『闇を闇から』

segakiyui

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第2章

8.カード・スピーク(6)

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「く、しゅんっ」
「?」
 風呂から上がってきてくしゃみをしたのに、リビングに居た真崎が顔を上げる。
「風邪引いた?」
「みたい、です」
 ちょっとぞくぞくしてきたのに苦笑いしながら近寄っていくと、立ち上がった真崎がふわりと抱き締めてくる。
「あんなとこで、あんなことするからでしょう」
「そうですね」
 本当は違うけれど、いいや。
 抱き締めてくれる腕の確かさに甘える。
「11月なんだよ?」
「そうですね」
 温かな胸に抱えられて目を閉じて微笑んだ。
 自分でもあそこまでするとは思っていなかった。
 けれど、失いたくなかったから。
 どれほどみっともなくても失いたくなかった。
 大石のときには諦められたものが、京介には諦められなかった。
 それは何、そう思ってつきん、と胸が痛くなる。
「……僕なんかのために…」
 掠れた優しい声が耳元で囁くのに薄目を開けると、眼鏡を外した真崎がしっとり唇を寄せてくる。額に、目蓋に、頬に。与えられたキスから、熱が移って身体に溜まるのがわかる。
 柔らかくて甘い波。
 そのままゆっくり滑り落ちてきて。
「む?」
 唇に重ねられかけて、慌てて指で押さえた。
 今はだめだ。今迫られるともたない。
 真崎が不服そうに眉をしかめるのに笑う。
「だめ」
「だめ?」
 どうして、伊吹さん?
「風邪が移ります」
「いいよ」
「だめです」
 だって、明日一日しか休めないでしょう? 明後日には企画を提案しなくちゃならないでしょう?
 言い聞かせた理由は美並自身も納得させるためのもの。
「まだ全然考えてないって」
「考えてないけど」
 くす、と真崎は吐息で笑って、すりすり、と鼻先で美並の頬をくすぐってきて、思わず目を閉じる。
 気持ちいい。
 肌が触れ合う感覚だけで夢中になる。
 耳元に辿りついた真崎が吐息で呟く。
「僕は真崎京介だよ?」
 しかも伊吹さんが居るのにできないことなんかないでしょう。
「…凄い自信ですね」
「事実だよ」
 同じ会話をしたよね。
 甘い囁きを口にしながら、今度は耳たぶを濡れた舌が触れる。
「っ」
 身体が震えて拒みたくなって、そのくせ自分が真崎を待つのがわかった。
「……いい匂い」
 来てって、誘ってるみたい。
「う」
 指摘されて凍りつく。鋭くなくていいことには鋭い、と舌打ちしたくなる。
 伊吹の揺れている気持ちには気付いていないのか、真崎は甘い説得を続ける。
「風邪には人肌がいいんだよ?」
 僕で実証済みだから。
「試してみない?」
「、んっ」
 それに、と真崎は今度は止める間もなく美並の唇を奪った。表面を舐めていく舌に、さっきの指の感触が寸分違わず重なって。
「その風邪は元々僕のものだよね?」
 だから返して、伊吹さん。
 一瞬離れた唇が囁いて、すぐに攻めてくる。
「あ…っ」
 閉じた唇を舌で緩められて絡められ、奥深くまで忍び込まれる。
「ん、ん……っ」
 頭を抱えて引き寄せられ、呼吸ができないままに貪られて、加熱し続ける頭に崩れそうになる。
 どうしよう。
 どうしよう。
 どうしよう。
 ああ、でも、もう息が続かない。
 思わずとんとん、と真崎の胸を叩いて手を突いて押しやり、顔を仰け反らせて唇から逃れた。
「ん、は」
 ちゅ、と最後まで吸われてから離され息を乱したのを、またすぐ頭を引き寄せられて貪られそうになり、思わず抱き寄せられるまま頭を下げて真崎の胸に額をつける。
 こんなキスは知らない。
 こんなふうに全てを奪われるようなのは。
 キスはもっと優しくて、次のステップまでを埋めるだけのものだったのに。
 容赦がない。
 境界が、侵される。
 髪に滑ってくる唇に震える。
「……伊吹さん」
「な、に?」
 妙に生真面目な声で呼び掛けられてのろのろと顔を上げた。足下が危ういのを必死に堪える。
 見下ろした真崎がぎくりとした顔で震え、気まずそうに視線を上げたかと思うと、 やがてそろそろと視線を戻してくる。訝しそうに眉を寄せ、何度かためらった後でぼそぼそと呟いた。
「大石と、どこまでいったの?」
「……今それを、聞きますか」
「だって」
 あまりにも慣れてない反応するから。
「から?」
「…っ」
 小首を傾げると、堪えかねたようにまた強く抱き締められて囁かれた。
 可愛くて、たまらない。
 このまま最後までいってもいい?
「っ」
 怯んだのは頷きそうになった自分のせい。
「名前を呼んで?」
 冗談じゃない。
「僕の、名前を」
 なんでここまで抵抗できない。
「ねえ、ほら」
 抱き寄せられるまま、必死にことばを絞り出す。
「あの、」
「なに」
「風邪、なんですけど?」
「……伊吹さぁん…」
 ここまで来てそれはないでしょう。
 くすん、と芝居がかって鼻を啜りながら、それでもようやく抱こうとする気配をおさめてくれた真崎に、美並は心底ほっとした。
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