あなたの行いは全て、あなたへと還る

lemuria

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百年目

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 * 3 *

 わたしは嫌われている。
 一人や二人からではない。この国の貴族の全てからだ。

 それには理由がある。

 百年前、私の家、アークライト公爵家は外患誘致を企てて国家の転覆を謀った。だが、実行の直前になって協力者の密告によって計画は露見し、失敗に終わった。
 未遂とはいえ立派な反逆罪だ。
 当然、代償として家は取り潰し、一族郎党処刑されるところだったのだが、ある盟約を結ぶ事を条件に、処刑を免れ、家を存続させる事を許されたのだ。

 それは、百年間このサルヴァニア王国の不満の受け皿になること。


 名目上は裁判権の放棄だ。
 それはつまり言い換えると、私たちは何をされても相手を罪に問う事ができないということ。

 それはまるで玄関に敷かれた絨毯のように、踏み付けられ、汚され、ボロボロになったとしても、それを受け入れるしかないという事なのだ。

 貴族は皆、幼少期より、アークライト公爵家の罪を教育される。全ての悪い出来事をアークライト家のせいにして、恨みも憎しみも鬱憤も私たちで晴らすように仕向ける。

 そうやってアークライト公爵家はこの百年間生きてきた。


 今日もまた階段から突き落とされた。突き落としたのはいつもの輩。マルシェリア侯爵令嬢とその取り巻きたちだ。

 最初こそバレないようにやってきていたが、今はもう隠す気もないのだろう。

 そいつらはニヤニヤしながら階段の上から私を見下ろしている。

 その他の人たちはまたかと呆れていたり、もう日常と化した光景に無関心な人も多い。
 咎める者はいない。助けてくれる者なんていない。そんなものを期待する心なんて、六歳の洗礼式を終えたときにはもう持ち合わせていなかった。

 心がどれだけ乾燥して、涙が枯れ果てていたところで、痛いものは痛い。
 落ちた時に挫いた左の足首は腫れ上がり、まともに立てそうにない。

 手すりに捕まりながら片足で必死に立ちあがろうとしているところに声をかけて来る男がいた。

 この男は私の婚約者、サルヴァニア王国の第一王子ネイヴァン殿下だ。アークライト家なんかと縁談を持った理由は簡単だ。王家のやることに干渉できないからだ。発言権など皆無のアークライト家なら完全に支配できる。従順な奴隷を飼うようなものだ。


 ネイヴァン殿下は私に手を差し伸べながら言う。

「リディア、大丈夫かい?いつも言ってるだろう。もっと気をつけて歩く様にと。ほら、騒がせたことを皆に謝罪しなさい。大丈夫、私はそんな君でもちゃんと愛しているよ」

 殿下の手に捕まって痛む足を引きずりながら歩かされる。

 ネイヴァン殿下は私を気に入り、婚約の打診を行ったそうだ。それを聞いて本当に少しだけ期待してしまったのが、悔しくてならない。

 今回も、私が不注意で階段から落ちたと本気で思っている。何度も違うと言ったし、突き落とされたんだと言っても、全く聞き入れて貰えなかった。

 結局、「そんな私」を婚約者として受け入れている自分に酔っているだけで、私自身を見ようともしていないのだ。


 * 2 *


「お前には不正容疑がかかっている」

 呼び出されたのは、王立学園の筆記試験の翌日だった。
 白い机の前に座る教師が、いつも通りの声で言った。

 私はもちろん不正などしていない。けれど、このやり取りはもう恒例行事だ。試験のたびに呼び出され、何かと難癖をつけられる。

「まったく……何度言っても懲りないやつだな。置かれた立場を理解しろよ。試験の結果が公表される以上、お前が一位になるわけにはいかないことぐらいわかるだろ」

 教師は紙束を机に叩きつけた。私は唇を噛みながら俯く。

「一番上はネイヴァン殿下で、お前は最下位付近だ。寄付金がなくなっては困るからな。お前がいくら努力したって無駄なことだ。ほら、とっととその不正の自白書と謝罪書にサインしなさい。その後処罰の鞭打ちを終えたら、殿下に直接謝罪しに行くように」

 いくら勉強を頑張ったところで報われないことぐらいわかっている。だけどいくら無駄な努力と言われても、自分で努力を否定するのだけは絶対に嫌だった。どれだけ背中を打たれても、曲げられない意地だった。



「頭が良くないからって不正するのは感心しないな。人であり、貴族である以上、努力を怠ってはいけないよ。ましてや、努力不足を不正で隠そうなんて汚いマネはよすんだ。心まで汚れてしまってはどうしようもない」

 ネイヴァン殿下が言う。罰を受けて憔悴しきった私の様子など気にかけようともしない。気付いてさえいないのだ。

「申し訳、ございません、でした」

「私にだけ謝っても仕方がないからね。皆に謝りに行こう。大丈夫、私もついていくよ。婚約者だし、君を真実に愛しているからね」


 * 1 *


 夜会がたまらなく嫌だった。
 私は肩に火傷の跡がある。昔、燭台の火を肩に当てられてできたものだ。その火傷の痕が奴隷の烙印みたいで、人前に晒す事がとにかく嫌だった。

 侍女にドレスを着せられる。侍女はわざとその火傷の後がよく目立つようなドレスを選ぶ。今日は背中もはだけたドレスだ。鞭で打たれた跡がくっきりと残っていて、今日はそこに目をつけたようだ。跡が隠れないように、髪を高く結い上げられる。

「できましたよ。ほら、さっさと行ってください」


 広間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
 談笑していた貴族たちの視線が、一斉にこちらへ向く。誰も口には出さないが、目だけが私の肩を追っていた。

 その中の一人、この火傷の原因を作ったマルシェリア侯爵令嬢が、扇を口元に寄せて笑う。

「まあ、なんて醜いの」

 腹立たしさと、悔しさが込み上げて来るがぶつける先がない。ぶつける権利を持ち合わせていないのだ。

 何度同じ仕打ちを受けてもなかなか慣れるものではなく、心を噛み殺して、耐えるしかなかった。

「またそうやって傷を見せつけて同情を買おうっていうのか?そういう浅ましさはあまり貴族として品が良いとは言えないな」

 ネイヴァン殿下は、はぁ、とため息をつきながら、汚いものを見るかのような目で、私の肩や背中を見て来る。

「だけど、そうまでして気を引きたい君の気持ちもあるだろう。婚約者として蔑ろにするわけにはいかない。君を愛しているからね。一曲踊ろうか。私が踊るんだ、望み通り注目されるよ」

 本当なら隅の方で誰にも見られず、絡まれないようにやり過ごしたかったのだが、ネイヴァン殿下の相手をさせられてしまう。

 階段から突き落とされた時の足がまだ痛む。左足を庇いつつ、なるべく傷を周囲に見られないように踊りたかったがどうやっても無理だ。

 ネイヴァン殿下の一切私に合わせる気のないステップに、足も体もついていかない。

 とうとうバランスを崩して転倒した時、途中で殿下が踊りをやめた。

「はぁ……君はせっかく私が君のために皆の注目を集めようとしてあげたのに、やる気がないのか?何をそんなに拗ねているんだ」

「殿下、そんなの放っておいて、私と踊りましょう?」

 そう言って、私の傷や怪我のあらゆる原因になったマルシェリアが殿下の腕に胸を当てながら絡みつく。ネイヴァン殿下は振り解こうともせず、嬉しそうにしているが、殿下はこの行為を品が良いとでも思っているのだろうか。


「君は可愛いな。私の婚約者も君ぐらい素直で可愛げがあればいいんだが…….少しは見習って欲しいものだ」

 そう言って、マルシェリアと踊りを始める。

 一曲終わった頃には盛大な拍手が鳴り響く。

「こんな楽しかったのはいつぶりだろう。お礼に今日は最後までエスコートさせてくれないか?」

「もちろんですわ、殿下」

「ほら、君はちゃんと立って歩いてついてきなさい。真実の愛は君に与えているんだから、まさか焼きもちなんて焼かないよな?そんなもの貴族としての品位に欠けるし、他の令嬢たちと交流を持つのは王太子たる私の役目でもあるんだから」

 私は二人の跡を追うように広間を一人で後にする。




 その時、日付が変わる鐘がゴォーン、ゴォーンと辺りに響いた。

 その音を聞いた私の目に枯れたはずの涙が浮かんできた。
 だがそれは、悔しさや悲しさによるものではなかった。

 それどころか心には、充足感と達成感が満ち溢れてきている。

 なぜなら今日で、盟約が結ばれてからちょうど百年目だったからだ。



 * 0    *



「これは一体どういうことだい?リディア」

 明け方、私は隣国のヴェルンハイト軍を引き入れて王宮内を占拠した。この日のために準備していた計画だ。百年前と違ってサルヴァニア王国内に味方はいない。計画が漏れる心配はなかった。侵入経路も警護の配置も事前に知らされていたため、まさに電光石火で占拠は完了した。

 私は広間の中心で、ヴェルンハイトの護衛騎士を携えながら、捕えた貴族の処遇の指示を出していた。

  騒ぎを聞きつけてネイヴァンが、広間に入ってくる。

「あらネイヴァン様、遅いご到着でございますわね」

「ずいぶん今までと雰囲気が違うじゃないか。そんなにこの状況が楽しいのか?」

「ええ、もちろん。ようやく待ちに待った国の呪いから解き放たれたんですもの」

「呪いだって?こんな、隣国の兵を導き入れて、王宮内を占拠して、まるで百年前の外患誘致そのものだ。いくら私でも君を庇いきれないぞ」

「そう!そうなのですよ、ネイヴァン様。過去の罪からちょうど百年が経ちました。つまり……サルヴァニア王家とアークライト公爵家の盟約は満期を迎えました」

「それがどうしたというんだ?終わったからと言ってまた罪を犯すなんて、アークライト家は反省というものを知らないのか?」

「あら?それは違いますわ、ネイヴァン様。盟約は満期を迎えましたが、まだ続きがあるのです。百年経過したら、今後の国の命運をアークライト公爵家に委ねる……と」

「冗談も大概にしなさい。リディア、君の妄想に付き合う気はないよ。今すぐ皆を解放するんだ」

「ご存知ないようなので、改めて盟約の内容をお教え致しますわ。アークライト家は百年前、圧政により民を虐げていたサルヴァニア王家に対し、外国の力を借りての反逆を企てました。計画は上手くいかず、当時の当主たちは捕まり、処刑されるところでした。ですが、その際に王との交渉により、処刑、取りつぶしを免れる事になりました。

 皆様ご存知の通り、百年国民の不満の受け皿になれ、ということです。

 私たちが悪者になり、不満を全て私たちのせいにすることで、矛先を逸らすことに成功したのです。ですが、百年の後に盟約が切れ不要となった公爵家は、そのまま処刑される可能性が高いでしょう。そう考えたその時の当主は、盟約に保険を入れておきました。

 それが、百年後、国王の選定、国家予算の用途、その他貴族や役職の処遇等をアークライト公爵家に委ねる事です。

 つまりは国を再建する権利ですわ。百年後、まだ王家が腐敗していた場合、自分達に代わって排除してくれという一族の願いです。私にまでその思いを繋ぐ為、アークライト家は皆今まで耐えてきたのです」

「そんなことサルヴァニア王家が同意するはずがない!認められるわけがないだろう!無効だ!」

「そうでしょうか?当時の王だって、百年後なんて自分はとっくに死んでもう関係ありませんものね。圧政を敷くような王であれば、軽い気持ちで同意したのかもしれませんよ?
 まあ正式な書類で残っていますので、あなたが認めるとか認めないとかは関係がないことですわ。私たちはこの日に向けて準備をしていました。アークライト家は元々、外国との繋がりに長け、外交を担当していた一族です。私たちが受けた仕打ちも、この盟約を元に国を再建することも全て諸外国に伝えてあります。あなたたちがこれを反故にするようなら、一斉に攻め込まれることになるでしょう。大義名分がこちらにある以上もう覆すことなんてできませんよ、ネイヴァン様」

 私はネイヴァンから視線を外し、その他大勢の貴族たちに向き直る。
 今日という日はここからが本番なのだ。私は深呼吸をし、この広間全てに行き渡るような声で話し出した。

「さて、ここにお呼びした方はご自身に関わることなのでよく聞いて下さいませ。

 この国の体質は百年経っても変わることがありませんでした。この国にとって王家は害悪でしかありません。全て投獄します。反抗する者は処刑です。新しい王にはヴェルンハイト王国の者を立てます。

 アークライト公爵家が行わされていた多方面への寄付金も全て停止します。寄付金を着服していた方は全て調べがついておりますので、追ってご連絡いたしますわ」

 私は一息ついて、次はマルシェリアの方を見る。
 視線が合うと、マルシェリアはビクッと体を震わせていた。

「マルシェリア。あなたは私に対してした仕打ちを覚えていますか?」

「わ、私が何をしていたところで昨日までの話なんだから問題なんてないでしょう?」

「なにか勘違いしてるようですね。私たちができなかったのは裁判なのです。昨日だろうと一年前だろうとあなたの罪は消えません。今日から可能になった裁判であなたは、侮辱罪を始め、一体幾つの罪が裁かれるのでしょうね。まあ処刑は当然で、一族皆連座も間違いないでしょう」

「ふざけないで!あなたなんてとっとと殺しておけばよかったわ!」

「まあ!そんな怖いことを仰らないでください。私はあなたにご相談があるのですよ、マルシェリア。とってもよいお話です。あなたの家、コーヴェル侯爵家なのですが、公爵家になってみませんか?」

「公爵家ですって…?」

「そうです。これからちゃんと心を入れ替えて、国の為国民のために働くというのなら、処刑は取りやめて、むしろ陞爵して公爵家として存続をさせようかと思っております」

 マルシェリアの目が見開かれた。
 私が何を言いたいか気付いたようだ。思っていたより察しが良い。

「私たちの盟約が終わってしまうので、今後は民の不満を受け止める相手がいません。ぜひともあなた方にお願いしたいと思っているのですが……」

「い、いやよ……そんなの絶対にいや!」

「あら。それでは、あなたの罪に対する刑罰を順番に行なってゆき、最終的には処刑になる方がよろしいのでしょうか?

 どちらにせよ、まずは投石刑ですわね。ご存知ですか?一日杭に縛り付け、あなたに恨みを持つ者があなたに石を投げる刑です。あなたが貴族としての品格に沿った生き方をしていたのなら、ただ立っているだけの刑ですよ。今までの行いが試されますわね。
 ああでもーー夜は暗いので燭台を置いておきます。灯としてだけの用途になればよいですね」

 顔を真っ青にして何かぶつぶつ呟いているマルシェリアから視線を外し、その場にいる貴族一同を見回して言う。

「ああ、そうですわね、これはマルシェリアだけの話ではありませんわ。扇動されていたにせよ、公爵家の人間に危害を加えることなど本来は重罪です。罪状にもよりますが、貴族の皆様の九割は爵位剥奪になるのでご理解くださいませ。少し考えればこうなることはわかったはずです。静観していた優秀な方も少なからずいらっしゃいますので、酌量の余地はありませんわ。国の運営に関してはご心配なく。ヴェルンハイト王国には豊富に人材がおりますわ。」

 改めて私はネイヴァンに向き直る。この男が最後の仕上げだ。

「さて、ネイヴァン様。あなただけはずっと私の味方でいてくれましたね」

「あ、ああ!私はずっと君を愛していた!まさしく真実の愛だ!」

「ええ、何度も仰っておられましたね。王家の方々は皆投獄なのですが、婚約者でしたし、あなたの事だけは、特別な処遇になるように頼みましたの」

「そ、そうだ!ようやく理解したか!私が君の面倒をどれだけ見ていたか。君は感謝こそすれど、私を投獄なんてそんな不義理なことできるはずがない!」

 指を突きつけてくるネイヴァンを見て、私は微笑の仮面を張り付けて、そっと手を差し出す。

「ええ、なのでネイヴァン様、まずは皆に謝りましょう?王家のせいで取り潰しになった家全てに。ご安心なさって下さい、私もついていきますから」

 まるで想像もしていなかったのだろう、ネイヴァンは驚愕した表情で叫んだ。

「な、なんでこの私がそんな事を!」

「これはあなたのためですわ。いつまでも王族気分でいるとこれから先苦労することになるのですよ。聞き分けのない真似はなさいませんよね?」

「なっ!?」

「投獄から助けることはできたのですが、あなたとの婚約は残念ながら維持することはできません。

 私は今回のことで、ヴェルンハイトに嫁ぐことに決まりましたわ。こちらの、ラグナード様という方です。非常に優秀で、優しい方です。
 ネイヴァン様にも見習ってほしいですわね。

 ですので本当はもうあなたと会うことはないはずなのですが、私を真実に愛してくださったネイヴァン様なので、私の使用人には置いて貰えることになりました。要するに平民ですね。

 使用人服に着替えて、私の指示に従うようになさってくださいね。できなければその度に鞭で打たなければいけなくなってしまいます。

 というわけなので、私には新しい婚約者がいるのですが……まさか焼きもちなんて焼きませんよね?」

「ふざけるな!私は王太子だぞ!一体何様のつもりだ!」

「何をそんな拗ねていらっしゃるんでしょうか?品位に欠けますわ。
 真実の愛ならこの程度の障害、なんてこともないでしょう?
 投獄されたら二度と会えないんですから、それよりよっぽど良いのではないですか?

 ねぇ、ネイヴァン様?もう一度私に、真実の愛を囁いて貰えませんか?」

 ーー言えるものなら言ってみろ、という言葉はギリギリで私の胸の中にしまい込んだ。





 殿下は投獄された。今まで散々見下してきた私に仕えるなんて耐えられなかったのだろう。つまり自分の小さなプライドを捨てきれなかったわけだ。使用人の方が獄中生活と比べれば天国のようなものなのだけど、最後まで愚かな人だった。まあ、欺瞞に満ちた男に真実の愛が勘違いだったという現実を叩きつけただけで満足だ。


 コーヴェル家は一族合わせて公爵家となる事を選んだ。私たちが結んだ盟約と同じようなものだが、今回は満期になっても政治干渉権がない代わりに、今代限定として、子供にはその盟約を引き継がせない事になった。
 マルシェリアやその取り巻きたちには近々投石刑の執行予定だ。処刑は取りやめると言ったけど、罪の全てを許すと言った覚えはない。
 取り潰された家々の恨みの矛先になるわけだから、刑は地獄そのものだろう。

 王立学園は取り潰し。寄付金を着服していた者は莫大な借金を背負うことになり、今は労役に勤しんでいる。私が隣国のヴェルンハイトに嫁ぐ事になったため、侍女はすべてクビになった。侍女の態度にひどく腹を立てていたのは新しい婚約者のラグナードの方だった。次の仕事の斡旋先という名目で、娼館か鉱山夫として送り込んだらしい。


「これでだいぶ片付いたかな?」

「ええ」

 王国を再建とは名ばかりで、私は国を滅ぼしたも同然だ。国王や貴族のほとんどが外国人、変わらなかったのは国名ぐらいなものだ。だけど、後悔も罪悪感もない。本来なら百年前にこうなるべきだったのだ。

「今まで何もできなくて済まなかった。君の体と心の傷を少しでも癒せるように約束する。しばらく休んでいても構わないし、何かあったらいつでも頼ってほしい。俺はアークライト家を、君を尊敬している」

 まだ階段を見ると落ちるイメージに足がすくむし、火は怖い。食事を見ると毒が入っているかを確認する習慣も抜けない。だけどそんなものに負けたくない一心で耐え抜いてきた。

 その意地を認めてもらえた気がして嬉しかった。

 どれくらいかかるかわからないけど、いつかはこの人に心を許せる日が来る気がする。

「ありがとうございます」

 今返せるのはこの一言だけだ。ほんの少しだけ口角が上がっていた気がした。
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