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第3章
4.マック(7)
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湯舟につかって、美並が体を洗うのを見ながら、真崎は無意識のように自分に触れていた。視界の端でゆらゆら揺れる、見まいと思っても意識がそこに向かってしまう自分を、美並はいささか持て余しながら会話を続ける。
七海のこと、『ニット・キャンパス』のこと、大輔の牽制のこと。
美並が店に居たのを大輔は早くに気付いていて、美並が店を出ようとした矢先にさりげなく近寄ってきて囁いたのは事実だが、それを真崎に知らせたのは計算ずくだ。
今が一番危うい狭間、何もかも剥ぎ取られて無防備な真崎に誰かが刻印する前に。
自分の狡さに戸惑いながらも入り込み続ける。
「明日の夜、何をする気なんですか」
真崎は目を逸らせて応えない。
「マフラーはどうしたんですか?」
「……捨てた…」
「なぜ?」
俯きがちになる、指先が所在なげに続けて触れているのになぜか苛立った。
「見ないで、そういうことですか?」
もう一度、腕の中で鮮やかに飛ぶ真崎の姿を?
「わかりました」
嘘だ。見たい。何度でも。
思った自分に一瞬呆気に取られた。
見えてしまうのが辛かった。見えなければいいと何度も願った。
なのに今、美並は見てみたい、真崎が追い詰められて弾ける瞬間を。見るだけではない、支配したい、真崎が得る快感の全てを。そこへ追い上げられる過程を美並にと真崎に望んでほしい。
真崎が自ら駆け上がったあの高みに、今度は美並も加わって、より一層押し上げてみたい、そこで開く真崎を見たい。
ためらって瞬きする真崎を振り捨てるように、湯を被って立ち上がる。
「、違…っ」
「何?」
うろたえた様子で真崎が顔を上げる。それを静かに見下ろした、自分が冷たい顔をしていると思った。意図してではない、けれどきっと、そっけなさに真崎が揺れる、確信犯の気持ちを自覚しながら視線が外せない。
「違う……見て」
「何を?」
うっすらと染まった真崎の身体の中で、色濃く揺れているものが放置されて不安げに見える。
「僕を」
「見てるじゃありませんか」
湯あたりかと思うほど喉が渇いて頭が過熱し始めたのを堪えながら、美並はなお淡々と言い放った。
そうこれは、いつか真崎の首元につけた、あのキスマークの時と似ている。
自分の中に生まれてくる、深く激しい感情を美並は自覚し、制御する。
熱くて強くて痛い波。
「違う……違うんだ」
真崎が顔を歪めた。
「僕は、もっと」
ことばを切った真崎が、堪え切れなくなったように湯舟から立ち上がって、主張し始めたものがまっすぐに視界に飛び込んできた。それを晒されたのに安堵した、それだけではなく、真崎が自分で慰めていたそこを自分が愛せたら、そう考えていると気がついて、美並は顔が熱くなるのを感じる。
餓えてるみたい。
真崎の甘い悲鳴をまざまざと蘇らせて、胸の奥が妖しく揺れた。
そうだ、と小さく呟いて認める。
美並は今、真崎を手にしたくて餓えている。
これはたぶん、大輔と同じ欲望。
その欲望が相手を怯えさせないように目を伏せかけた瞬間、真崎が叫ぶように訴える。
「い、ぶき…っ」
「はい」
声が掠れた。だが、真崎は気付いていない。今にも泣きそうに瞬きしながら、
「さ…わって」
訴えた瞬間、真崎の全身が紅に染まっていって驚いた。は、は、と小さく息を弾ませている、それが待ち望んでいるふうにしか見えなくて、俯きながら続いた叫びにかぁん、とどこかで高い音が鳴り響いたような気がした。
「あい…して…っ」
あい、して。
ああ、真崎が望むなら、もちろん。
間髪入れずに応じてしまった自分の無意識の声をはっきり聞いた。
嫌だとか無気味だとか不愉快だとかは一切思わなかった。吹き上がってくる喜びに戸惑いながら、それは真崎がもう一度、美並に自分を委ねてくれると言っていることだよね、と考えて押し黙る。
美並の沈黙に、真崎は不安になってしまったらしい。
「伊吹…っ」
すがりつくような声で呼ばれた。
「問題が…あります」
まともに声が出ているのだろうか。
ぐらぐらしながら美並はことばを続ける。
「私、そこの愛し方を知らないんですが」
そうなのだ、愛したい、確かにさっきのように艶やかな真崎を見てみたい。
けれど、美並には経験がない。
ふいにそれがどうしようもなく悔しくなって、そういう自分に一層戸惑う。
「え…?」
真崎が呆然とした顔で固まって、浴室には沈黙が広がった。
全裸の男女がそれぞれ仁王立ちに近い状態で何も隠さずに向き合って、どうしてここまで静まり返ってしまうのかというような感覚、お互いに切り出すきっかけが見つからない。
このままでは先へ進めない。
そうこうしている間に舞い上がっている真崎が我に返って、やっぱり美並は嫌だと言い出したらどうしよう。
感じたことのない不安に揺さぶられて、美並も口を開けない。
ぴちゃん、と蛇口から水滴が落ちる、それに目覚めたように真崎がそっと口を開いた。
「伊吹さん…?」
ふわりと弛んだ顔がじわじわとより赤くなっていく。そればかりか晒されたものが同様に勢いを増していく。
大丈夫、なのかな。
じっと見つめていると、真崎がじれったそうに身体を揺らせて、潤んだ瞳で唇を噛んだ。
その唇を舐めて緩めて溶かしたい、そういう美並の視線に気付いたのか、待ち望むように真崎が少し口を開く。うっとりと蕩けた表情に、どうやら真崎が本当にそれを望んでいるらしいとようやく実感できた。
となると問題の解決方法は一つ。
経験を補うのは、学習。
「方法を教えてくれますか?」
「は……い?」
一瞬きょとんとした真崎が、すうっと白い顔になった。
七海のこと、『ニット・キャンパス』のこと、大輔の牽制のこと。
美並が店に居たのを大輔は早くに気付いていて、美並が店を出ようとした矢先にさりげなく近寄ってきて囁いたのは事実だが、それを真崎に知らせたのは計算ずくだ。
今が一番危うい狭間、何もかも剥ぎ取られて無防備な真崎に誰かが刻印する前に。
自分の狡さに戸惑いながらも入り込み続ける。
「明日の夜、何をする気なんですか」
真崎は目を逸らせて応えない。
「マフラーはどうしたんですか?」
「……捨てた…」
「なぜ?」
俯きがちになる、指先が所在なげに続けて触れているのになぜか苛立った。
「見ないで、そういうことですか?」
もう一度、腕の中で鮮やかに飛ぶ真崎の姿を?
「わかりました」
嘘だ。見たい。何度でも。
思った自分に一瞬呆気に取られた。
見えてしまうのが辛かった。見えなければいいと何度も願った。
なのに今、美並は見てみたい、真崎が追い詰められて弾ける瞬間を。見るだけではない、支配したい、真崎が得る快感の全てを。そこへ追い上げられる過程を美並にと真崎に望んでほしい。
真崎が自ら駆け上がったあの高みに、今度は美並も加わって、より一層押し上げてみたい、そこで開く真崎を見たい。
ためらって瞬きする真崎を振り捨てるように、湯を被って立ち上がる。
「、違…っ」
「何?」
うろたえた様子で真崎が顔を上げる。それを静かに見下ろした、自分が冷たい顔をしていると思った。意図してではない、けれどきっと、そっけなさに真崎が揺れる、確信犯の気持ちを自覚しながら視線が外せない。
「違う……見て」
「何を?」
うっすらと染まった真崎の身体の中で、色濃く揺れているものが放置されて不安げに見える。
「僕を」
「見てるじゃありませんか」
湯あたりかと思うほど喉が渇いて頭が過熱し始めたのを堪えながら、美並はなお淡々と言い放った。
そうこれは、いつか真崎の首元につけた、あのキスマークの時と似ている。
自分の中に生まれてくる、深く激しい感情を美並は自覚し、制御する。
熱くて強くて痛い波。
「違う……違うんだ」
真崎が顔を歪めた。
「僕は、もっと」
ことばを切った真崎が、堪え切れなくなったように湯舟から立ち上がって、主張し始めたものがまっすぐに視界に飛び込んできた。それを晒されたのに安堵した、それだけではなく、真崎が自分で慰めていたそこを自分が愛せたら、そう考えていると気がついて、美並は顔が熱くなるのを感じる。
餓えてるみたい。
真崎の甘い悲鳴をまざまざと蘇らせて、胸の奥が妖しく揺れた。
そうだ、と小さく呟いて認める。
美並は今、真崎を手にしたくて餓えている。
これはたぶん、大輔と同じ欲望。
その欲望が相手を怯えさせないように目を伏せかけた瞬間、真崎が叫ぶように訴える。
「い、ぶき…っ」
「はい」
声が掠れた。だが、真崎は気付いていない。今にも泣きそうに瞬きしながら、
「さ…わって」
訴えた瞬間、真崎の全身が紅に染まっていって驚いた。は、は、と小さく息を弾ませている、それが待ち望んでいるふうにしか見えなくて、俯きながら続いた叫びにかぁん、とどこかで高い音が鳴り響いたような気がした。
「あい…して…っ」
あい、して。
ああ、真崎が望むなら、もちろん。
間髪入れずに応じてしまった自分の無意識の声をはっきり聞いた。
嫌だとか無気味だとか不愉快だとかは一切思わなかった。吹き上がってくる喜びに戸惑いながら、それは真崎がもう一度、美並に自分を委ねてくれると言っていることだよね、と考えて押し黙る。
美並の沈黙に、真崎は不安になってしまったらしい。
「伊吹…っ」
すがりつくような声で呼ばれた。
「問題が…あります」
まともに声が出ているのだろうか。
ぐらぐらしながら美並はことばを続ける。
「私、そこの愛し方を知らないんですが」
そうなのだ、愛したい、確かにさっきのように艶やかな真崎を見てみたい。
けれど、美並には経験がない。
ふいにそれがどうしようもなく悔しくなって、そういう自分に一層戸惑う。
「え…?」
真崎が呆然とした顔で固まって、浴室には沈黙が広がった。
全裸の男女がそれぞれ仁王立ちに近い状態で何も隠さずに向き合って、どうしてここまで静まり返ってしまうのかというような感覚、お互いに切り出すきっかけが見つからない。
このままでは先へ進めない。
そうこうしている間に舞い上がっている真崎が我に返って、やっぱり美並は嫌だと言い出したらどうしよう。
感じたことのない不安に揺さぶられて、美並も口を開けない。
ぴちゃん、と蛇口から水滴が落ちる、それに目覚めたように真崎がそっと口を開いた。
「伊吹さん…?」
ふわりと弛んだ顔がじわじわとより赤くなっていく。そればかりか晒されたものが同様に勢いを増していく。
大丈夫、なのかな。
じっと見つめていると、真崎がじれったそうに身体を揺らせて、潤んだ瞳で唇を噛んだ。
その唇を舐めて緩めて溶かしたい、そういう美並の視線に気付いたのか、待ち望むように真崎が少し口を開く。うっとりと蕩けた表情に、どうやら真崎が本当にそれを望んでいるらしいとようやく実感できた。
となると問題の解決方法は一つ。
経験を補うのは、学習。
「方法を教えてくれますか?」
「は……い?」
一瞬きょとんとした真崎が、すうっと白い顔になった。
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