22 / 63
本編
22.願い
しおりを挟む「フィーと居るのが楽しい。フィーに会ってやっと笑えるようになったんだ。前の世界じゃ心から笑えた事なんてなかった」
恋人みたいに手を繋ぎ、元の世界に帰らず、ずっとこのままで良いなんて俺からすれば夢のような話をされている。ずっとずっと大好きだった瑛士君からだ。
「町に帰ろう。フィーさえ良ければ一緒にパン売ってさ、一人でやりたいなら他に仕事探すし」
「……エイジはそれで良いの?」
「良くなきゃ言ってない。俺はここでやり直したい」
キッパリとした口調のわりに俺から目を逸らす。胸の内に葛藤があるのは明白でも、俺がここで受け入れてしまえば、瑛士君はもう二度と元の世界に戻りたいと口にする事はないと思う。
分かったって言えば良いんだ。たった一言なのに音にならずに唇だけが空振りする。瑛士君の為を思って、なんて格好良い事じゃなくて、俺が不安なんだ。後悔を抱えたまま辛そうに生きる瑛士君を見たくない。
「伝えなくちゃいけない事があるんでしょ?」
「……いつかは忘れるだろ」
いつか……本当にそんな日が来るんだろうか。長い長い旅の間ずっと大切に抱え続けた想いを伝えないままで先に進める? 俺には無理だった。どんなに時が経っても忘れる事なんて出来なかった。
衝動のまま瑛士君に覆いかぶさり、強引に視線を合わせる。繋がりを解く事なく顔の横でベッドに縫い留めるように手を重ねた。
「一生かかっても忘れられないよ」
口に出すと呪いみたいだ。でも前世で何も頑張らなかった俺だけが分かる。足掻こうともしなかったから、俺の時間は中学生のまま止まってしまった。前にも後ろにも行けずにジメジメと腐っていった、あの人生。
「――好きなんだ、ずっと。別の誰かじゃ代わりになんてなれない。頑張っても諦めきれなくて、目に入るもの全部から面影を探すんだ」
上手くいかなくても、やり切った人だけがちゃんと終われるんだと今だからこそ強く思う。今度は俺もちゃんと終わらせるから。
「エイジには幸せになって欲しいよ……」
自分勝手な言い分だけど、好きな人には心から幸せになって欲しい。相手は俺じゃなくても良いんだ。悲しいけれど、それでも前を向いて生きて欲しい。エゴを押し付け、今までずっと頑張ってきた瑛士君にまだ頑張れって、俺は残酷な事を言う。
「……フィー、泣くな」
「っ、ごめ。汚……」
真下にある瑛士君の顔にパラパラと水滴が落ちていた。綺麗な顔を汚してしまった……慌てて水滴を拭おうと、前屈みになった俺の頭が掬うように抱えられる。顔が瑛士君の胸元に強く押し付けられた。
「…………また一人になるのが怖い」
「……うん」
「時間が欲しい。やっぱり無理ってなるかもしんないけど、ちゃんと自分で決めるから……待ってて」
うん。頷くと涙が服に染み込み、瑛士君を濡らす。寂しさを埋めるように絡む腕にぎゅっと抱かれて、瞼を閉じる。好きだ。大好きだ。今伝えれば重荷になるから言えないけれど、いつか彼を見送る時、彼がもう一度ここに残ると決めた時、この気持ちを正直に全部言葉にして贈るよ。
「俺が代わりに何でもするからね。嫌な事はしなくて良いよ。女神に怒られそうな事でも全然やるし」
やるだけやっても、元の世界に戻る道は見つからないかもしれないけど、ただ諦めるよりずっと良い。でも瑛士君だけが一人で頑張る必要はないと思う。使えるものは使う、で何が悪い。
「アホか。それじゃ罪人になるだろ」
「大丈夫だよ。罪人になったって兄ちゃんは絶対俺を見捨てられないからね。存分に寄生させて貰うよ」
「タチ悪。ユーヴィスより酷いじゃねーか」
クスクス笑われ、嬉しくなった。調子に乗って、俺もぎゅっと瑛士君を抱きしめる。
「実家まで行けたら、家の裏に小屋とか建ててさ。こっそり飼って貰えば良いんだよ。俺、別にニートで良いし」
「……人として良いのか、それで」
我ながら清々しいクズっぷりに呆れた声を出されても、瑛士君がちょっと楽しそうだから俺は胸を張って良いと思う。人としての尊厳より瑛士君の笑顔の方が価値が高い。
「フィーだけ罪人にさせる訳にいかないし、そうなったら俺も罪人だ。俺の分も小屋建てて貰って良いかな」
いいよいいよーと笑おうとして、ハッとなる。瑛士君にそんな犬みたいな生活させてどうする。そこはキッチリ訂正しておこうと身じろぎする俺を、すかさず瑛士君が羽交い締めにして、身動きを封じてきた。これが不思議と痛くないのに全く動けない。
「っなんで、本当に、全然、動けないんだけど!」
身体の上でジタバタ藻掻かれても瑛士君は動じなかった。顔は見れないけれど、確実に笑われている。
「勇者スキルの名残かな、フィーじゃ絶対解けねーだろ」
「それを何でここで発揮するの」
「生まれて初めて押し倒されたからな」
「え? 押し倒っ……ちが、」
違わないけど。必死だったから。必死に言い訳しながら今さらになって襲い来る羞恥に手足をバタつかせるが、勇者スキルは伊達じゃなかった。結局俺は瑛士君が飽きるまで弄ばれる羽目になったのである。
翌朝、瑛士君はいつも通りの顔で兄ちゃん達に謝っていた。体調悪い時は無理するなよ、と何食わぬ様子で言っていた兄ちゃんは実はかなり心配していたようで、今日は早起きに磨きがかかっていたらしい。まだ夜中からゴソゴソしていたとリアさんが苦笑していた。瑛士君も立派に兄ちゃんの庇護対象になっているようだ。いざとなれば寄生することも可能だろう。
瑛士君が心配かけたお詫びに店を手伝いたいと兄ちゃんに申し出ていたので、今日は休息日だと判断した。
だったら、と留守番を買って出て、兄ちゃん達夫婦には買い出しという名のデートに行ってもらう。店番だけなら自分の店と大して変わらないし。
「フィーブル、何か欲しい物とかないのか? エイジは?」
「ないよ。昨日も出掛けたしね」
「うん、ゆっくりしてきてください」
兄ちゃんは心配なのかちょっと渋っているけど、リアさんは嬉しそうだ。王都の流行りのお菓子買って来てあげるね、と言われたのでかなり楽しみだ。
「そうだ、何なら夕飯食べて来て良いよ。店終わったらエイジと適当に何か食べるから」
誓って言うが、俺なりの気遣いだった。たまには時間を気にせず、夫婦で過ごして欲しいという純粋な気持ちだったのだ。だが、リアさんに腕を引っ張られ、満更でもなさそうな兄ちゃんを元気よく見送った後、瑛士君に小突かれて囁かれた。
「――ライキの実、試せるな」
ああああ、そうだ。これ以上ないチャンスの到来だった。
「なんだ、わざとかと思ったのに」
「違う……けど、俺よくやった」
言われて気づいた俺を瑛士君は意外そうにしていたが、わざとだったら確実に不自然さが滲み出ていたと思う。絶対兄ちゃんには怪しまれていただろう。無自覚だからこそ掴んだチャンスだ。閉店したら早速取り掛かろう。
兄ちゃんを騙したようで申し訳ない気持ちが少しあったので、瑛士君に特に意味のない店の前の掃除をお願いした。リアさんが毎日綺麗にしているので、大して汚れなんてないのだが――。
「いらっしゃいませー」
「あの……あ、ペッペまだありますか?」
「ありますよ。中にどうぞ」
俺の思惑通り、店前のイケメンに惹かれて、普段は来ない若い女性客が次々とやって来る。途中からは瑛士君にも客寄せなのはバレていたけれど、文句も言わず看板イケメンを全うしてくれた。世話になっている店の売り上げに貢献するのはやぶさかではないらしい。
応援ありがとうございます!
16
お気に入りに追加
537
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる