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アルディス伯爵家の屋敷の最奥。
そこに、誰も近づかない“物置部屋”がある。
湿気で壁紙は剥がれ、
床は冷たく、
窓は小さくて光がほとんど入らない。
その部屋の片隅で、
ひとりの少女が静かに目を開けた。
セレナ・アルディス。
アルディス伯爵家の――
唯一の実の娘。
本来なら、
この家の未来を担う跡取り。
だが現実は、
使用人以下の扱いだった。
セレナは薄い毛布を肩にかけ、
ゆっくりと起き上がる。
(……今日も、やることがたくさん……)
机の上には、
山のように積まれた帳簿。
税の計算、商会との取引記録、
屋敷の支出と収入の管理。
本来なら家令や執事が行う仕事。
だが――
「跡取りなら、これくらいできて当然でしょう?」
継母の冷たい声が脳裏に浮かぶ。
セレナは静かに微笑んだ。
(……できることがあるなら、やらなきゃ……)
誰も褒めてくれなくても。
誰も見ていなくても。
ただ、
“自分にできること”をするだけ。
食堂の扉を開けると、
継母と義妹が豪華な朝食を囲んでいた。
父は新聞を読み、
セレナには目も向けない。
義妹のリリアが、
わざとらしく笑った。
「またその服?
伯爵家の娘とは思えないわね」
セレナの服は、
継母が「捨てるつもりだった」古いドレス。
裾はほつれ、色も褪せている。
継母は冷たく言った。
「セレナ。
あなたの席はそこよ」
指さしたのは、
食卓の端に置かれた小さな椅子。
セレナは静かに座る。
目の前に置かれた皿には、
固くなったパンと薄いスープ。
義妹の皿には、
肉と野菜がたっぷり盛られている。
(……これでも、食べられるだけありがたい……)
そう思いながら、
セレナはパンを口に運んだ。
朝食後、継母が言った。
「昨日の帳簿、間違いがあったわよ」
セレナは顔を上げた。
「……そんな……確認は何度も……」
「言い訳は結構。
罰として十回」
セレナは静かに頷いた。
(……間違っていないはず……
でも、逆らっても意味がない……)
庭の奥の倉庫。
鞭の音が響く。
パシィンッ!!
セレナは声を上げない。
涙も流さない。
(……痛い……
でも……大丈夫……
これくらい……慣れてる……)
背中に走る痛みを、
ただ静かに受け止めた。
夕方。
継母がセレナを呼びつけた。
「セレナ。
今夜の夜会に同行しなさい」
セレナは驚いた。
「……わたしが……ですか?」
「世間体よ。
“伯爵家の娘が一人しかいない”なんて噂されたら困るの」
義妹のリリアが笑う。
「でも安心して。
あなたは“背景”だから。
目立たないようにしてね?」
セレナは静かに頷いた。
(……わたしが行っても……
誰も気づかない……)
継母は古いドレスを投げつけた。
「これを着なさい。
どうせ誰もあなたなんて見ないわ」
セレナはドレスを抱きしめた。
(……ボロでも……
行けるだけ……嬉しい……)
初めての夜会。
初めての社交界。
胸が少しだけ高鳴った。
(……どんな世界なんだろう……)
このときのセレナは、
まだ知らなかった。
その夜、運命が動き出すことを。
そこに、誰も近づかない“物置部屋”がある。
湿気で壁紙は剥がれ、
床は冷たく、
窓は小さくて光がほとんど入らない。
その部屋の片隅で、
ひとりの少女が静かに目を開けた。
セレナ・アルディス。
アルディス伯爵家の――
唯一の実の娘。
本来なら、
この家の未来を担う跡取り。
だが現実は、
使用人以下の扱いだった。
セレナは薄い毛布を肩にかけ、
ゆっくりと起き上がる。
(……今日も、やることがたくさん……)
机の上には、
山のように積まれた帳簿。
税の計算、商会との取引記録、
屋敷の支出と収入の管理。
本来なら家令や執事が行う仕事。
だが――
「跡取りなら、これくらいできて当然でしょう?」
継母の冷たい声が脳裏に浮かぶ。
セレナは静かに微笑んだ。
(……できることがあるなら、やらなきゃ……)
誰も褒めてくれなくても。
誰も見ていなくても。
ただ、
“自分にできること”をするだけ。
食堂の扉を開けると、
継母と義妹が豪華な朝食を囲んでいた。
父は新聞を読み、
セレナには目も向けない。
義妹のリリアが、
わざとらしく笑った。
「またその服?
伯爵家の娘とは思えないわね」
セレナの服は、
継母が「捨てるつもりだった」古いドレス。
裾はほつれ、色も褪せている。
継母は冷たく言った。
「セレナ。
あなたの席はそこよ」
指さしたのは、
食卓の端に置かれた小さな椅子。
セレナは静かに座る。
目の前に置かれた皿には、
固くなったパンと薄いスープ。
義妹の皿には、
肉と野菜がたっぷり盛られている。
(……これでも、食べられるだけありがたい……)
そう思いながら、
セレナはパンを口に運んだ。
朝食後、継母が言った。
「昨日の帳簿、間違いがあったわよ」
セレナは顔を上げた。
「……そんな……確認は何度も……」
「言い訳は結構。
罰として十回」
セレナは静かに頷いた。
(……間違っていないはず……
でも、逆らっても意味がない……)
庭の奥の倉庫。
鞭の音が響く。
パシィンッ!!
セレナは声を上げない。
涙も流さない。
(……痛い……
でも……大丈夫……
これくらい……慣れてる……)
背中に走る痛みを、
ただ静かに受け止めた。
夕方。
継母がセレナを呼びつけた。
「セレナ。
今夜の夜会に同行しなさい」
セレナは驚いた。
「……わたしが……ですか?」
「世間体よ。
“伯爵家の娘が一人しかいない”なんて噂されたら困るの」
義妹のリリアが笑う。
「でも安心して。
あなたは“背景”だから。
目立たないようにしてね?」
セレナは静かに頷いた。
(……わたしが行っても……
誰も気づかない……)
継母は古いドレスを投げつけた。
「これを着なさい。
どうせ誰もあなたなんて見ないわ」
セレナはドレスを抱きしめた。
(……ボロでも……
行けるだけ……嬉しい……)
初めての夜会。
初めての社交界。
胸が少しだけ高鳴った。
(……どんな世界なんだろう……)
このときのセレナは、
まだ知らなかった。
その夜、運命が動き出すことを。
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