世界に1人だけの魔物学者

ベルリン

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第2章 迷宮の異変

お嬢様と従者

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「さぁ蘇生の時間ですよ。起きてください。」

聞き覚えのある女の声で俺は目を覚ます。
あたりを見渡すと、神殿の大きな窓が白んでいることから夜明け前だとわかった。
ナタリアは疲れていたのか死体にもたれかかったまままだ寝息を立てている。
図太いやつだ。

「思ったよりも早かったな。」

「…頑張りましたから。次が今日最後の仕事です。」

今日というか昨日というかそのまた昨日からの仕事だろう、と言ってやりたかったがこらえる。

俺はルナの顔を見る。クマが一段と大きくなっている。
それにちょっとやつれている。
数時間でこれほど変化するのであればやはり蘇生術はそれだけ神経を使うのだろう。

「ナタリアさんもおきてください。蘇生しますよ。」

「うぇっ!?あ、はい。おはようございます。」

顔を赤らめながら姿勢を正すナタリアをよそにルナは歩きだした。

俺たちは大人しくルナについて行く。

神殿の3階、蘇生の間と呼ばれるここではルナをはじめとして蘇生術の得意な聖職者が集まり蘇生をする場である。

三角だったり丸だったりが融合して五芒星のように見える魔法陣と、その周りを古代語で祈りの言葉が描かれている。魔法陣の中心には白い棺が置かれていて、その中にはペンタクールの死体がある。

俺はルナに一瞥を向け、「蘇生が終わるまで外にいる」と言い3階の隅にある小さな椅子へ座った。

何となくこのまま蘇生を見るのは憚られる気持ちになったからだ。

俺のいるところからは棺はギリギリ視認できるが、何をやっているかはわからない。

手持ち無沙汰で空を見つめていると、真鍮製の鐘が鳴った。と同時に、魔法陣が光る。

蘇生開始の合図だ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私、ペンタクール・イブリンは真っ黒い闇の中に居た。

音もなく、臭いもなく時間の流れもわからない。ただ真っ黒い闇の中。
私はそんな世界にただ1人、仰向けで倒れていた。

何となくわかる。私は死んだのだろう。ここは…死後の世界…?ってところだろうか。

死んだ時の記憶が思い出せない…何か大切なことを忘れていたような。
頭の中がムズムズする。

少し考えてみよう。

えー、と確か大量のレッサーバットを引き連れて…穴に落ちてそれから…
何だか身体中が痒くなってきた。

もう一度記憶を辿ってみる。

「あ」

穴から這い上がったところ、失血して力尽きたんだった。

どうして私は追いかけられていたの?

確か、誰かを守るために囮になって…

守るため?誰を?

えーっと、えーっと……


「ッッ!!!!!」

お嬢様!ナタリア嬢を逃すためだ!

次の瞬間、朦朧としていた意識が回復し、記憶が繋がる。
全てを思い出した。

私、ペンタクール・イブリンはメヴィア王国の国王の兄弟の娘。つまり王家の血筋を引く娘ナタリア・メヴィアにお仕えをしていたのだ。

ナタリア様は王家の娘と言っても分家である伯爵殿の子、しかも正妻ではなくのメイドとの間に生まれた娘だった。

伯爵殿と正妻の間には子宝が恵まれなかったため、ナタリア様は正妻の子として愛情を持って育てられた。また貴族の作法や、政治の知識も教えられていた。
伯爵家の跡取りのために、もっと言えば次の王位の政治争いに利用するために。
私は騎士の家系出身である。私が16歳の時、ナタリア様が12歳の時に「年齢の近い護衛がいた方が良いだろう」
との理由で、当時騎士見習いだった私はナタリア様に使えることになった。

ナタリア様自体は王位に興味はなく、むしろ街の外に出て色々冒険したいと言っていた。

そもそも順当に行けば国王の息子に王位が渡るため、ナタリア様は自身に継承権があるとは考えもしていなかっただろう。

ナタリア様が16歳の時、私が20歳の時に伯爵家である出来事が起こる。

伯爵殿と正妻の間に子が産まれたのだ。しかも男子。

伯爵もその夫人も大喜び、その男の子は丁重に育てられることになった。もちろん爵位も彼に継がせるだろう。
そうなると彼らにとって邪魔な人物が生まれる。
ナタリア様だ。

彼らは次第にナタリア様に冷たく当たるようになり、ナタリア様はナタリア様で立場を放棄するから自由をくれと飛び出してしまった。

それから私とナタリア様は身分を隠して、冒険者として生きて行くことになったのだ。

幸い、私は騎士として訓練していたしナタリア様は魔法を学ぶことに長けていたので普通に依頼クエストを受ける分には困らなかった。

冒険生活も数ヶ月を迎え、慣れてきた頃私たちは迷宮「ギルドクライン」へ挑んだのである。

結果から言うと惨敗だった。

迷宮に出没する魔物のレベルが文字通り違うのだ。
そこらへんの森や依頼クエストで出てくる魔物の数倍も強い魔物が群れをなして襲ってきた。

私はレッサーバットの群れの大半を惹きつけ洞窟の奥へ走っていった。

ナタリア様さえ助かれば良い。

…ナタリア様は助かったのだろうか。
少し心配になる。
助かったとて従者のいない彼女はこれから先やっていけるのだろうか。

彼女は優秀だが世間を知らない。

変な人間に騙されたらどうしよう…

あぁもっとナタリア様をお守りしたかった…


私は自然と涙が出てくる。不甲斐なさゆえの涙だ。
闇の中に私の咽び声が木霊する。

「!?」

と、突然私の体が下に吸い込まれるような、奈落に落ちるような感覚に襲われる。

「え!?何コレ!?」

「ちょ、嫌ぁ!!!」


私はなす術なく闇に引き込まれる。

私はこのまま消えるのか。
そう思ったその瞬間。今度は重さを感じた。

体が重くて動かない。だけど心地いい。やがて視界の闇が晴れて白ばんでいく。

何か温かいものに包まれている。そんな感じがした。

心地よい。そう思い目を閉じると。瞼の重みが感じられた。

もう一度目を開く。

視界がぼやける。しかし、そこは闇の中では無いことに気づいた。

やがて視界がハッキリしてくると1人の女性が瞳に写った。 
金髪の穏やかげな表情をした目にクマを作った女性。
女神様?ここは天国?と思ったがその予想はすぐ打ち砕かれる。もう1人、視界の端に女の人が居るのを見つけた。ふんわりした桃色の髪に清らかな瞳、その特徴的な青い瞳を涙でいっぱいにしている。鼻水で可憐な顔もぐちゃぐちゃだ。

仮にも貴族なんですからその顔はどうなんですか。
私は頭の中で一つ悪態をついてみたがすぐ喜びの感情でかき消される。

やがて金髪の女性が口を開く。

「蘇生は成功です。」

よかった。
心の中でそう唱えた。

まだこの人を支えられる。


ペンタクール・イブリンは死から帰還した。




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