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しおりを挟む背後で扉が閉まる音がした。
その音に本当に少しだけ心細さなんて感じてしまい、ふんっと不安なんて吹き飛ばすように気合を入れたぼくは、満を持して目の前の男を指差し、高らかに宣言してやった。
「――今日こそはお前を骨抜きにしてやる!」
「おい、指差すな。つか誰に向かって言ってんだ」
「カイト以外居ないだろ。あんまり舐めてると痛い目みるんだからな」
つかつかと歩み寄り、胸倉を掴んで精いっぱい凄んではみるけれど、身長差を埋める為に背伸びしなきゃいけないのが少々辛い。
人間は人間らしく、本来ならぼくの足元に跪くべきだと思うのに。
「っとに、ヨルは学習しねーな」
誰がヨルだ。ぼくの名前はヨルクァルム様だ。そっちこそ何度言っても学習しないじゃないか。睨み合い、お互いを引っ張り合いながら向かうのは大きな寝台。
先にドサッとベッドに倒れ込んだカイトの上にぼくが乗り上がる。一度も示し合わせた事なんてないけれど、始まる時はいつも当然みたいにこの位置になる。たぶん、ぼくたちにとってのスタートラインはここなのだ。
「ふふん。謝ってももう遅いんだからね」
今日のぼくはひとあじ違うぞ、と自信満々に告げた十分後――。
「っひん、ひん、ごべっごめんなさい」
ぼくは背後からカイトに突き入れられながら、髪を振り乱して涙ながらに許しを請うていた。
全然違う。こんなはずじゃなかった。
とっくに腰は立たなくて、肉付きの悪い尻を爪が食い込みそうなほどに掴まれ、へそを越えた先まで深く押し入ってきそうな激しい抽挿に足先まで痺れが走る。その不様に引き攣る脚をカイトが嗤った。
「降参すんの早くねえ? もうちょい根性見せろよ」
「っ、むり、むり――っぃあうう」
「きっつ。乳首虐められんの好きだな、お前」
「や、それだめ、ひ、いく、いっちゃう」
中をぐるりと掻き混ぜながら胸の先を強く摘まれ、陰茎の先からぴゅくぴゅくと何か洩れていく。それを確かめるように竿に指が絡まってくると、襲い来る快楽の恐ろしさに、ぼくはもう恥もプライドも投げ捨てて、尻を振りたくってカイトから本格的に逃げた。
「もう終わりぃぃ……やだ、魔界かえるー」
「誰が帰すか。バカ」
まぁ一秒と経たずに捕まえられてしまったけれど。
あっさり身体をひっくり返され、今度は真上から押し潰される。このままじゃ殺されると本気で思った。この悪魔のぼくが、ただの人間にだ。
本当に、こんなはずじゃなかった。
今日の為に用意したとっておきの秘密兵器――気が触れるほど性感が倍増する「淫夢の珠」さえ取り上げられなければ、今ごろ泣き叫んでいるのはカイトのはずだったのに。
「小道具使うのはナシだろ。油断も隙もねえ……ヨルが使うなら俺も使って良いってことだよな? 善がり狂っても知らねーぞ」
「いっ、いい、やだっ、かいと、助けて、」
「はは、情けねー面。何も使わなくても毎回これだもんなぁ」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔に嗜虐的な笑みを浮かべ、カイトは顎先に噛みついた。首やら肩やらに噛みつくのはカイトの癖だ。
ぼくの身体ならひと晩も経てばそんな痕なんてすぐに消えてしまうからと、ここぞとばかりに噛みついている。その痛みが気持ちいい事だと覚え込まされてしまうほどに。
こんなはずじゃなかった、とこの人間界に来てからは常々思っている。カイトと出会ってしまったのが運の尽きなのかもしれない。
――あれは半年ほど前のこと。
成人を機に、ぼくは初めて人間界を訪れた。
その目的は一つ。何人か使い魔を見繕う為だ。誰でも良い、宿主となる人間に種を蒔いておくと、その人間が誰かと交わるたびに生気が自動的にぼくへと送られるようになる。面倒な事は使い魔に任せ、後は魔界で悠々自適に過ごすのが、ぼくの家の常識だった。
その為にこれまで人間界のことを色々勉強してきたのだ。手早く終わらせて魔界に帰りたい。どれだけ早く帰れるかが、悪魔としての評価に繋がるのだ。どうせなら親兄弟もびっくりするくらい早く帰ってやる、と盛大に息巻いて出てきた。
兄はぼくの為に、使い魔にスマホを用意させ、プレゼントしてくれた。その上、使い魔の友達まで紹介してくれると言う。末っ子なので随分と甘やかされているのは知っているけれど、それをあえて断ろうとも思わない。
だから記念すべき一人目の使い魔は誰でも出来る簡単なお仕事なはずだった。のだが……。
「迷った。目の前にあるって言ってたのに」
待ち合わせ場所の近くに人間界と魔界を繋ぐゲートを作ってくれたはずなのに、ひと目で分かると言われた目印が全く見当たらないのだ。
知識としては知っていたが人間界は狭くゴミゴミしていて、似たような物ばかりに溢れている。違う道で同じ看板を何度も目にしていると方向感覚さえ狂っていく気がした。もう完全に迷子だ。
人間界は夜だった。仕方なく灯りのない、建物と建物のあいだに入り、ぼくはきょろきょろ助けを借りる相手を探す。
「……あ、居た。お食事中にごめんね。えっと、ぼくトリヌキ町? に行きたいんだけど、分かるかな。案内してくれない?」
「……」
「終わってからで良いよ、よろしくね」
無事に協力を取り付け、安心してしゃがみ込んだ。食事中を承知の上で話しかけてしまったので、少々待たされるのは仕方ない。
にこにこと眺めていたら、突然上の方から声が降ってきた。
「――お前、わざとやってんの? それとも普通にアレな子?」
わざとも何も、声を掛けてきた男の存在に全く気づいていなかったぼくは尻もちをついて驚いた。下を気にするあまり、上が疎かになっていたのだと思う。
「なぁ、この猫なんて言ってんの? 俺にも教えろよ」
暗がりの中に居たのはぼくと猫……と男がひとり。たばこを吸いながらぼくたちを見下ろす目も声も冷え切っている。
この猫に餌をやったのはこいつじゃないんだろうなって漠然と思いながら、すぐに見上げるのをやめた。
「……俺が案内してやろっか?」
「いらない」
「猫に案内してもらうから? こいつら地名とか覚えてんの?」
覚えてる……と思う。でも正直、少しだけ不安になった。
そこでようやく男の方を真面目に見た。悪魔ほどではないだろうが、人間だって狡猾だ。動物を頼りにした方が安全だと猫を頼ってみたものの、魔界と人間界の動物に知能の差はないのだろうか。
男の背は高い。そして暗がりでも分かるほど真っ白な髪をしていた。さて、この男と猫ではどちらが信用できるだろう。
「……あんたって顔は良い方なの?」
「は? 見てわかんねー? 等級あったらA5ランク確定だろ」
何の等級かはさっぱり分からないけれど、自信に満ち溢れている男の様子から、そうだろうなと思った。
「なら、やっぱり猫で良いや」
猫の方が信用できる。
悪魔にとって容姿って結構重要だ。不細工や卑屈な顔をしたやつは低能なので扱いやすい。求めるものさえ与えてやれば言うことを聞く。綺麗な悪魔はその逆で、欲しい物は自分で手に入るし、本心が見えづらい。とにかく扱いにくい相手なのだ。
どうやら猫も食べ終わったようで、丸い目でぼくを見上げてきた。
「ぼくでも歩ける道にしてね」
明るい方に歩き出した猫の後を追う。暗がりの男にはあっさりと背を向けた。
そういえば、直接会話した人間ってあいつが初めてだ。もう会うことはないだろうけど、いつかどこかで……ぼくの使い魔が偉そうなあいつの生気を絞り尽くしてしまえば良いと思う。
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