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本編
32.告白
しおりを挟むとりあえず寝台に寝転んでみたものの、ぐるぐるぐるぐるマインツ様の声が頭の中を巡っている。騎士と姫、俺と瑛士君。俺の望みはたった一つ。瑛士君が幸せになること、だ。
この世界に引き止めるようで、彼自身の選択を邪魔したくないと自分の気持ちを秘めてきたけれど、マインツ様の事を考えると自分の考えが揺らぐ。騎士の自己犠牲を姫は喜んだのかって。
進む道を迷っている瑛士君は俺との未来も考えてくれている。そんな彼にとって俺の思いは本当に負担になるんだろうか? 黙って彼の選択を待つのが尊重する事になる? いや、俺が逆の立場なら全てを知った上で選びたいと思う。
――言う? 言った方が良くない?
最後の最後に伝えようと思っていたけれど、よく考えれば瑛士君が元の世界に帰るのを見送る時なんかに伝えたら、盛大な嫌がらせじゃないか。後味悪いだろう。
自分の気持ちを伝えた上で、瑛士君の判断に委ねるべきだ。
ガバっと起き上がり、外を見た。まだ真っ昼ではあるが、この部屋に来て一時間位は経ってそうだった。宿泊する事になった時、本殿内の案内は翌日にと神官さんが言ってくれたので、夕飯までゆっくり時間がある。
家に帰ってしまえば、一人になる機会は滅多にないので、個室が用意された今が最大のチャンスに思えた。そう思うと、居ても立っても居られずに俺は部屋を出て、勢いのまま隣に向かった。
ノックするのにすらクソほど緊張して、瑛士君が寝ていたらまた後で来ようなんて日和った考えのせいで、相当にか細いノックだったけれど、瑛士君の応答が中から聞こえてしまった。いやもう緊張は最高潮だ。
「フィー? どした?」
俺だと分かると、瑛士君は手を引いて中に促してくれる。瑛士君が一言喋るたびに、心臓の音が速度を増していく。これ以上、喋らせたら駄目だと思った。何か言う前に俺が死ぬ。
「――ねぇ! 好きなんだけど!」
アホみたいな大声が出た。
……あれ? 俺なんか絶対間違えた。声量にか内容にか、瑛士君が目を丸くしているが、いやいや俺だってビックリした。完全にフライングだ。人生初の……しかも何なら六十年ほど発酵熟成した告白なのだ、もっと情緒溢れる感じに言おうと思っていたのに。どうしてこうなった。
「フィー? えっと……」
「ううー。うううー」
「奥でゆっくり話そ? ……な?」
戸惑う瑛士君に、唸る俺。出来るならやり直したい所だが、軽くキレ気味に発した俺の告白は瑛士君にもよく聞こえた事だろう。もうね、こういう所なんだよ。大事な所でちっとも決まらない。
「――好き! 好きなんだよ、エイジ。とにかく俺は好きだって、好きな事だけ伝えに来ただけだから、好きって言えたから帰る」
更にヤケクソ気味に言うだけ言ってササッと逃げようとする俺を、瑛士君が手を掴んで止めた。ちなみに声を殺してはいるが、ものすごく笑われている。
「今だけで何回好きって言った?」
「……分かんない」
もう消え入りたい。引かれた手を振って、離してもらおうとするけれど、その手は思ったよりもずっと固く握られていた。
好きなんだけどって何だ、アホか。瑛士君の笑いは止まらない。俺の顔はさぞかし真っ赤になっている事だろう。いつまでこの恥辱に耐えなくてはいけないのか、身を震わせながら必死に待つ。
「お前すげーな。告られてこんなに笑ったの初めて」
「ものすごく不本意だけど」
「なんで。フィーらしくて良いじゃん」
「これ以上揶揄われると死にたくなるから止めてね」
「アホか。嬉しいから笑ってんのに」
……お? おお? グイグイ手を引かれて、部屋の奥に誘われる。俺を寝台に座らせると、瑛士君はその真正面に屈んだ。ジッと見上げられながら両手をしっかり握られると、思わず胸が跳ねる。
「正直言うとさ――知ってた。いや、半分は俺の願望かな。でもフィー分かりやすいから常に好意だだ漏れてたし」
そう言われて、俺はもう何を考えるでもなく反射的に逃げ出そうとしたのだけれど、握られた両手に全力で阻まれた。この手は最初から俺の逃亡を防ぐ為だったのか、と気づいても遅い。
「恥ずかしいのは分かったから。でも聞いて」
「……はい」
「なぁ、フィー。俺は本当に嬉しかったんだ」
俺のこと好き? と改めて聞かれた。こちらを見上げる瑛士君の綺麗な瞳は穏やかに俺だけを映し、中学時代にはサラサラと揺れて輝いて見えた髪は今や結べるほど伸びて色気を増している。繋いだ手のひらは硬く、学生にはあり得ない苦労を感じさせた。
この世界で生きる今の瑛士君に、この世界のフィーとして、俺はゆっくり頷いた。同時に好き、と言葉でも溢れる。思いが強すぎて、しゅき……に聞こえたかもしれないが。
「――俺も好きだよ、フィー」
瑛士君の口からとんでもない台詞が飛び出してきた。
「なんだ、その顔。失礼過ぎるわ」
「……え? いやでも……えっ?」
俺が狼狽えるのはしょうがないと思う。だって瑛士君自身が、はっきり覚悟を決めるまでは言わないと言っていたのだ。それをこの場で口にしたという事は、決断したって事で――
「うん、元の世界には戻る気はない。ここで生きる。フィーに言われたからって訳じゃなくて、俺も言いに行こうと思ってた」
丁度、話しに行こうかと思っていたところに、俺が来たんだそうだ。マインツ様との話に影響されたのは俺だけではなかったらしい。瑛士君の場合は、あの問いかけだった。
「自分の手で一番幸せにしたい人が何処に居るか……って爺さんに聞かれた時に、答えは決まってたと思う。一人で考えてみたけど、やっぱり答えは変わらなかった」
「もう……諦めるってこと?」
「違うだろ。もう帰りたくないってこと」
こんなやりとりは前にもしたが、隠しきれない迷いを感じたあの時とは瑛士君の顔が違う。吹っ切れた様子を見て、本気なんだ、と思った。むしろ俺の方が迷っている。
「フィー、困ってる」
「困ってはないけど……なんだろ、本当に良いのかなって」
帰って欲しい訳じゃないのに、素直に喜べもしない。俺は今ものすごく微妙な顔をしているはずだ。瑛士君にも苦笑されてしまっている。俺は告白することだけに必死で、その後の事なんて考えてなかったのだ。考える時間が欲しいと咄嗟に思ったが、一体何を考えるというのだろう。
「まぁ信じらんないよな。だから、今まで通り元の世界に帰る方法は探してみようと思ってる」
帰らないけど、帰る方法は探す? 首を捻る俺の頭を瑛士君が撫でた。
「帰ろうと思えば帰れる状況になんなきゃ、信じらんないだろ? だから探す。探した上で、フィーを選ぶよ」
「でも、あっちには……」
「心残りはあったけど良い。ここでフィーの手を離す方がよっぽど後悔する」
頭を撫でた手は、するすると滑って、俺の頬に添えられる。眩しそうに目を細めた瑛士君の顔に、俺はほうっと見惚れていた。夢を見ているようで現実味がない。
「俺はフィーが好きだ。ずっと一緒に居よう」
こくり、頷いた。頭は真っ白だったが身体は正直だった。一度頷いて……一旦、瑛士君の顔を見て、求められてもいないのに、もう一度深く頷く。じわじわと脳の処理が追いついて来たら、喜びや興奮やなんやかんやで目がチカチカした。
「よし、とりあえず両思いだな。フィーに心から信じてもらえるように努力するよ」
「……信じてない訳じゃないと思う」
「不安なのは確かだろ。それは良い、仕方ない」
「う……ごめん」
元の世界に戻る方法も探すといっても見つかる保障もないので、ひとまず「聖女」を区切りにしようという瑛士君の提案に俺も賛成した。情報は王都に集まるだろうし、本格的に王都に移住するのもまぁアリだが、一度は自分の店に戻らなくてはいけない。
……と考えて、ふと頭に兄ちゃんの顔が過ぎった。
「忘れてた。ここ泊まれない……無断外泊したら兄ちゃん絶対怒る」
「あ、確かに。でも今さら帰るって言ったら、あの神官さんもキレそう」
あー究極の選択だった。どっちに怒られる方がマシだろうか。
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