食堂のおばあちゃん物語

みどり

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打ち合わせの後はご飯でも

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杏(きょう)はミュージシャンだった。


少しずつ収入も増えてきた。


職業柄新しく色々な人と話す機会が増えた。


そして

その後もお付き合いが続いていく人も

少しずつ増えてきた。



面倒見が良く、お調子者の杏は交友関係も広かった。




ファンクラブの会報誌の企画で

杏がずっとお話してみたいと思っていた

大物ミュージシャンの方と対談出来ることになった。


それも

ひょんなことから、杏がダメ元で声をかけたことが

きっかけだった。


東京といえども田舎の運送会社まで

その方は来てくださった。

祖父の会社のひと部屋を音楽事務所として借りていた。



杏にとって夢のような対談。

時間はあっという間に過ぎていった。



「今日は本当にありがとうございました。

 お腹空きませんか?よかったら社員食堂でご飯食べて行かれませんか?」


社員食堂は日替わり定食しかないが税込500円だった。



母子家庭で育ち食べるのに困っていたユウキが

毎月食堂に寄付していた。

子ども食堂としても存在している。

ファンの方々からも食材など差し入れが届いていた。



杏と大物ミュージシャンは食堂に行った。


大物ミュージシャンは500円を払おうとしたが

杏が「自分が誘ったのだから、自分が出します。」と言った。


大物ミュージシャンは

「ワンコイン接待だね。」と笑った。


食堂には

テーブル席の他、日の当たらない壁側に外が見えるカウンター席

個室として使える小上がり席があった。

ふたりは小上がり席で食事した。


食事の後、

杏は彼に食堂のパスを渡した。


「いつでも食べに来てください。ボクがいなくても

 これを見せれば食堂スタッフにわかりますから。」


「食堂のパス?」


「はい。顔パスのパスです。」杏も笑った。



平次の家族はそれぞれ家族パスを持っている。

名刺程の大きさのラミネートした色画用紙。

みちよの手作りで各々色が決まっている。

1枚ずつ通し番号が付いている。

杏は赤。ユウキは青。ゆいは黄色という感じで。

パスを持って来た人は無料で食事が出来る。何度でも。

代金は月末にまとめて色の主が払う。



食後、駐車場で杏が大物ミュージシャンを見送っている時だった。

マツおばあちゃんが

「杏。裏の草抜きするように言ったろ!いつまでも遊んでないで草抜きしな!」

と言った。

「ごめん。ばぁちゃん」

「なんか、長居して悪かったね。」

「いえいえ。いいんですよ。気にしないでください。」

マツおばあちゃんと杏は血の繋がりはなかった。




大物ミュージシャンは定食が美味しかったので

後日、杏には知らせず食堂に来た。

パスを見せるとスタッフのおばあちゃんに

「お代はいらない。」と言われる。

そして、パスの意味を知る。



それから

子ども食堂に毎月寄付してくださる方がいる。





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