230 / 510
第3章
5.夢現(3)
しおりを挟む
さすがに明らかに男ものとわかるジーパンとシャツで出勤するわけにはいかない。
真崎の準備してくれた軽い朝食を摂ると、美並は急いで部屋に戻った。スーツはとりあえず洗濯へ、代用になるものはそれこそ喪服兼用黒のリクルートスーツ、しかも就職し始めに着ていたものだから、サイズやデザインが厳しいけれど。
「ん、何とか」
鏡を見て髪の毛を整え直し、夕方スーツを見に行こうと言われたこと、それから大石と会うと言われたことを思い出して、顔を引き締める。
大石と会う。
今夜21時、『ハイウィンド・リール』のロビーに京介は大輔に呼び出されている。それに応じなければ、『ニット・キャンパス』に参加させない、そう脅されている。
同じ今日ということは、それと無関係ではないだろう。
真崎は他の手を考えるとも言っていたが、他の手に大石が関係しているのか。それとも、『ニット・キャンパス』に参加するのに何か手を考えついたのか。
気を引き締めていこう。
普段それほどきちんとしない化粧をする。口紅は柔らかな色だが甘くならないように塗り重ねた。
鏡の中に見える顔をどこかで見たことがある、そう気付いてびくりとする。
大学を出て就職しようとした面接の時の顔だ。同じスーツ。そっくりな緊張感。
そのときの気持ちをまざまざと思い出した。
一人で生きていこうと思っていた。
それでも。
眼を閉じる。
眼を閉じて、一緒に生きていけるなら、それでいいとも思っていたけど。
ふわり、と真崎の顔が浮かんだ。
見て、美並。
優しく甘い声。はにかんだ表情で、瞳を潤ませて笑う顔。
真崎は美並に見られることを望んでいる。真崎にとって、美並が見ることは喜びで快感、それは美並が美並のままでいることが真崎の望みだということだ。
そういう真崎は、美並の子どもが見る力を持っていたとしても、拒んだリ怖がったりしないだろう。もちろん、見られるのを不快がる人間は一杯いるとすぐにわかるだろうから子どももきっと悩むだろうけど、父親を見て、見られることで落ち着く人間もいるのだとわかれば、自分を意味がない存在だとは思わないに違いない。
眼を開く。
口紅を取り上げ、何種類かある紅を覗き込んだ。鏡の中を覗き込み、真崎の顔を思い浮かべる。
違う。
真崎の側に居るには、こういう顔じゃだめだ。
イメージを確かめる。
大石と会う、真崎の側で。
ふいに、その想像の視界に、大輔の顔が割り込んできてはっとする。
まさか、京介。
ありえるだろうか。
確かに大石の性格や『Brechen』の動きから考えて、そういう事態になれば引くとは思えない。
なら、余計に。
ティッシュを取り上げ口紅を拭った。色を選び直し、ゆっくり輪郭をとり、きちんと塗り込む。
さっきより、少し赤みのきつい色。甘くならないように、ではなく、意志を込めた主張する顔。
「……そう、か」
それまで気付かなかったことを突然思いついた。
「なんだ……それでいいんじゃないか」
美並は鏡の中の自分ににっこり笑った。
真崎の準備してくれた軽い朝食を摂ると、美並は急いで部屋に戻った。スーツはとりあえず洗濯へ、代用になるものはそれこそ喪服兼用黒のリクルートスーツ、しかも就職し始めに着ていたものだから、サイズやデザインが厳しいけれど。
「ん、何とか」
鏡を見て髪の毛を整え直し、夕方スーツを見に行こうと言われたこと、それから大石と会うと言われたことを思い出して、顔を引き締める。
大石と会う。
今夜21時、『ハイウィンド・リール』のロビーに京介は大輔に呼び出されている。それに応じなければ、『ニット・キャンパス』に参加させない、そう脅されている。
同じ今日ということは、それと無関係ではないだろう。
真崎は他の手を考えるとも言っていたが、他の手に大石が関係しているのか。それとも、『ニット・キャンパス』に参加するのに何か手を考えついたのか。
気を引き締めていこう。
普段それほどきちんとしない化粧をする。口紅は柔らかな色だが甘くならないように塗り重ねた。
鏡の中に見える顔をどこかで見たことがある、そう気付いてびくりとする。
大学を出て就職しようとした面接の時の顔だ。同じスーツ。そっくりな緊張感。
そのときの気持ちをまざまざと思い出した。
一人で生きていこうと思っていた。
それでも。
眼を閉じる。
眼を閉じて、一緒に生きていけるなら、それでいいとも思っていたけど。
ふわり、と真崎の顔が浮かんだ。
見て、美並。
優しく甘い声。はにかんだ表情で、瞳を潤ませて笑う顔。
真崎は美並に見られることを望んでいる。真崎にとって、美並が見ることは喜びで快感、それは美並が美並のままでいることが真崎の望みだということだ。
そういう真崎は、美並の子どもが見る力を持っていたとしても、拒んだリ怖がったりしないだろう。もちろん、見られるのを不快がる人間は一杯いるとすぐにわかるだろうから子どももきっと悩むだろうけど、父親を見て、見られることで落ち着く人間もいるのだとわかれば、自分を意味がない存在だとは思わないに違いない。
眼を開く。
口紅を取り上げ、何種類かある紅を覗き込んだ。鏡の中を覗き込み、真崎の顔を思い浮かべる。
違う。
真崎の側に居るには、こういう顔じゃだめだ。
イメージを確かめる。
大石と会う、真崎の側で。
ふいに、その想像の視界に、大輔の顔が割り込んできてはっとする。
まさか、京介。
ありえるだろうか。
確かに大石の性格や『Brechen』の動きから考えて、そういう事態になれば引くとは思えない。
なら、余計に。
ティッシュを取り上げ口紅を拭った。色を選び直し、ゆっくり輪郭をとり、きちんと塗り込む。
さっきより、少し赤みのきつい色。甘くならないように、ではなく、意志を込めた主張する顔。
「……そう、か」
それまで気付かなかったことを突然思いついた。
「なんだ……それでいいんじゃないか」
美並は鏡の中の自分ににっこり笑った。
0
あなたにおすすめの小説
教師と生徒とアイツと俺と
本宮瑚子
恋愛
高校教師1年目、沢谷敬介。
教師という立場にありながら、一人の男としては屈折した感情を持て余す。
そんな敬介が、教師として男として、日に日に目で追ってしまうのは……、一人の女であり、生徒でもあった。
★教師×生徒のストーリーながら、中身は大人風味の恋愛仕立て。
★未成年による飲酒、喫煙の描写が含まれますが、あくまでストーリー上によるものであり、法令をお守り下さい。
★こちらの作品は、他サイトでも掲載中のものに、加筆・修正を加えたものです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う
ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身
大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。
会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮
「明日から俺の秘書な、よろしく」
経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。
鏑木 蓮 二十六歳独身
鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。
親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。
蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......
望月 楓 二十六歳独身
蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。
密かに美希に惚れていた。
蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。
蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。
「麗子、俺を好きになれ」
美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。
面倒見の良い頼れる存在である。
藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。
社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く
実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。
そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......
巨×巨LOVE STORY
狭山雪菜
恋愛
白川藍子は、他の女の子よりも大きな胸をしていた。ある時、好きだと思っていた男友達から、実は小さい胸が好きと言われ……
こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる