春を待つ森

ねおきてる

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黒い狼

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 太陽が高く上ったころ、狼さんはガサゴソという物音で目覚めました。


ぐるりとあたりを見まわしても、リスさんはどこにも見当たりません。


どうやら冬眠の寝床の様子を見るため出かけてしまったようです。


あんなに輝いていた太陽も大きな雲に飲み込まれ、暗くなった森の中、徐々に近づく物音に狼さんは怖くなりました。


目の前の茂みの揺れがしだいに大きくなっていきます。


起きたばかりで乾いた口はもっとカラカラになってしまって、手足はもう、ガクガクブルブル。


耳もしっぽもオジギソウのようにシュンと垂れてしまいました。


突然、音が止まったと思うと、バサバサ!という音と共に黒々とした大きな影が狼さんの前に飛び出しました。


ヒャッと狼さんは小さく叫んで尻餅をついてしまいました。


「やれやれ、お前も仲間かい。」


黒い影の正体は、そうため息交じりに言いました。


狼さんが立ち上がって、影をよくよく見てみると、そこにいたのは年を取った真っ黒い毛並みの狼でした。


毛には全く艶がなく所々色あせて、そのくせ見据える緑の瞳はギラギラと光っています。


迫る迫力に圧倒されて、狼さんはガクガク震えて、何も答えることができません。


「獲物を探しに来たのだけれど、お前ここらで、いい場所を知らないかい?」


狼は、答えも待たずに、そう早口で聞きました。


「獲物って?」


荒く吐き出す呼吸の中、ギラギラ光る緑の瞳に、蚊の鳴くような小さな声で、そう聞くのが精一杯でした。


「お前、何言ってるんだい。」


狼は少しいらだったように言いました。


「決まっているじゃないか、ウサギや、キツネ、リスなんかだよ!」


ドキリとして、狼さんは思わず目をそらしました。


朝に見たリスさんのまぁるいおなかが頭をぐるぐる駆け巡ります。


「いや・・・僕もここでは見たことがありません・・・」


狼さんは、ぼんやりした頭で、そう嘘を言いました。


「お前、エサもないこんなところで、何を食べて過ごしてるんだい!」


そう大きな声で怒鳴られて、狼さんは縮みあがりました。


年老いた狼は、よく見れば体中傷だらけでした。


泥にまみれた前足やどこでぶつけたのか大きなこぶがある後ろ足。


枯草を集めたようなしっぽも、狼さんのものより、ずっとずっと短くて、思わず息をのみました。


「お前、ここにいて大丈夫なのかい。」


少しずつ落ち着いてきたのか、黒い狼は静かな声で、そう狼さんに聴きました。


「私だって、子供がいなかったら、きっとこうはならなかったろうさ。けれど、私ら狼以外の動物は、みーんな冬眠に入っちまうから家族みんなで生きてくためには獲物を探さなきゃならないんだよ。」


それは、さっきとは打って変わって優しく静かな声でした。


驚いて顔を上げるとギラギラ光る瞳は消えて、深く穏やかな眼差しでじっと狼さんを見ていました。


「お前も長生きをしようと思うなら、こんな所出てくことだね。確かに景色はいいけれど、生きていくってことは、そう生易しいことではないからね。」


じゃあ、先にお暇するよ、と言いながら年老いた狼は足を引きずり去っていきました。
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