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小人達の家に逃げ込んで数日が経ちました。
家事をすることも許されず、当然打ち解けることもなく、ただ意味のこもった視線だけ見て見ぬ振りをする毎日。
非日常に投げ込まれ数ヵ月が矢のように過ぎようとしておりました。
身分の違いから追い込まれた自由はあまりに不自由でした。
けれどそんな毎日も、恐ろしいほど穏やかに朝を迎えるようになり退屈に寂しさすら見いだすようになっておりました。
きっと、この時わたくしの非日常が日常へと変わろうとしていたのです。
何をすることも許されず、ためらう気持ちを国歌に変えて小さく口ずさむ毎日。
ただのわたくしになることに憧れ、夢見た時代は過ぎて、自身の生まれに囚われる覚悟を世間知らずな体に雨だれのように染み込ませておりました。
初めは身震いした雨も諦めれば、それは案外当たり前の顔をして過ぎていくものでした。
びちゃびちゃ湿る足元も気にも止めず一歩一歩歩けるようになりました。
希望などありません。
掲げられる運命だけがただ真実の顔をしておりました。
本当の自分は死んだのです。
強張る足を引きずりながら自身にそう言い聞かせ運命へと一歩一歩確実に近づいておりました。
そんなある日だったのです。
それは出鱈目な歌からはじまりました。
小人達が仕事に出て、何も許されることはなくいつものように家で一人歌を口ずさんでいる時でした。
聞き覚えのない音が時折国歌に絡まるのをわたくしは気付きました。
小鳥の声でもありません。
風の音でもありません。
音は、音階に形を変えて少しずつ近づいてきます。
窓にそっと近寄りました。
久しぶりの青空でした。
日々が不自由になってから、外に出るのもためらって空を見るのも切なくてこうして澄んだ景色を見るのは久しぶりに思いました。
そっと窓を開けてみれば溢れるような日差しが体に染み渡るのを感じました。
緑の香りが鼻に抜け、溶けた色の木漏れ日が細めた目に降り注ぎます。
音に導かれて広がっていく目の前の光景は全て懐かしく輝かしく、騒がしいほど感情をかき鳴らして行きました。
少しずつ近づいてくる音は曲とも言い難い調子外れたものでした。
なんと言ってるかわからない言葉を低く高く音に乗せ、声を潜めたかと思えば叫んで聞いたこともない歌となってゆっくりと忍び寄っておりました。
それは、明らかに不穏な空気が近づこうとしておりました。
けれど、歌を奏でるその声をわたくしはたしかにどこかで聞いたことがありました。
音はどうやらこちらの方に向かっているようでした。
駆けるように、這うように。
時折歌声の速度は出鱈目に変わりこちらにその声の主が近づいてくるのが見えました。
真っ黒い雑巾のような布でした。
けれど、そこから皺だらけの枯れ枝のような細い手足が伸びているのが見えました。
杖を使いずるりずるり、重たく布を引きずりながらこちらへと近づきます。
目深までかぶる布が少しばかりはだけました。
きゃっと小さく叫びました。
そこあるのはすっかり変わった、あの継母の姿でした
家事をすることも許されず、当然打ち解けることもなく、ただ意味のこもった視線だけ見て見ぬ振りをする毎日。
非日常に投げ込まれ数ヵ月が矢のように過ぎようとしておりました。
身分の違いから追い込まれた自由はあまりに不自由でした。
けれどそんな毎日も、恐ろしいほど穏やかに朝を迎えるようになり退屈に寂しさすら見いだすようになっておりました。
きっと、この時わたくしの非日常が日常へと変わろうとしていたのです。
何をすることも許されず、ためらう気持ちを国歌に変えて小さく口ずさむ毎日。
ただのわたくしになることに憧れ、夢見た時代は過ぎて、自身の生まれに囚われる覚悟を世間知らずな体に雨だれのように染み込ませておりました。
初めは身震いした雨も諦めれば、それは案外当たり前の顔をして過ぎていくものでした。
びちゃびちゃ湿る足元も気にも止めず一歩一歩歩けるようになりました。
希望などありません。
掲げられる運命だけがただ真実の顔をしておりました。
本当の自分は死んだのです。
強張る足を引きずりながら自身にそう言い聞かせ運命へと一歩一歩確実に近づいておりました。
そんなある日だったのです。
それは出鱈目な歌からはじまりました。
小人達が仕事に出て、何も許されることはなくいつものように家で一人歌を口ずさんでいる時でした。
聞き覚えのない音が時折国歌に絡まるのをわたくしは気付きました。
小鳥の声でもありません。
風の音でもありません。
音は、音階に形を変えて少しずつ近づいてきます。
窓にそっと近寄りました。
久しぶりの青空でした。
日々が不自由になってから、外に出るのもためらって空を見るのも切なくてこうして澄んだ景色を見るのは久しぶりに思いました。
そっと窓を開けてみれば溢れるような日差しが体に染み渡るのを感じました。
緑の香りが鼻に抜け、溶けた色の木漏れ日が細めた目に降り注ぎます。
音に導かれて広がっていく目の前の光景は全て懐かしく輝かしく、騒がしいほど感情をかき鳴らして行きました。
少しずつ近づいてくる音は曲とも言い難い調子外れたものでした。
なんと言ってるかわからない言葉を低く高く音に乗せ、声を潜めたかと思えば叫んで聞いたこともない歌となってゆっくりと忍び寄っておりました。
それは、明らかに不穏な空気が近づこうとしておりました。
けれど、歌を奏でるその声をわたくしはたしかにどこかで聞いたことがありました。
音はどうやらこちらの方に向かっているようでした。
駆けるように、這うように。
時折歌声の速度は出鱈目に変わりこちらにその声の主が近づいてくるのが見えました。
真っ黒い雑巾のような布でした。
けれど、そこから皺だらけの枯れ枝のような細い手足が伸びているのが見えました。
杖を使いずるりずるり、重たく布を引きずりながらこちらへと近づきます。
目深までかぶる布が少しばかりはだけました。
きゃっと小さく叫びました。
そこあるのはすっかり変わった、あの継母の姿でした
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