花と札束

ねおきてる

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ある婦人が札束を生んだ。

千枚、二千枚は下らないそれを前に本人も出産に立ち会った医師も皆、ただ驚いていたという。

人間が金を出産する。

何の比喩でも揶揄でもない。

字面通りの意味のまま。

おかしいと思うだろうか?

けれど、これは奇妙な事実。

特別でもない病院でポンと起こった奇跡だった。

婦人は至ってごく普通な、どこにでもいる女性だった。

日中はクリーニングのパートをし、夜は旦那の食事を作る。

毎晩目尻にクリームを塗り、ぜい肉を揉んでは、ためいきをつく。

日常を穏やかに面白味もなく、ただこなして過ごしていた。 


ありふれた彼女の奇跡は、世界各国、どの国でも一番大きく報じられた。

その日の事件も災害も小さなことに感じる程、それは大仰に伝えられた。

何故、人は食いついたか。

それは、渦中にあるこの婦人が至って普通の女性だったからだ。

テレビは毎日この女性の姿を映した。


初めは年齢、顔写真がちらり映るまでだったが、婦人がテレビ出演に応じてから、得意料理や着ている服まで着目されるようになった。

この婦人の様子を見て世間から非難や嫉妬の言葉が飛び交うようになっていたが、一方その声をかき消すほど、期待と興味の視線が一人に注がれているにも違いなかった。

何処にでもいる普通の女性。

そんな人が一夜にして巨万の富を築いたのだ。

子供を出産したところで負担ばかりが増えていき、国から見放されるこの時勢。

育てて働くなんて出来やしない、けれどお金も足りやしない。

そう悩む女性たちは案外少ないものではなかった。

こうして世の女性たちは婦人のように札束を出産するためどうするべきか必死に頭を悩ませた。

けれど自身のその願望がやはり非道徳的だと彼女たちは知っていた。決して口にすることはなく、けれど密かに情報を水面下でかき集めた。

本屋の店頭に置いてある「札束出産!」の見出しが躍る週刊誌には目もくれず、それどころかいつも以上に足早に通り過ぎて見せた。

が、家に帰れば携帯に飛びつき確認した週刊誌をインターネットで取り寄せる。

婦人について取り上げる雑誌は本屋から無くならないのに某通販サイトのランキングには一位に長らく君臨したのは女性達の見栄と欲が見え隠れする結果だった。
 

さて、札束を生んだ数か月後。

婦人は自身の夫と離婚した。

数十年連れ添ったが、夫婦仲は以前から寒々冷え切っていた。

申し訳程度に寝室を共にしてはいたものの、ほのかに夫についていた知らぬ女性の影、形さえ問いただす事もなく見て見ぬふりをするだけだった。

全ては夫が稼いでくるわずかな生活費のためだった。

けれど、ほんの一夜にして状況はがらり一変した。

「私と離婚してください。」

 そう言い放った婦人はいつもの妻とは違う人間だった。

生活のためと割り切ったあの諦めの表情は忘れたように堂々とこちらを見つめて座っていた。

これが金の力なのか。

机をすべる離婚届と婦人を見比べ、そう思ったと、離婚直後に夫は語った。

確かに彼女はすっかり変わった。

立派なマンションに住まいを移した。

十年住んだ家とは違う窓の広い部屋だった。

テレビは毎日ひっぱりだこ。

本はひっそり飛ぶように売れた。

 
ある日のテレビ番組も、婦人は快く出演した。

そしてこの日の番組が世の女性を、男性すらも突き動かす事となった。

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