百と九十九

南道 瑠衣

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第一章

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 大学生の朝は遅いと思われがちだが、案外そうでもない。特に俺の場合は。
 その日は朝からひどい雨で、ザァーっという雨音が家中どこにいたって聞こえてくるほどだ。夕日が見えなければ昼なのか夕方なのか分からないほど暗く重い雲に空は覆われ、大地の気温を奪っていった。
 
土曜日の朝というのは気分の良いものと思っていたが、こうも土砂降りだと元気が出ない。だが「いやいや」とこれからの事を考え、ネガティブな思考を頭の端に追いやった。
朝はハムエッグとトースト2枚。これで冷蔵庫にある消費期限ギリギリの食べ物は無くなった。トーストに塗ったマーガリンは容器の半分ほど残っていたが、消費期限は数ヶ月先だったのでそのまま残すことにした。
 今日は朝からやる事が山ほどある。ここ最近夢見が悪く、早朝に目が覚めてしまうのをはじめてありがたいと思えた。
部屋の掃除をし、ちいさな旅行鞄に3日分ほどの着替えや日用品を押し込んだ後、「よし。」と忘れ物のチェックをした。
そこで先週彼女とお揃いのキーホルダーを買ったのを思い出し、後で鍵につけようとテーブルの上に置いた。つり目の黒猫のキーホルダーだ。何処となく彼女の雰囲気に似ているので結構お気に入りだ。
 
パンパンに膨れ上がった旅行鞄を駐車場に停めてあるレンタカーのトランクに押し込んだ。
トランクを力強く閉めながら、俺はふとなぜ彼女は免許証を持っているのだろうかと疑問に思った。このレンタカーは彼女名義で借りているのだが、彼女は高校卒業後、大学に通わずずっと働いて家にお金をそのほとんど入れている。それがどうして車の免許なんて取る時間とお金があったのだろうか。
「まあこの後聞けばいいか」とその疑問を頭の端に追いやり、そそくさと部屋に戻った。

11時ごろ、彼女から連絡が来た。そろそろ来てほしそうだったので急いで部屋を出た。早く行かなければと高揚しながら車のエンジンをかけた。



 ──テーブルの上でポツンと置かれているキーホルダーが、玄関からバタンという音を聞いた。彼はもうこのキーホルダーに気づかない。そして次にこれに気付く人が現れるのは、少し先のお話。
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