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お引っ越し
しおりを挟む「今日だっけ? 引っ越し。」
ゆっこがコーヒーに角砂糖を二つ落とした後、私を見ながらニヤリとしたから思わず目を逸らしてしまった。
「そう。この後お手伝いにいくの。」
「私も行こうかな。生和也君、見てみたい。笑」
「何面白がってんの。笑」
三月も終わりに近づいて、だいぶ暖かくなって来た。
ここ最近まで寒かったせいか、大通りの桜並木もやっと満開。沢山の開いた花を枝が重たそうに支えている。
今日は空がとても綺麗に晴れているから太陽が一段と大きい気がして、テラス席は本当に気持ちが良い。
久しぶりの平日のお休み。
私は有休だけどゆっこの平日休とまたまた重なって、春休み中の友希と三人でいつものカフェに来ていた。
……────じゃなかった。四人だった。笑
昨日からこっちに遊びに来ていた大島君も一緒。
「ゆっこさん、本当お久しぶりです。」
来た時にそう言って笑った大島君は相変わらず爽やかで、背の高い美人な友希と並んで立つ姿は本当に雑誌の表紙から飛び出て来たみたいだった。
今日は和也君がこっちへ引っ越して来る。
講演会や雑誌のインタビューなんかの仕事が増えて、その度に北海道から来るのが大変になったから。
あれだけ北海道が好きで出る気はない!と言っていたのに、随分とあっさりな事。
でも、どうしたって嬉しくなってしまう。
これからもっと…、会える機会が増えるんじゃないかって────。
あれから和也君とは二度会った。新居の内見と、新しくする家具の買い物。
〝暇ですか?付き合ってください〟
そんなメールが来るたび嬉しくて、会う前日は心なしか緊張したり何を着て行こうとか迷ったり…。
ちゃんと分かってる。地理もまだよく分からないこっちに友達とか、そう言う人が私以外にいないからだって…。
それでもウキウキ……────とか、自分が気持ち悪い。
でも、彼の態度は相変わらず〝友達〟で、会うたびに私の〝好き〟だけが積もっていくけど何も踏み切れなくて───……。
なんて言うか…、好きだと分かった相手とその後の〝距離の縮め方〟が全然分からない。
そもそも、意識して人と距離を縮めた事なんてないし、好きになった人との距離感さえ分からない。
こんな気持ちになるのは初めてだったから、自分でもまだ戸惑っていて…まだ慣れない。
もともと恋愛体質じゃないし、急にそうなるのも自分で自分が気持ち悪い気がして、まだ友希やゆっこにも言えてない。
〝好きな人が出来た〟
世の中の人は、この言葉をどんな顔して…どんなテンションで言ってるんだろう…。
友希と大島君の距離、表情、仕草を見てそんな事を考えていた私。
「いやぁ……。なんて言うか、この席…男的にはめっちゃ贅沢ですね。笑」
考え事をしていたせいなのか、大島君の言ったその言葉の意味がよく分からなかったから少し考えた。
「─────……あぁ。テラスのこと? 北海道にもあるでしょ。夏、しかも昼間限定だろうけど。笑」
口元を手で隠しながら笑った私は、去年、夏の北海道で寒い寒いとウッドデッキに出るのを嫌がった和也君を思い出す。
それでも、出て来て隣に座ってくれた。
あの時感じた、くすぐったいような…温かいような気持ちが、〝好き〟の始まりだったんだと今なら分かる。
優しい男の人なら今までたくさん出会って来た。
でも、だいたいの人が下心をチラつかせてくるから、男性の優しさなんて常に見返りを求めてしているものなんだと思っていた。
だから彼がしてくれた下心のない、不器用でも心が温かくなる優しさは、多分…初めてだったんじゃないかと思う。
彼のその〝少し頼りない優しさ〟が私の目には最高の男性に映った。
恋って本当……、不思議なものだ。
「亜弥…。それ、なんか違うんじゃない?笑」
ゆっこは〝また変な事言ってる…〟なんて言いながら私を揶揄う。
「大島君、偏差値上げてるの友希だけだから。」
真顔でカップに口をつけるゆっこの言いたい事がまだ分からない。
「いやいや…。よく言いますよ。笑」
「ナオ君、ゆっこちゃんには言っても無理だよ。自己評価低すぎだから。笑 亜弥ちゃんに至っては、多分…何言ってるかすら分かっても無いから。笑」
「友希はまぁまぁ自己評価高いよね。笑 まぁ実際、他者評価も高いから良いけど。笑」
「ちょ、ちょっと! 私、分からない!まだ分からないからっ!」
丸テーブルを叩くふりをして三人の会話に割って入る。
和也君の事を考えていたせいじゃなくて、ただ単純に理解できていなかった。恥ずかしい…。
〝良いよ、分からなくて〟と笑う三人のこちらを見る目は明らかに面白がっていて、私は拗ねるように口を尖らせた。
お腹を抱えて笑っていた大島君の携帯が鳴って、画面を見た彼は小さく〝来た来た〟と笑う。
「おう、和也! 今どこ?」
やたらと大きな声で呼ばれたその名前に、自分の心臓が跳ねる音を聞いた。
「あぁ、近い近い。並木通りのな、終わりかけのとこにあるカフェいるわ。」
〝急げよー〟と言って電話を切った彼に、ゆっこが楽しそうに身を乗り出す。
「和也君? ここへ来るの?」
「なんか近くいるみたいで、そのまま部屋行くよりこっち来るって。その後みんなでアイツん家押しかけましょうよ。笑」
〝イヒヒ〟と聞こえてきそうな悪戯な笑顔の大島君。
和也君が、来る─────。
どうしよう…。化粧、直しに行った方が良いかな。髪の毛、ボサボサになってないかな…。カップに口紅付いてる…拭いとこう。
今の私ほど〝ドキドキ〟って言葉が合う人、そういないと思う。
和也君が来るまでの五分の間に、テーブルの下で三回も腕時計を見た事…、みんなに気づかれてないと良いな…。
「え…、なんかすごい席だな…。一緒に座るのちょっと躊躇う。」
後ろから聞こえた、聞き慣れた少し高めの心地良い笑い声。
風もないのに舞うように聞こえたその皮肉っぽい口調に、やっぱり心は温かくなる。
簡単に想像出来てしまう、前髪を触りながら俯いて照れたような笑顔……。
「男のお前なら分かってくれると思ったよ。笑 座ってみ? 思ってるより見られるから。笑」
「いや、お前もな。」
笑う大島君の目線は、向かいに座る私の少し上。
誰がいるのか……分かる─────。
背もたれに沿って首を仰け反らせた私の反対の世界に、想像通りの彼の笑顔か逆さまに映る。
「首、折れますよ。」
「折れるわけなくない?」
「あれ、デジャヴ……、」
「ぷっ、くっくっく…」
「ふっ、あははは…」
懐かしい記憶を思い出して、あの日と同じように同時に吹き出す。
和也君を好きだと気付いてから、私にとってあの旅行の思い出はとても大切なものになった。
あの北海道旅行がなければ出会う事のなかった私たち…。
そして、あの夜がなければ……─────、
彼なりの優しさに触れる事もなかったし、真っ直ぐ…強く自分を持った彼を知る事もなかった…。
多分…、好きになる事もなかったと思う……。
そう思うと、こんなに素敵な人を好きになるきっかけをくれたあの旅の思い出をとても愛おしく思えた。
「ねぇ…、何あれ。」
「だから言ったじゃん。亜弥ちゃんと似て、和也君のツボも変だよ~って。笑」
「私が言いたいのはそうじゃない…。」
ゆっこと友希のそんな会話が聞こえた。
「おい和也! お前ゆっこさん初対面だから。」
立ったまま私と笑い合っていた和也君を指差して大島君が怒る。
「あ、すいません。どうも、初めまして。和也です。お噂はかねがね…。」
「初めまして~。由貴子です。え…、誰からの噂ですか。」
「それは悠太…、いや、秘密です。」
「名前、全部出ちゃってるよ。笑」
私の隣に腰掛けた和也君とゆっこのテンポの良い会話が妙に面白くて、声を出して笑う私。
それを見ていた友希は〝ほらまた…〟と呆れる。
その友希を見てケタケタ笑う大島君。
ただ、楽しい─────。
〝好きな人のいる生活〟がこんなにもキラキラして見えるなんて知らなかったし、誰も教えてくれなかった。
「和也君、ブレンドで良かった?」
「あ、はい。そう言えば、こないだ買った本棚も今日届きますよ。」
「そっか、今日に合わせてたね。あんなの、本当に組み立てられるの?笑」
「相変わらず失礼ですね。俺の事舐めてます?」
「……─────、ちょっと?笑」
「いや、ちょっと何言ってんだか……。てか、亜弥さんも手伝うんですよ。」
「え…、聞いてない……。」
「だから今言いました。」
和也君と私のそんな会話を聞きながら目を丸くする大島君。
「和也のあんな柔らかい雰囲気、マジで初めて見たかも……、」
〝ねぇ、2人ってどうなってんの?〟
〝だから私もさっきそれ聞いたの。〟
友希とゆっこの会話が何となく聞こえたけど、わざと反応しなかった。
桜の、少しだけ甘い花の匂いが、風もないのに流れるように私の鼻を通る。
別れと出会いが駆け抜けるこの短い季節に、私にも新しい〝何か〟が起こるんじゃないかって…、そんな事を期待した。
でもそれは……、
数時間後に起こる
〝辛い出来事〟の事だったのかも…。
応援ありがとうございます!
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