言われ…… こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

処理中です...