156 / 510
第2章
8.カード・スピーク(6)
しおりを挟む
「く、しゅんっ」
「?」
風呂から上がってきてくしゃみをしたのに、リビングに居た真崎が顔を上げる。
「風邪引いた?」
「みたい、です」
ちょっとぞくぞくしてきたのに苦笑いしながら近寄っていくと、立ち上がった真崎がふわりと抱き締めてくる。
「あんなとこで、あんなことするからでしょう」
「そうですね」
本当は違うけれど、いいや。
抱き締めてくれる腕の確かさに甘える。
「11月なんだよ?」
「そうですね」
温かな胸に抱えられて目を閉じて微笑んだ。
自分でもあそこまでするとは思っていなかった。
けれど、失いたくなかったから。
どれほどみっともなくても失いたくなかった。
大石のときには諦められたものが、京介には諦められなかった。
それは何、そう思ってつきん、と胸が痛くなる。
「……僕なんかのために…」
掠れた優しい声が耳元で囁くのに薄目を開けると、眼鏡を外した真崎がしっとり唇を寄せてくる。額に、目蓋に、頬に。与えられたキスから、熱が移って身体に溜まるのがわかる。
柔らかくて甘い波。
そのままゆっくり滑り落ちてきて。
「む?」
唇に重ねられかけて、慌てて指で押さえた。
今はだめだ。今迫られるともたない。
真崎が不服そうに眉をしかめるのに笑う。
「だめ」
「だめ?」
どうして、伊吹さん?
「風邪が移ります」
「いいよ」
「だめです」
だって、明日一日しか休めないでしょう? 明後日には企画を提案しなくちゃならないでしょう?
言い聞かせた理由は美並自身も納得させるためのもの。
「まだ全然考えてないって」
「考えてないけど」
くす、と真崎は吐息で笑って、すりすり、と鼻先で美並の頬をくすぐってきて、思わず目を閉じる。
気持ちいい。
肌が触れ合う感覚だけで夢中になる。
耳元に辿りついた真崎が吐息で呟く。
「僕は真崎京介だよ?」
しかも伊吹さんが居るのにできないことなんかないでしょう。
「…凄い自信ですね」
「事実だよ」
同じ会話をしたよね。
甘い囁きを口にしながら、今度は耳たぶを濡れた舌が触れる。
「っ」
身体が震えて拒みたくなって、そのくせ自分が真崎を待つのがわかった。
「……いい匂い」
来てって、誘ってるみたい。
「う」
指摘されて凍りつく。鋭くなくていいことには鋭い、と舌打ちしたくなる。
伊吹の揺れている気持ちには気付いていないのか、真崎は甘い説得を続ける。
「風邪には人肌がいいんだよ?」
僕で実証済みだから。
「試してみない?」
「、んっ」
それに、と真崎は今度は止める間もなく美並の唇を奪った。表面を舐めていく舌に、さっきの指の感触が寸分違わず重なって。
「その風邪は元々僕のものだよね?」
だから返して、伊吹さん。
一瞬離れた唇が囁いて、すぐに攻めてくる。
「あ…っ」
閉じた唇を舌で緩められて絡められ、奥深くまで忍び込まれる。
「ん、ん……っ」
頭を抱えて引き寄せられ、呼吸ができないままに貪られて、加熱し続ける頭に崩れそうになる。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
ああ、でも、もう息が続かない。
思わずとんとん、と真崎の胸を叩いて手を突いて押しやり、顔を仰け反らせて唇から逃れた。
「ん、は」
ちゅ、と最後まで吸われてから離され息を乱したのを、またすぐ頭を引き寄せられて貪られそうになり、思わず抱き寄せられるまま頭を下げて真崎の胸に額をつける。
こんなキスは知らない。
こんなふうに全てを奪われるようなのは。
キスはもっと優しくて、次のステップまでを埋めるだけのものだったのに。
容赦がない。
境界が、侵される。
髪に滑ってくる唇に震える。
「……伊吹さん」
「な、に?」
妙に生真面目な声で呼び掛けられてのろのろと顔を上げた。足下が危ういのを必死に堪える。
見下ろした真崎がぎくりとした顔で震え、気まずそうに視線を上げたかと思うと、 やがてそろそろと視線を戻してくる。訝しそうに眉を寄せ、何度かためらった後でぼそぼそと呟いた。
「大石と、どこまでいったの?」
「……今それを、聞きますか」
「だって」
あまりにも慣れてない反応するから。
「から?」
「…っ」
小首を傾げると、堪えかねたようにまた強く抱き締められて囁かれた。
可愛くて、たまらない。
このまま最後までいってもいい?
「っ」
怯んだのは頷きそうになった自分のせい。
「名前を呼んで?」
冗談じゃない。
「僕の、名前を」
なんでここまで抵抗できない。
「ねえ、ほら」
抱き寄せられるまま、必死にことばを絞り出す。
「あの、」
「なに」
「風邪、なんですけど?」
「……伊吹さぁん…」
ここまで来てそれはないでしょう。
くすん、と芝居がかって鼻を啜りながら、それでもようやく抱こうとする気配をおさめてくれた真崎に、美並は心底ほっとした。
「?」
風呂から上がってきてくしゃみをしたのに、リビングに居た真崎が顔を上げる。
「風邪引いた?」
「みたい、です」
ちょっとぞくぞくしてきたのに苦笑いしながら近寄っていくと、立ち上がった真崎がふわりと抱き締めてくる。
「あんなとこで、あんなことするからでしょう」
「そうですね」
本当は違うけれど、いいや。
抱き締めてくれる腕の確かさに甘える。
「11月なんだよ?」
「そうですね」
温かな胸に抱えられて目を閉じて微笑んだ。
自分でもあそこまでするとは思っていなかった。
けれど、失いたくなかったから。
どれほどみっともなくても失いたくなかった。
大石のときには諦められたものが、京介には諦められなかった。
それは何、そう思ってつきん、と胸が痛くなる。
「……僕なんかのために…」
掠れた優しい声が耳元で囁くのに薄目を開けると、眼鏡を外した真崎がしっとり唇を寄せてくる。額に、目蓋に、頬に。与えられたキスから、熱が移って身体に溜まるのがわかる。
柔らかくて甘い波。
そのままゆっくり滑り落ちてきて。
「む?」
唇に重ねられかけて、慌てて指で押さえた。
今はだめだ。今迫られるともたない。
真崎が不服そうに眉をしかめるのに笑う。
「だめ」
「だめ?」
どうして、伊吹さん?
「風邪が移ります」
「いいよ」
「だめです」
だって、明日一日しか休めないでしょう? 明後日には企画を提案しなくちゃならないでしょう?
言い聞かせた理由は美並自身も納得させるためのもの。
「まだ全然考えてないって」
「考えてないけど」
くす、と真崎は吐息で笑って、すりすり、と鼻先で美並の頬をくすぐってきて、思わず目を閉じる。
気持ちいい。
肌が触れ合う感覚だけで夢中になる。
耳元に辿りついた真崎が吐息で呟く。
「僕は真崎京介だよ?」
しかも伊吹さんが居るのにできないことなんかないでしょう。
「…凄い自信ですね」
「事実だよ」
同じ会話をしたよね。
甘い囁きを口にしながら、今度は耳たぶを濡れた舌が触れる。
「っ」
身体が震えて拒みたくなって、そのくせ自分が真崎を待つのがわかった。
「……いい匂い」
来てって、誘ってるみたい。
「う」
指摘されて凍りつく。鋭くなくていいことには鋭い、と舌打ちしたくなる。
伊吹の揺れている気持ちには気付いていないのか、真崎は甘い説得を続ける。
「風邪には人肌がいいんだよ?」
僕で実証済みだから。
「試してみない?」
「、んっ」
それに、と真崎は今度は止める間もなく美並の唇を奪った。表面を舐めていく舌に、さっきの指の感触が寸分違わず重なって。
「その風邪は元々僕のものだよね?」
だから返して、伊吹さん。
一瞬離れた唇が囁いて、すぐに攻めてくる。
「あ…っ」
閉じた唇を舌で緩められて絡められ、奥深くまで忍び込まれる。
「ん、ん……っ」
頭を抱えて引き寄せられ、呼吸ができないままに貪られて、加熱し続ける頭に崩れそうになる。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
ああ、でも、もう息が続かない。
思わずとんとん、と真崎の胸を叩いて手を突いて押しやり、顔を仰け反らせて唇から逃れた。
「ん、は」
ちゅ、と最後まで吸われてから離され息を乱したのを、またすぐ頭を引き寄せられて貪られそうになり、思わず抱き寄せられるまま頭を下げて真崎の胸に額をつける。
こんなキスは知らない。
こんなふうに全てを奪われるようなのは。
キスはもっと優しくて、次のステップまでを埋めるだけのものだったのに。
容赦がない。
境界が、侵される。
髪に滑ってくる唇に震える。
「……伊吹さん」
「な、に?」
妙に生真面目な声で呼び掛けられてのろのろと顔を上げた。足下が危ういのを必死に堪える。
見下ろした真崎がぎくりとした顔で震え、気まずそうに視線を上げたかと思うと、 やがてそろそろと視線を戻してくる。訝しそうに眉を寄せ、何度かためらった後でぼそぼそと呟いた。
「大石と、どこまでいったの?」
「……今それを、聞きますか」
「だって」
あまりにも慣れてない反応するから。
「から?」
「…っ」
小首を傾げると、堪えかねたようにまた強く抱き締められて囁かれた。
可愛くて、たまらない。
このまま最後までいってもいい?
「っ」
怯んだのは頷きそうになった自分のせい。
「名前を呼んで?」
冗談じゃない。
「僕の、名前を」
なんでここまで抵抗できない。
「ねえ、ほら」
抱き寄せられるまま、必死にことばを絞り出す。
「あの、」
「なに」
「風邪、なんですけど?」
「……伊吹さぁん…」
ここまで来てそれはないでしょう。
くすん、と芝居がかって鼻を啜りながら、それでもようやく抱こうとする気配をおさめてくれた真崎に、美並は心底ほっとした。
0
あなたにおすすめの小説
教師と生徒とアイツと俺と
本宮瑚子
恋愛
高校教師1年目、沢谷敬介。
教師という立場にありながら、一人の男としては屈折した感情を持て余す。
そんな敬介が、教師として男として、日に日に目で追ってしまうのは……、一人の女であり、生徒でもあった。
★教師×生徒のストーリーながら、中身は大人風味の恋愛仕立て。
★未成年による飲酒、喫煙の描写が含まれますが、あくまでストーリー上によるものであり、法令をお守り下さい。
★こちらの作品は、他サイトでも掲載中のものに、加筆・修正を加えたものです。
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う
ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身
大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。
会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮
「明日から俺の秘書な、よろしく」
経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。
鏑木 蓮 二十六歳独身
鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。
親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。
蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......
望月 楓 二十六歳独身
蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。
密かに美希に惚れていた。
蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。
蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。
「麗子、俺を好きになれ」
美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。
面倒見の良い頼れる存在である。
藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。
社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く
実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。
そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
巨×巨LOVE STORY
狭山雪菜
恋愛
白川藍子は、他の女の子よりも大きな胸をしていた。ある時、好きだと思っていた男友達から、実は小さい胸が好きと言われ……
こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる