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11 再戦
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「結局、私たちには情報が無さ過ぎますね」九条は言った。
「そうだな。とりあえず警察に申し出た方がいいんだろうか」
「私は賛成じゃありません、こんな突拍子もないことを言っても誰も信じないだろうし、怪人の内一人はまさに警察官だったじゃないですか」
「確かにそうだ。頭のおかしい人だと思われて足蹴にされるのがオチかもな」
そう言って桑畑は自虐的な笑みを浮かべた。
「君は、大丈夫なのか?」桑畑は九条を見る。
「何がですか?」
「一人なんだろ?」
「大丈夫です。もともと家事は私がやってましたし、お金も心配ありません」
九条はハキハキと答える。同年代の女性と比べて大人びて見えるその振る舞いが桑畑の心にチクチクと刺さる。
「それもあるけど……その……君は大事な人を失ったかも知れないんだ」
桑畑は思わず九条に尋ねる。すると九条は驚いたように目を丸くした。その一瞬だけ、歳相応のあどけない少女の顔に戻った気がした。
「……ありがとうございます。だけど私は大丈夫です」九条は気丈に言葉を返す。
「そうか……」
桑畑にはそれ以上彼女を追求することは出来なかった。
「桑畑さんはこれからどうするんですか?」今度は九条が尋ねてきた。
「僕? とりあえずは今まで通り生活するしかないかな」
「アギトアリ怪人はもう現れないのでしょうか?」
「どうだろうね、去り際に次は容赦しないと言っていたが……」
「ではまた襲ってくるかもしれないじゃないですか!」
「あいつに僕の素性は知られてないだろうから心配無いとは思うけど」
「希望的観測じゃないですか。ならせめて連絡先を交換しませんか?」九条が言った。
「分かった、お互い何か分かったら連絡し合おう」
二人は連絡先を交換した後、お互いの無事を祈って帰路についた。
桑畑が自宅の玄関を開けると、ちょうど娘の瑠美が帰っていた。
「あ、パパ! お帰りなさい」靴を脱ぎながら瑠美が振り返った。
「ただいま、遅かったな瑠美」
「部活だよ。パパはいつもより早いね、今日は残業無かったんだね」
「あぁ、早く仕事が片付いたんだ」本当は仕事など殆ど手につかなかった。
二人で会話しているうちに、奥から妻の真理子が顔を出した。
「あら、二人とも帰ってきたの? まだ晩御飯できてないから待っててくれる?」
「だってさ。パパ先にお風呂入る?」瑠美がこちらを見た。
「瑠美が先でいいよ。書類の片付けがあるからね」
「……わかった!」瑠美は元気よく返事をすると廊下を駆けていった。それを見届けながら桑畑も居間へと向かう。
テーブルに鞄を置き上着を脱ぐ。何もしていないはずなのに、どっと疲れが溢れ出してくる気がした。そんな桑畑の元へキッチンから真理子がやってきた。
「大丈夫? 何かあったの?」真理子が顔を覗き込む。
「えっ、どうしてだい?」
「なんだか疲れているようだから。瑠美も心配してたわ、パパがなんだが別人みたいだったって」
「瑠美が?」その言葉に桑畑はドキリとした。瑠美から見ても自分は不自然だったのだろうか、心の奥底に不安がよぎる。
桑畑は悍ましい想像を頭から無理やり追い出し、真理子に向き直った。
「まさか、ちょっと疲れが溜まってたんだろう」顔に出さないように努めて笑顔を作って返事をする。
「そう……責任感の強いあなたのことだから、また色々と背負い込んでいるんじゃないかと思って心配してたの」
「ありがとう真理子。思えば確かに仕事を色々と抱え過ぎていたかもしれない。営業は精神を擦り減らすからなぁ」桑畑はそう言って笑って見せた。
「何かあったら私に相談してね。私も瑠美も、力になるから」
真理子はそう言って桑畑の肩に触れた。
「ありがとう……ありがとう……」
頬から涙がつたう。それを見てまだ自分が人間なんだと思い、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
九条は学校からの帰り道を一人で歩いていた。
あの事件から二日経ったが父は帰って来なかった。携帯に何度も何度も掛けたが繋がらない。昨日の晩、父の勤め先から連絡があった。二日続けて欠勤だと言う。九条は怖くなって電話を切ってしまった。あの日から心がザワザワと落ち着かない。
あの日、変身した桑畑さんに殺された怪人は、やはりお父さんだったんだろうか……どうしてお父さんが私を……。
そのことだけがぐるぐると思考の渦を作っていた。学校ではなんとかいつもの自分を演じていたが、九条の心は限界に近かった。
「お巡りさんこんにちは~」
「こんにちは。気をつけて帰るんだよ」
子供の声が聴こえた。顔を上げると下校している小学生とパトロール中の警官が挨拶を交わしていた。この通りは通学路なのでよく警官が巡回している。よく見る光景だ。しかし、九条はその警官の顔を見て青ざめた。こちらを見て笑みを浮かべる警察官の顔は、あの日アギトアリ怪人に変身した警官の顔だった。
爽やかな笑みを向けながら、警官は九条に言った。
「お久しぶりです……」
九条は反対方向に全速力で走った。足が絡れて何度も転びそうになった。それでも死に物狂いで次の足を前に出す。
ふと体が軽くなった。いや、軽くなったのではない、九条の体が宙に浮いていた。
「えっ、えっ!?」
九条の体は地面から急速に離れていく。リュックや脱げた靴が地面に落ちる。
「やはりあの学校の生徒でしたか、探す手間が省けましたよ」
九条を大顎で挟んだまま、上空を跳ぶアギトアリ怪人は言った。
「あの時の怪人!?」
アギトアリ怪人は家屋の屋根を凄まじい脚力で飛び跳ねながら移動していた。景色が高速で流れていく。かなり速い。
「どうして私を殺そうとするの!? 私が何をしたって言うの!」
「アナタも我々の秘密を知ってしまった。故に殺さねばなりません」
怪人はやがて、見覚えのない場所に着地した。そこは薄暗く、見渡す限り半壊した壁と瓦礫の山しかないコンクリートが剥き出しの建物だった。おそらく取り壊し中の施設か何かだろう。
「ここなら誰も来ないでしょう」
アギトアリ怪人は九条を投げ捨てるように床に降ろす。
「私を殺すの? なら、最後にアナタの正体を教えてよ」
「お断りします。人間の世界には小型の記録装置がいくつもありますからね」
「アナタは違う世界から来たの? どうして人間の世界に来たの?」
「時間稼ぎですか? 無駄ですよ。さっさと君を殺して、次はあの男を始末しないと」怪人は拷問具のような大顎を広げると、九条の体を引き裂こうと飛び掛かった。
しかし、すんでのところでアギトアリ怪人に何者かが体当たりした。
「桑畑さん!」
怪人の体にしがみつく桑畑。
「殺されてたまるか!」桑畑の全身から炎が噴き出した。ゴウゴウと唸る炎の中から黒色の怪人が姿を現す。
「そうだな。とりあえず警察に申し出た方がいいんだろうか」
「私は賛成じゃありません、こんな突拍子もないことを言っても誰も信じないだろうし、怪人の内一人はまさに警察官だったじゃないですか」
「確かにそうだ。頭のおかしい人だと思われて足蹴にされるのがオチかもな」
そう言って桑畑は自虐的な笑みを浮かべた。
「君は、大丈夫なのか?」桑畑は九条を見る。
「何がですか?」
「一人なんだろ?」
「大丈夫です。もともと家事は私がやってましたし、お金も心配ありません」
九条はハキハキと答える。同年代の女性と比べて大人びて見えるその振る舞いが桑畑の心にチクチクと刺さる。
「それもあるけど……その……君は大事な人を失ったかも知れないんだ」
桑畑は思わず九条に尋ねる。すると九条は驚いたように目を丸くした。その一瞬だけ、歳相応のあどけない少女の顔に戻った気がした。
「……ありがとうございます。だけど私は大丈夫です」九条は気丈に言葉を返す。
「そうか……」
桑畑にはそれ以上彼女を追求することは出来なかった。
「桑畑さんはこれからどうするんですか?」今度は九条が尋ねてきた。
「僕? とりあえずは今まで通り生活するしかないかな」
「アギトアリ怪人はもう現れないのでしょうか?」
「どうだろうね、去り際に次は容赦しないと言っていたが……」
「ではまた襲ってくるかもしれないじゃないですか!」
「あいつに僕の素性は知られてないだろうから心配無いとは思うけど」
「希望的観測じゃないですか。ならせめて連絡先を交換しませんか?」九条が言った。
「分かった、お互い何か分かったら連絡し合おう」
二人は連絡先を交換した後、お互いの無事を祈って帰路についた。
桑畑が自宅の玄関を開けると、ちょうど娘の瑠美が帰っていた。
「あ、パパ! お帰りなさい」靴を脱ぎながら瑠美が振り返った。
「ただいま、遅かったな瑠美」
「部活だよ。パパはいつもより早いね、今日は残業無かったんだね」
「あぁ、早く仕事が片付いたんだ」本当は仕事など殆ど手につかなかった。
二人で会話しているうちに、奥から妻の真理子が顔を出した。
「あら、二人とも帰ってきたの? まだ晩御飯できてないから待っててくれる?」
「だってさ。パパ先にお風呂入る?」瑠美がこちらを見た。
「瑠美が先でいいよ。書類の片付けがあるからね」
「……わかった!」瑠美は元気よく返事をすると廊下を駆けていった。それを見届けながら桑畑も居間へと向かう。
テーブルに鞄を置き上着を脱ぐ。何もしていないはずなのに、どっと疲れが溢れ出してくる気がした。そんな桑畑の元へキッチンから真理子がやってきた。
「大丈夫? 何かあったの?」真理子が顔を覗き込む。
「えっ、どうしてだい?」
「なんだか疲れているようだから。瑠美も心配してたわ、パパがなんだが別人みたいだったって」
「瑠美が?」その言葉に桑畑はドキリとした。瑠美から見ても自分は不自然だったのだろうか、心の奥底に不安がよぎる。
桑畑は悍ましい想像を頭から無理やり追い出し、真理子に向き直った。
「まさか、ちょっと疲れが溜まってたんだろう」顔に出さないように努めて笑顔を作って返事をする。
「そう……責任感の強いあなたのことだから、また色々と背負い込んでいるんじゃないかと思って心配してたの」
「ありがとう真理子。思えば確かに仕事を色々と抱え過ぎていたかもしれない。営業は精神を擦り減らすからなぁ」桑畑はそう言って笑って見せた。
「何かあったら私に相談してね。私も瑠美も、力になるから」
真理子はそう言って桑畑の肩に触れた。
「ありがとう……ありがとう……」
頬から涙がつたう。それを見てまだ自分が人間なんだと思い、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
九条は学校からの帰り道を一人で歩いていた。
あの事件から二日経ったが父は帰って来なかった。携帯に何度も何度も掛けたが繋がらない。昨日の晩、父の勤め先から連絡があった。二日続けて欠勤だと言う。九条は怖くなって電話を切ってしまった。あの日から心がザワザワと落ち着かない。
あの日、変身した桑畑さんに殺された怪人は、やはりお父さんだったんだろうか……どうしてお父さんが私を……。
そのことだけがぐるぐると思考の渦を作っていた。学校ではなんとかいつもの自分を演じていたが、九条の心は限界に近かった。
「お巡りさんこんにちは~」
「こんにちは。気をつけて帰るんだよ」
子供の声が聴こえた。顔を上げると下校している小学生とパトロール中の警官が挨拶を交わしていた。この通りは通学路なのでよく警官が巡回している。よく見る光景だ。しかし、九条はその警官の顔を見て青ざめた。こちらを見て笑みを浮かべる警察官の顔は、あの日アギトアリ怪人に変身した警官の顔だった。
爽やかな笑みを向けながら、警官は九条に言った。
「お久しぶりです……」
九条は反対方向に全速力で走った。足が絡れて何度も転びそうになった。それでも死に物狂いで次の足を前に出す。
ふと体が軽くなった。いや、軽くなったのではない、九条の体が宙に浮いていた。
「えっ、えっ!?」
九条の体は地面から急速に離れていく。リュックや脱げた靴が地面に落ちる。
「やはりあの学校の生徒でしたか、探す手間が省けましたよ」
九条を大顎で挟んだまま、上空を跳ぶアギトアリ怪人は言った。
「あの時の怪人!?」
アギトアリ怪人は家屋の屋根を凄まじい脚力で飛び跳ねながら移動していた。景色が高速で流れていく。かなり速い。
「どうして私を殺そうとするの!? 私が何をしたって言うの!」
「アナタも我々の秘密を知ってしまった。故に殺さねばなりません」
怪人はやがて、見覚えのない場所に着地した。そこは薄暗く、見渡す限り半壊した壁と瓦礫の山しかないコンクリートが剥き出しの建物だった。おそらく取り壊し中の施設か何かだろう。
「ここなら誰も来ないでしょう」
アギトアリ怪人は九条を投げ捨てるように床に降ろす。
「私を殺すの? なら、最後にアナタの正体を教えてよ」
「お断りします。人間の世界には小型の記録装置がいくつもありますからね」
「アナタは違う世界から来たの? どうして人間の世界に来たの?」
「時間稼ぎですか? 無駄ですよ。さっさと君を殺して、次はあの男を始末しないと」怪人は拷問具のような大顎を広げると、九条の体を引き裂こうと飛び掛かった。
しかし、すんでのところでアギトアリ怪人に何者かが体当たりした。
「桑畑さん!」
怪人の体にしがみつく桑畑。
「殺されてたまるか!」桑畑の全身から炎が噴き出した。ゴウゴウと唸る炎の中から黒色の怪人が姿を現す。
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