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第3話 訪問者と、張りつめた空気
翌朝の孤児院は、いつもより騒がしかった。
院長が朝から怒鳴り散らし、廊下を何度も往復している。
「ちょっと! そこに埃が残ってるじゃないの!
視察が来るのよ、もっと丁寧にやりなさい!」
子どもたちは怯えながら、必死で掃除をしていた。
ルーチェは廊下の雑巾がけをしながら、
袖の下に隠した痣が痛むのを感じた。
(……また怒られるんだろうな)
院長は、ルーチェにだけ特に厳しかった。
掃除をしていると、年下の子がそっと近づいてきた。
「ルーチェ……昨日も院長に叩かれてたよね……」
「うん。でも、大丈夫だよ」
「どうしてルーチェだけ、いつも怒られるの?」
ルーチェは少しだけ迷ってから、
小さく笑って答えた。
「……私、昔から“気味の悪い子”って言われてたから」
「気味の悪い……?」
「うん。小さい頃、熱を出した子の手を握ったら、
すぐに熱が下がったことがあって……
それから院長に“変な子”って言われるようになったの」
「それって……すごいことじゃないの?」
「でも院長は、そう思わなかったみたい」
院長は、ルーチェが誰かを癒すたびに怒鳴った。
「気味の悪い光を出すんじゃない!」
「他の子に触るな!」
「あんたみたいな子、うちにはいらない!」
その言葉は、ルーチェの心に深く刻まれていた。
昼前、院長は子どもたちを食堂に集めた。
「いい? 今日来るのは国の役人よ。
“食事は足りていますか?”と聞かれたら、
“はい、十分です”って答えるの!」
子どもたちは不安そうにうつむく。
院長の視線が、真っ先にルーチェへ向けられた。
「特にあんたよ、ルーチェ。
余計なことを言ったら……分かってるわね?」
「……はい」
「声が小さい!」
ルーチェは肩を震わせながら、深く頭を下げた。
昼過ぎ。
孤児院の門の前に、一台の馬車が止まった。
黒い外套をまとった男性が降り立ち、
孤児院の建物を静かに見上げる。
院長は慌てて駆け寄り、
作り笑いを浮かべた。
「ようこそ、いらっしゃいました!
こちらは清らかな孤児院でして──」
「アーデル家より参りました。
当主エドガー・アーデルの使いです」
院長の顔が一瞬ひきつる。
「ア、アーデル家……?
あの、祝福の守護家系の……?」
「はい。
この孤児院に“特別な子”がいると聞きまして」
院長は一瞬、ルーチェの方を見た。
しかしすぐに笑顔を作り直す。
「と、とんでもありませんわ!
うちには普通の子どもしか──」
「子どもたちを見せていただけますか」
使いの声は穏やかだが、拒否を許さない強さがあった。
食堂に並んだ子どもたちを、
アーデル家の使いは一人ひとり丁寧に見ていく。
その視線は優しく、
院長のような威圧感はなかった。
ルーチェの前に立った時、
使いはほんのわずかに目を細めた。
(……昨日、庭で見た人だ)
「あなた……名前は?」
「ルーチェ……です」
「そうですか」
使いはそれ以上何も言わず、
静かに視線を外した。
院長は焦ったように口を挟む。
「ルーチェは……その、手が遅くて!
掃除も食事も、他の子の邪魔ばかり──
昔から“気味の悪い子”でしてね!」
ルーチェは小さく肩をすくめた。
使いは淡々と返す。
「そうですか」
しかしその目は、
院長の言葉を信じていないように見えた。
視察が終わると、
使いは院長に向き直った。
「本日はありがとうございました。
後日、当主より正式な連絡があるかと思います」
「え、ええ……もちろんですわ!」
院長は笑顔を貼りつけたまま、
使いを門まで見送った。
馬車が去った後、
院長は深いため息をつく。
「まったく……余計なことを……」
院長の視線がルーチェに向けられる。
「ルーチェ。あとで私の部屋に来なさい」
ルーチェは小さく頷いた。
(……また怒られる)
胸がぎゅっと縮む。
けれど──
その夜、馬車の中で使いは静かに呟いた。
「……あの子だ。
“光”の気配を宿すのは」
孤児院の運命は、
静かに変わり始めていた。
院長が朝から怒鳴り散らし、廊下を何度も往復している。
「ちょっと! そこに埃が残ってるじゃないの!
視察が来るのよ、もっと丁寧にやりなさい!」
子どもたちは怯えながら、必死で掃除をしていた。
ルーチェは廊下の雑巾がけをしながら、
袖の下に隠した痣が痛むのを感じた。
(……また怒られるんだろうな)
院長は、ルーチェにだけ特に厳しかった。
掃除をしていると、年下の子がそっと近づいてきた。
「ルーチェ……昨日も院長に叩かれてたよね……」
「うん。でも、大丈夫だよ」
「どうしてルーチェだけ、いつも怒られるの?」
ルーチェは少しだけ迷ってから、
小さく笑って答えた。
「……私、昔から“気味の悪い子”って言われてたから」
「気味の悪い……?」
「うん。小さい頃、熱を出した子の手を握ったら、
すぐに熱が下がったことがあって……
それから院長に“変な子”って言われるようになったの」
「それって……すごいことじゃないの?」
「でも院長は、そう思わなかったみたい」
院長は、ルーチェが誰かを癒すたびに怒鳴った。
「気味の悪い光を出すんじゃない!」
「他の子に触るな!」
「あんたみたいな子、うちにはいらない!」
その言葉は、ルーチェの心に深く刻まれていた。
昼前、院長は子どもたちを食堂に集めた。
「いい? 今日来るのは国の役人よ。
“食事は足りていますか?”と聞かれたら、
“はい、十分です”って答えるの!」
子どもたちは不安そうにうつむく。
院長の視線が、真っ先にルーチェへ向けられた。
「特にあんたよ、ルーチェ。
余計なことを言ったら……分かってるわね?」
「……はい」
「声が小さい!」
ルーチェは肩を震わせながら、深く頭を下げた。
昼過ぎ。
孤児院の門の前に、一台の馬車が止まった。
黒い外套をまとった男性が降り立ち、
孤児院の建物を静かに見上げる。
院長は慌てて駆け寄り、
作り笑いを浮かべた。
「ようこそ、いらっしゃいました!
こちらは清らかな孤児院でして──」
「アーデル家より参りました。
当主エドガー・アーデルの使いです」
院長の顔が一瞬ひきつる。
「ア、アーデル家……?
あの、祝福の守護家系の……?」
「はい。
この孤児院に“特別な子”がいると聞きまして」
院長は一瞬、ルーチェの方を見た。
しかしすぐに笑顔を作り直す。
「と、とんでもありませんわ!
うちには普通の子どもしか──」
「子どもたちを見せていただけますか」
使いの声は穏やかだが、拒否を許さない強さがあった。
食堂に並んだ子どもたちを、
アーデル家の使いは一人ひとり丁寧に見ていく。
その視線は優しく、
院長のような威圧感はなかった。
ルーチェの前に立った時、
使いはほんのわずかに目を細めた。
(……昨日、庭で見た人だ)
「あなた……名前は?」
「ルーチェ……です」
「そうですか」
使いはそれ以上何も言わず、
静かに視線を外した。
院長は焦ったように口を挟む。
「ルーチェは……その、手が遅くて!
掃除も食事も、他の子の邪魔ばかり──
昔から“気味の悪い子”でしてね!」
ルーチェは小さく肩をすくめた。
使いは淡々と返す。
「そうですか」
しかしその目は、
院長の言葉を信じていないように見えた。
視察が終わると、
使いは院長に向き直った。
「本日はありがとうございました。
後日、当主より正式な連絡があるかと思います」
「え、ええ……もちろんですわ!」
院長は笑顔を貼りつけたまま、
使いを門まで見送った。
馬車が去った後、
院長は深いため息をつく。
「まったく……余計なことを……」
院長の視線がルーチェに向けられる。
「ルーチェ。あとで私の部屋に来なさい」
ルーチェは小さく頷いた。
(……また怒られる)
胸がぎゅっと縮む。
けれど──
その夜、馬車の中で使いは静かに呟いた。
「……あの子だ。
“光”の気配を宿すのは」
孤児院の運命は、
静かに変わり始めていた。
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