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夜会の翌日。
アルディス伯爵家の朝は、いつもと変わらず冷たかった。
セレナは、
薄暗い物置部屋で背中の痛みに耐えながら
帳簿を開いていた。
(……昨日のこと……夢じゃないよね……)
レオンの手の温もり。
あのまっすぐな瞳。
思い出すだけで胸が熱くなる。
だが――
その静かな時間は、
突然の騒ぎで破られた。
「お母様! 大変よ!
ヴァルター公爵家の馬車が来てる!!」
義妹リリアの叫び声が響く。
セレナは手を止めた。
(……公爵家……?
どうして……)
継母の声が続く。
「まあ! ついにリリアを選びに来たのね!」
「やっぱり! 昨日の夜会で私に一目惚れしたのよ!」
セレナは胸が締めつけられた。
(……そうだよね……
あんなに綺麗な妹を見たら……
わたしなんか……)
静かに帳簿を閉じ、
物置部屋の扉に耳を当てる。
廊下の向こうから、
重厚な靴音が近づいてくる。
コツ、コツ、コツ――
その音は、
この家の誰とも違う。
堂々としていて、
迷いがない。
(……まさか……)
心臓が早鐘を打つ。
応接室の扉が開く音がした。
「ヴァルター公爵レオン様がお越しです!」
執事の声が震えている。
継母とリリアは、
宝石のような笑顔を浮かべて立ち上がった。
「まあ、公爵様……!
ようこそお越しくださいました!」
リリアは胸元を強調するように姿勢を整え、
甘い声で言う。
「昨日はお話できて嬉しかったですわ、公爵様」
だがレオンは、
二人を一瞥しただけで
まったく興味を示さなかった。
「……セレナ嬢はどこに?」
空気が凍りついた。
継母の笑顔が引きつる。
「……せ、セレナ……?
あの子に何のご用が……?」
レオンは静かに言った。
「彼女に会いに来ました」
リリアの顔から血の気が引く。
「お、お姉様に……?
どうして……?」
レオンの瞳は冷たかった。
「理由が必要ですか?」
継母は慌てて取り繕う。
「セレナは……その……
今は、家の仕事で忙しく――」
「呼んでください」
レオンの声は低く、
拒否を許さない。
継母は震えながら使用人に命じた。
「……セレナを……呼んできなさい……」
セレナは、
自分の部屋の扉がノックされるのを聞いて
思わず身を固くした。
「セレナ様……
公爵様がお呼びです……」
(……わたし……?)
信じられない気持ちで立ち上がる。
背中の痛みが走るが、
それでも歩き出した。
廊下に出ると、
使用人たちが驚いた顔でセレナを見た。
(……こんな姿で……
公爵様の前に出るなんて……)
古びたドレス。
乱れた髪。
手の甲の傷。
恥ずかしさで胸が苦しくなる。
だが――
応接室の扉を開けた瞬間。
レオンの表情が変わった。
驚き、
怒り、
そして深い悲しみ。
「……セレナ……」
彼はゆっくりと近づき、
セレナの手をそっと取った。
袖口がずれ、
手の甲の鞭痕が露わになる。
レオンの瞳が鋭く光った。
「これは……誰が?」
セレナは慌てて手を引こうとする。
「ち、違うんです……
わたしが……悪い子だから……」
レオンはその言葉に
明らかに怒りを覚えた。
「あなたが悪い?
そんなはずがない」
継母が割り込む。
「セレナは昔から問題ばかりで――」
レオンは継母を睨んだ。
「黙りなさい」
その声は、
氷のように冷たかった。
「彼女の傷も、
この扱いも、
すべて……あなた方の仕業ですね」
継母とリリアは青ざめる。
レオンはセレナの肩に手を置き、
優しく言った。
「セレナ。
あなたを迎えに来ました」
セレナの瞳が揺れる。
「……わたしを……?」
「あなたを、
この家から連れ出すために」
セレナは息を呑んだ。
(……わたしを……
救いに来てくれた……?)
レオンは続けた。
「あなたを……
私の妻に迎えたい」
応接室に、
誰も声を出せない沈黙が落ちた。
セレナの世界が、
静かに、しかし確実に変わり始めた。
アルディス伯爵家の朝は、いつもと変わらず冷たかった。
セレナは、
薄暗い物置部屋で背中の痛みに耐えながら
帳簿を開いていた。
(……昨日のこと……夢じゃないよね……)
レオンの手の温もり。
あのまっすぐな瞳。
思い出すだけで胸が熱くなる。
だが――
その静かな時間は、
突然の騒ぎで破られた。
「お母様! 大変よ!
ヴァルター公爵家の馬車が来てる!!」
義妹リリアの叫び声が響く。
セレナは手を止めた。
(……公爵家……?
どうして……)
継母の声が続く。
「まあ! ついにリリアを選びに来たのね!」
「やっぱり! 昨日の夜会で私に一目惚れしたのよ!」
セレナは胸が締めつけられた。
(……そうだよね……
あんなに綺麗な妹を見たら……
わたしなんか……)
静かに帳簿を閉じ、
物置部屋の扉に耳を当てる。
廊下の向こうから、
重厚な靴音が近づいてくる。
コツ、コツ、コツ――
その音は、
この家の誰とも違う。
堂々としていて、
迷いがない。
(……まさか……)
心臓が早鐘を打つ。
応接室の扉が開く音がした。
「ヴァルター公爵レオン様がお越しです!」
執事の声が震えている。
継母とリリアは、
宝石のような笑顔を浮かべて立ち上がった。
「まあ、公爵様……!
ようこそお越しくださいました!」
リリアは胸元を強調するように姿勢を整え、
甘い声で言う。
「昨日はお話できて嬉しかったですわ、公爵様」
だがレオンは、
二人を一瞥しただけで
まったく興味を示さなかった。
「……セレナ嬢はどこに?」
空気が凍りついた。
継母の笑顔が引きつる。
「……せ、セレナ……?
あの子に何のご用が……?」
レオンは静かに言った。
「彼女に会いに来ました」
リリアの顔から血の気が引く。
「お、お姉様に……?
どうして……?」
レオンの瞳は冷たかった。
「理由が必要ですか?」
継母は慌てて取り繕う。
「セレナは……その……
今は、家の仕事で忙しく――」
「呼んでください」
レオンの声は低く、
拒否を許さない。
継母は震えながら使用人に命じた。
「……セレナを……呼んできなさい……」
セレナは、
自分の部屋の扉がノックされるのを聞いて
思わず身を固くした。
「セレナ様……
公爵様がお呼びです……」
(……わたし……?)
信じられない気持ちで立ち上がる。
背中の痛みが走るが、
それでも歩き出した。
廊下に出ると、
使用人たちが驚いた顔でセレナを見た。
(……こんな姿で……
公爵様の前に出るなんて……)
古びたドレス。
乱れた髪。
手の甲の傷。
恥ずかしさで胸が苦しくなる。
だが――
応接室の扉を開けた瞬間。
レオンの表情が変わった。
驚き、
怒り、
そして深い悲しみ。
「……セレナ……」
彼はゆっくりと近づき、
セレナの手をそっと取った。
袖口がずれ、
手の甲の鞭痕が露わになる。
レオンの瞳が鋭く光った。
「これは……誰が?」
セレナは慌てて手を引こうとする。
「ち、違うんです……
わたしが……悪い子だから……」
レオンはその言葉に
明らかに怒りを覚えた。
「あなたが悪い?
そんなはずがない」
継母が割り込む。
「セレナは昔から問題ばかりで――」
レオンは継母を睨んだ。
「黙りなさい」
その声は、
氷のように冷たかった。
「彼女の傷も、
この扱いも、
すべて……あなた方の仕業ですね」
継母とリリアは青ざめる。
レオンはセレナの肩に手を置き、
優しく言った。
「セレナ。
あなたを迎えに来ました」
セレナの瞳が揺れる。
「……わたしを……?」
「あなたを、
この家から連れ出すために」
セレナは息を呑んだ。
(……わたしを……
救いに来てくれた……?)
レオンは続けた。
「あなたを……
私の妻に迎えたい」
応接室に、
誰も声を出せない沈黙が落ちた。
セレナの世界が、
静かに、しかし確実に変わり始めた。
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