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第3章
8.スタック(1)
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「真崎さん」
渡来の唐突な告白に固まり、呼び掛けられて振り向くと、大石もかなり穏やかでない眼で渡来を凝視している。
誰だ、そいつは。
そう言いたげな激しい感情。
京介はざぶりと頭から水をかけられたような気がした。
こいつもまだ。
「ちょっとあちらで話したいんだが。そっちはそっちで込み入っているようだし」
京介に話しかけているはずなのに、大石は渡来から眼を離さない。
じゃあ、渡来とのことは大石も知らないってこと?
素早く思考を巡らせる京介の目の前で、大石がちらりと意味ありげな視線を伊吹に向ける。まるでそれに応じるように、伊吹も大石と視線を絡ませて、忘れ切っていた台詞が脳裏を過った。
『美並の抱き方も知らないくせに』
いつか詰られた口調そのままに思い出して、その意味を改めて思い知る。
つまり大石は伊吹さんの抱き方を知ってるってこと。
京介に弱い場所があるように、伊吹にも感じやすい場所があるということ、キスで知った部分以外に。
ずんと重くなった腰、掠れて甘い声を耳の奥に蘇らせ、沸き上がった苛立ちに思考を侵される。
大石は入ったことがあるんだ、伊吹さんに。
入って、伊吹の中に。
「そう、ですね」
吹き上がりかけた凶暴な衝動をかろうじて押し殺す。
京介が知らない伊吹を大石は知っていて。
渡来も伊吹との優しい思い出を持っていて。
それらは視線やマフラーで代用されて、ことばなど要らないほど強い。
僕が一番伊吹さんのこと、何も知らない。
鋭い痛みが走って、自分が無意識に唇を噛みしめているのに気付く。舌先に滲んだ塩辛い味をことさら無視するように口を開いた。
「『ニット・キャンパス』への取り組みの打ち合わせでもしておきましょうか」
「課長」
伊吹が呼んだ京介の名前は役職、今目の前で渡来に告白されたことをどう考えているのか、冷静な声に胸の奥がきりきりする。
結局そういうことなんじゃないの?
今のやりとりで大輔とのことは終わった。伊吹は大輔の矢面に立って京介を庇ってくれた、明まで動員してくれて。
けれどそれは、伊吹一流の深く優しい思いやりで、自分が身を委ねる男としては、京介は永久にリストから外されたということではないのか。
あいしてる。
伊吹からまだ言われたことがない。
京介もまだ伊吹に言えてない。
なのに、あんなに簡単に、あんなに堂々と、みなみ、と京介がようやく手に入れた名前さえ軽々しく呼び捨てて、自分を選ぶだろうと確信しているように渡来は笑う。
『マフラーのことがある』
『あれは私が始末をつけたいことです』
渡来が贈ったマフラーを伊吹は大事にしていてた、京介にも話さずに、大石にも知らせずに。
本当は京介のことだけで大輔に向かったのではなくて、あのマフラーのため、マフラーの贈り主のためだったのではないのか。
誰よりも伊吹の心の奥深くに居たのは、大石ではなく、もちろん京介でもなく、渡来だったのではないか。
京介と大石の凝視に怯むことなく平然と背中を向けている伸びやかな体を見つめる。
渡来は若い。
京介は今28、このまま『ニット・キャンパス』でごたごたしている間に12月25日の誕生日はすぐに巡ってきて29、来年には30になる。体力はじりじり落ちていくだろうし、見かけだってすぐに衰える。
けれど、渡来は、京介が重ねていく歳月の間にどんどん成長していくだろう。
伸びやかで細身の体はしっかり筋肉をつけて伊吹を抱えられるほどになり、海外から注目される才能は豊かに実って伊吹を魅了し、誠実でまっすぐな愛情は伊吹を寛がせ、安らがせ幸せにするだろう。
大石がふ、と小さく息を吐いて、胸の凝ったネクタイピンに触れ、前は嵌めてなかった指輪を撫で、京介と同じことを考えているのに気付く。
渡来に感じた怯みを、大石は自分の財力で埋めようとしている。
「帰る時には声をかけて」
こちらを見返した伊吹の視線を受け止めた。
「一人じゃ危ないから」
自分のことばがしらじらしい。
寒気がするような冷たい感覚が背筋を這いのぼる。
消したい。
伊吹に触れた男、この先伊吹に触れる男、全部この世界から消し去ってしまいたい。
伊吹の中から、関わった全ての男の記憶を消したい。
そうすれば、伊吹だって京介しか選べなくなる、京介だけを見てくれる。
けれど。
渡来の唐突な告白に固まり、呼び掛けられて振り向くと、大石もかなり穏やかでない眼で渡来を凝視している。
誰だ、そいつは。
そう言いたげな激しい感情。
京介はざぶりと頭から水をかけられたような気がした。
こいつもまだ。
「ちょっとあちらで話したいんだが。そっちはそっちで込み入っているようだし」
京介に話しかけているはずなのに、大石は渡来から眼を離さない。
じゃあ、渡来とのことは大石も知らないってこと?
素早く思考を巡らせる京介の目の前で、大石がちらりと意味ありげな視線を伊吹に向ける。まるでそれに応じるように、伊吹も大石と視線を絡ませて、忘れ切っていた台詞が脳裏を過った。
『美並の抱き方も知らないくせに』
いつか詰られた口調そのままに思い出して、その意味を改めて思い知る。
つまり大石は伊吹さんの抱き方を知ってるってこと。
京介に弱い場所があるように、伊吹にも感じやすい場所があるということ、キスで知った部分以外に。
ずんと重くなった腰、掠れて甘い声を耳の奥に蘇らせ、沸き上がった苛立ちに思考を侵される。
大石は入ったことがあるんだ、伊吹さんに。
入って、伊吹の中に。
「そう、ですね」
吹き上がりかけた凶暴な衝動をかろうじて押し殺す。
京介が知らない伊吹を大石は知っていて。
渡来も伊吹との優しい思い出を持っていて。
それらは視線やマフラーで代用されて、ことばなど要らないほど強い。
僕が一番伊吹さんのこと、何も知らない。
鋭い痛みが走って、自分が無意識に唇を噛みしめているのに気付く。舌先に滲んだ塩辛い味をことさら無視するように口を開いた。
「『ニット・キャンパス』への取り組みの打ち合わせでもしておきましょうか」
「課長」
伊吹が呼んだ京介の名前は役職、今目の前で渡来に告白されたことをどう考えているのか、冷静な声に胸の奥がきりきりする。
結局そういうことなんじゃないの?
今のやりとりで大輔とのことは終わった。伊吹は大輔の矢面に立って京介を庇ってくれた、明まで動員してくれて。
けれどそれは、伊吹一流の深く優しい思いやりで、自分が身を委ねる男としては、京介は永久にリストから外されたということではないのか。
あいしてる。
伊吹からまだ言われたことがない。
京介もまだ伊吹に言えてない。
なのに、あんなに簡単に、あんなに堂々と、みなみ、と京介がようやく手に入れた名前さえ軽々しく呼び捨てて、自分を選ぶだろうと確信しているように渡来は笑う。
『マフラーのことがある』
『あれは私が始末をつけたいことです』
渡来が贈ったマフラーを伊吹は大事にしていてた、京介にも話さずに、大石にも知らせずに。
本当は京介のことだけで大輔に向かったのではなくて、あのマフラーのため、マフラーの贈り主のためだったのではないのか。
誰よりも伊吹の心の奥深くに居たのは、大石ではなく、もちろん京介でもなく、渡来だったのではないか。
京介と大石の凝視に怯むことなく平然と背中を向けている伸びやかな体を見つめる。
渡来は若い。
京介は今28、このまま『ニット・キャンパス』でごたごたしている間に12月25日の誕生日はすぐに巡ってきて29、来年には30になる。体力はじりじり落ちていくだろうし、見かけだってすぐに衰える。
けれど、渡来は、京介が重ねていく歳月の間にどんどん成長していくだろう。
伸びやかで細身の体はしっかり筋肉をつけて伊吹を抱えられるほどになり、海外から注目される才能は豊かに実って伊吹を魅了し、誠実でまっすぐな愛情は伊吹を寛がせ、安らがせ幸せにするだろう。
大石がふ、と小さく息を吐いて、胸の凝ったネクタイピンに触れ、前は嵌めてなかった指輪を撫で、京介と同じことを考えているのに気付く。
渡来に感じた怯みを、大石は自分の財力で埋めようとしている。
「帰る時には声をかけて」
こちらを見返した伊吹の視線を受け止めた。
「一人じゃ危ないから」
自分のことばがしらじらしい。
寒気がするような冷たい感覚が背筋を這いのぼる。
消したい。
伊吹に触れた男、この先伊吹に触れる男、全部この世界から消し去ってしまいたい。
伊吹の中から、関わった全ての男の記憶を消したい。
そうすれば、伊吹だって京介しか選べなくなる、京介だけを見てくれる。
けれど。
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