『闇を闇から』

segakiyui

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第3章

10.ドローゲーム(2)

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 朝から醜態を晒してしまった。
 京介は眉をしかめてコーヒーカップを持ち上げる。
「……」
「どうしたの?」
 憮然としている京介に目の前に座った伊吹がトーストに齧りつこうとしてやめる。
「まだ不安?」
「……大丈夫」
「そう」
 三日月に細めて微笑む眼に見愡れそうになって慌てて京介はコーヒーを呑み込む。
 もっとかっこよく決めたかった。
 初めて『した』朝なのに。
「京介」
「んっ?」
 ちょんと唇を突かれて瞬きする。
「何むくれてるの?」
「……だって」
 思わずもっと唇を尖らせた、キスしてくれないかなと思いながら。
「……みっともなかった」
「何が」
「…………初めての朝なのに」
「?」
 きょとんとした伊吹に繰り返す。
「初めて美並とした朝なのに!」
 ぶ、と思わずコーヒーを吹き掛けた伊吹がカップを離してひきつりながら京介を見る。
「朝っぱらから何を」
「だって、僕、ちゃんと朝起きて、コーヒー淹れて、おはよう朝だよってやりたかった!」
「………可愛かったですよ?」
 くす、と笑った伊吹がまた目を細めて見返してきて、京介は顔が熱くなる。
「可愛いんじゃなくて」
「はい」
「……かっこいいのがやりたかった………」
 くすくすくす、と笑い出した伊吹にますます憮然とする。
「いいじゃないですか、会社でかっこいいから」
「え?」
 どきんとしながら伊吹を見ると、それにそういうことを言うのが可愛いんですよ、と重ねられて、また顔が熱くなる。
「かっこいい?」
「はい」
 会社でびしばし仕事してる課長はとてもかっこいいですよ。
「そう?」
 そっか、会社でかっこいいのか、僕。
 伊吹に褒められて何だかとても嬉しくなる。我ながら単純だと思いつつ、またふとひっかかる。
「会社だけ?」
「え?」
「会社でしかかっこよくない?」
 僕、伊吹さんにはずっとかっこいいと思って欲しい。
 脳裏を掠めたのは大石や渡来の姿。
 そうだ、誰よりも一番かっこいい男だと思っていて欲しい。
「いいじゃないですか」
 会社以外ではかっこ可愛いんだから。
 ちゅ、とテーブル越しにキスをくれて、京介はようやく少し落ち着いた。

「で、どうしましょうね、今日」
「ん~」
 改めて尋ねられて京介は考え込む。
 朝かかってきていた電話は伊吹の実家からだった。今日行くべしだったのが、夕べから来ていた七海が急に熱を出して寝込んでいると言ってきたのだ。
『風邪か何かだろう、一日寝れば大丈夫だと思う』
 明がそう言ってよこしたのは、京介のことを気遣ってくれてだろうと胸の中がほんのり温かい。
 とりあえず、今日明日にかけて泊まりで行くのは止めて、明日朝から出かけて夜に戻ってくることになったのだ。
「指輪……見に行こうか」
「は?」
「だから、婚約指輪」
「………婚約?」
「…………え?」
 天気もいいし時間もあるし、この後はまたばたばたするしと計算した京介のことばに、伊吹が固まって京介は戸惑う。
「婚約…」
「あの、京介」
「……しない…の?」
 ためらう伊吹の顔に不安が募った。
「僕じゃ…だめなの……?」
「あの…」
 言いかけた伊吹の声を突然鳴ったチャイムが遮る。
「…鳴ってますよ」
「それよりも返事…っ」
 再び鳴るチャイムと同時に伊吹のバッグから流れる音。
「……電話」
「出ます」
 京介はお客さまですね。
 仕方なしに頷いて、バッグから携帯を取り出す伊吹に背中を向け、インターフォンに手を伸ばし、はっと振り向く。
「伊吹さんっ」
「…もしもし? ……あ、はい」
 背後の伊吹はそのまま携帯を開いて話し出し、言いかけたことばを京介は呑み込んだ。
 今、京介って、呼んだよね? 
 大石や渡来は名前で呼んだりしない。けれど、京介だけは名前で呼んでくれる。
 それだけ近い距離に居るってことだよね?
「……っ、はいっ」
 またもや急かせるようなチャイムに舌打ちして、インターフォンのスイッチを押したとたん、
『遅い』
 ぽつんと切り取るようなことばが聞こえてぎくりとした。
 この声は。
 警戒しながら確かめる。
「どちらさまですか」
『ハル』
「……渡来、くん?」
 響いた声に京介は硬直した。
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