転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

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本編

28.噂話

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 怒涛の一日だった……と昨日を振り返る。俺達に説明してくれたのは司教さんらしい。偉い人っぽいが階級がいまいち分からないので、後でリアさんに聞いたら上から二番目に偉い人なんだそうだ。本殿内を案内してくれるのはまた別の神官なんだろう。

「祝福を受けたっていう元大司教も転生者なのかなぁ」

 正面で朝食のパンに齧りつく瑛士君に聞いてみた。転移という可能性もあるが、何となくだが司教さんの話しぶりに異邦者って雰囲気はないように思う……とすると、ここで生まれた、俺と同じ転生者なんじゃないか。

「ん! どうかな。転生とか転移以外って可能性もあるし」
「そっか。他の奇跡……奇跡……」
「……っんん! ラノベだと、タイムリープとか?」
「後は大事故から奇跡の生還、みたいな」
「んんんー! ……はぁ、駄目だ」
「……大変そうだね」

 俺と話しつつ、噛み切れないパンと格闘していた瑛士君がついに匙を投げた。元勇者ならあるいは……と密かに期待していたのだが、残念ながら無理だったらしい。

「途中で言おうかと思ったんだけど……そのパン、俺が朝失敗してものすごい怒られたやつ」
「……おい、せめて先に言え」

 おお、瑛士君に睨まれてしまった。レアだ。ダークな片鱗が見えたようで内心「キャッ」となったが、そこは隠して謝っておく。昨日の疲れか、朝の手伝いの途中うっかりミスをやらかしてしまったのだ。入れるとモチモチする粉を一桁見間違った結果、凶悪なモチモチを有する、勇者でも噛み切れないパンをこの世に生み出してしまったらしい。

 いつもは一緒に手伝いをしてくれる瑛士君も寝坊したのだから、疲れは相当だったのだろう。神殿には明日行こうね、と提案すると、他のパンを手にしながら頷いてくれた。 

「それはラスクにしてオヤツにしようかな。どうしよっか……今日は何する?」
「あー……そろそろ客も俺らの存在に慣れてきただろうし、手伝いしながら聖女の噂ってやつ、調べてみねー?」
「おぉ!」

 兄ちゃんもおそらく店の客から噂を耳にしたのだろうし、聞けば何かもう少し詳しい情報が得られるかもしれない。

 やたら防御力の高いパンをラスクに変えて……瑛士君がモチモチ感を少し残そうと言い出したので、いつもの八割程度に焼いてみた半生ラスクは見事にカリカリとモチモチが共存していた。ちょっと癖になる食感な気がする。よし、この試食という名目で話しかける事にしよう。

「――聖女? あぁ、一時そんな噂あったわね」

 試食を始めて二時間。殆どの客には知らないと言われて内心落ち込んでいたが、知ってそうな人にようやく出会えた。逸る気持ちを抑え、不審に思われない程度に食いつく。

「何か知ってます? そんな人が居るなら見てみたいね、って話してて……ちょっと探してるんですよ」
「噂は噂だから。消えたって事は何かの間違いだったんじゃないかしら」
「えー。でも、それってどんな噂でした?」

 噂話に興味のない兄ちゃんに聞いても、覚えてないと素気ない回答が返ってくるだけだったので、噂自体をもっと知りたい。常連さんの一人、近所で服屋を営んでいるそのご婦人にお茶うけ代わりの半生ラスクをぐいぐい押し出すと、瑛士君がサッと裏からお茶を持って来てくれた。さすが、よく分かってる。

 ご婦人はお茶を飲みながら、既にうろ覚えなのか唸りながら記憶を辿ってくれていた。

「何だったかしら……城から出てきた女性が騎士に保護された? 違うわね、門番だったかも……」
「……それが本当だったら穏やかじゃないですね」
「でも、その女性が何で聖女って話になるんだろ?」

 瑛士君は険しい顔になり、俺の方は率直な疑問を抱いた。その話だけなら、城の関係者なのは確かでも、女性ならば使用人や何なら王族だってあり得るだろうと。

 俺の言葉に、ご婦人がハッとなる。

「――そうよ! 保護された女性が大声で叫んだ言葉が、とても私達と同じ言語と思える響きじゃなかったそうなのよ」

 今度は俺達が驚く番だった。あれは女神が使われる言語じゃないのか、と誰かが言ったから、その女性が聖女だと噂されるようになったとご婦人が続けた。

 それ、日本語じゃないのか……と思ったのは俺だけではないはずだ。様子だけ聞くと、その女性が理不尽に城に囚われている可能性も示唆されるからか、瑛士君の顔が凍りついている。

 噂が立ち消えたとはいえ、女性は今もなお王城で監禁、あるいは軟禁されているかもしれない。俺達がこの世界に居るのは女性を救い出す為……?

「その騒ぎを実際目撃した人って誰か居ませんか?」

 瑛士君が尋ねると、ご婦人はまた懸命に頭を捻っていた。しばらく悩んだ後、確か知り合いの刺繍屋の従業員が見たと言ってたはずだと言われたので、その店の場所を教えて貰う。

 居ても立っても居られず、兄ちゃんに断りを入れて瑛士君と二人、すぐにその店に向かった。

「二月は経ってるよね……大丈夫かな。脱走しようとして捕まったんだとしたら、酷い目に合ったりしてないかな」
「王城にも女神への信仰心があるなら大丈夫だと思うけど……分かんねーな。楽観視も出来ねーよ」

 噂を聞いて随分と経つのに、今になって心配になってしまい、慌ただしく街を駆け抜ける。ふわっとした噂話では実感が持てなかったけれど、異世界から招かれた人が必ずしも優遇される訳ではない事は瑛士君を見れば明らかなのに危機感が足りなかった。

 この世界の言語が通じていない可能性もあるのだ。脱走を図ったのなら、置かれた現状に満足していないのは確実だろう。今も苦しんでいる女性が居ると思うと胸が痛い……。





「――そりゃ、すっっごかったですよ! かなり気性の荒い方みたいで、騎士が周りを取り囲んでるのに怒って、ワーワー叫んでました。一番近くに居た騎士にこう! もう手加減なしで!」

 しかし、刺繍屋の従業員である若い女性に話を聞けば、俺達の思っている程、危機的状況ではないらしかった。

 余程刺激的だったのか、聖女の事を鮮明に覚えているようで、身振り手振りを加えて説明してくれる。その話に拠れば、近くに居た騎士達に強烈な張り手を食らわせ、その手を掴んできた別の騎士には回し蹴りをお見舞いし、騎士達が揃って深々と頭を下げて渋々王城に戻って行ったのだと言う。

「後から、あの女の人が聖女だーなんて話になってて、私笑っちゃいましたよ。すごく綺麗だったけど、あんまり激しかったんで……女神様に近いイメージはないかなって」

 私は好きですけどね、とケラケラ楽しげに笑う。

「綺麗で……後は? 何歳くらい? 髪の色は? 目は見た?」
「えー狙ってるの? たぶん君よりは結構年上だったよ、二十後半くらいかな。目は見えなかったけど、髪は普通。綺麗な金髪」
「金髪……」

 金髪なら転生者か。ホッと息を吐く俺達を見て、従業員の女の子は「やっぱ年下が良かった?」なんて見当外れの事を言っていたが、訂正する気にはならなかった。

 様子を聞くに、そこそこ元気そうで安心した。つい聖女という言葉の響きでか弱い女性を想像してしまったが、騎士達の様子から察するに黙って虐げられるタイプではないのだろう。良かった。

「……あれ? 君、ペッペの店の子だよね? 似てるもん」

 徐ろに俺の顔をじっと見て、兄ちゃんが思い浮かんだのか、そんな事を言われた。素直にうなずくと、今度は瑛士君を不思議そうにジッと見る。格好良いから気になるよねーなんて思っていたら、こちらを鋭く睨んできたのでビックリした。

「彼氏の前で浮気は良くないよ。浮気ダメ、絶対!」
「は? え? いや、彼氏じゃ……」
「またまたーもう皆知ってるから。王都は噂広がるの、早いんだよ? 仲良くね」

 噂……噂……。あれか、ライキのせいか。ご近所さんの反応から怪しい空気は感じていたが、それが曲解されて全く知らない人達にまで広がってるなんて。噂ってマジで恐ろしい。

「違います、俺達はそんなんじゃ――」
「無駄無駄。別に困んないから良いじゃん」

 訂正しようと思ったのに、瑛士君は話を聞かせてくれたお礼だけ言うと、さっさと店を後にした。噂話相手に必死に否定したところで結局は最初の話ばかりが先行してしまうので意味がないと。でも、否定しなきゃ「王都公認カップル」みたいになっちゃうじゃないか。

 懸命に訴える俺に、瑛士君は少し考えてピタリと立ち止まった。

「……フィーが困るなら俺も否定するけど。どうする?」

 いや……え? 俺は別に困らないけど。そう素直に答えると瑛士君はすごく満足そうな顔を浮かべ、「なら良いじゃん、放っとこ」と言った。逆に瑛士君が不名誉がかかる以外に困ることってある? 
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