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32、彼が私を娶った理由
しおりを挟むふたりは町の外れまで足を運んだ。
すでに町らしい風景はなく、荒地と古びた小屋が並ぶだけだった。
舗装されていない砂利道には割れた皿や腐った食材が落ちており、小屋の前で座り込む人もいた。
彼らが身につけているのは破れた衣服。
汚れていてもかわまないようだった。
それどころか、裸足で歩いている者もいる。
ここは貧民街だ。
都から見捨てられた村と呼ばれている。
「ああ、そこの人……どうか、恵んでください……このままでは、死んでしまう」
ぼろ衣を身につける歯の欠けた老人が痩せこけた腕を伸ばしてきた。
「せめて……せめて、子どもたちに……」
母親らしき女が乳児を抱えて物乞いしている。
その背後に数人の子どもが裸足のまま指をくわえてじっと見ていた。
ヴァルクがポケットに手を突っ込んでビスケットを取り出すと、母親と子どもに分け与えた。
子どもたちは少しのビスケットを奪い合うようにして貪った。
「ヴァルさま……」
「わかっている。一時しのぎに過ぎない。この村のことは以前から気になっていた。先代はとんでもない課題を残してくれたな」
村には古びた教会があり、帝国とは独立した考えを持っている。
教会は孤児院を設けて親のいない子どもを受け入れているようだが、金がないのでろくに食べ物を与えることができないようだ。
「ここにいる子どもたちのほとんどは町で生まれ育ったようです。ですが、親は兵士として戦場へ赴き、帰ってこなかったのです」
「よく知っているな」
「書庫の記録で確認しました。あとは、テリーさんたちに村の様子を調べてきてもらって……」
ヴァルクが険しい顔をして睨むように見ているので、イレーナはどきりとした。
「申し訳ございません。勝手な真似をいたしました」
ヴァルクは困惑の表情を浮かべるイレーナの頭をくしゃっと撫でた。
「先帝は民を捨て駒のように扱っていた。欲のために勝てない戦争を繰り返し、経験のない者たちを戦場へ送ったのだ。結果、己自身も破滅に導き、この国はこの有り様だ」
イレーナは少し驚いてヴァルクを見つめた。
「その尻拭いを今、俺がさせられているんだよ」
ヴァルクは眉間にしわを寄せて苦笑する。
「何にせよ、近いうちに手は打つ。ひとまず行くぞ。教会と話さねばならない」
「はい」
帝国に不信感を持っている教会は、皇帝であるヴァルクを歓迎しない。
だから彼は身バレしない格好で行くのだろう。
となり合って歩きながら、イレーナはずっと疑問に思っていたことを口にしてみた。
「ヴァルさまはどうして、私を娶られたのですか?」
急にそんな質問をされたせいか、ヴァルクは驚いてイレーナをじっと見つめた。
それから彼は笑って答える。
「カザル公国には頭脳明晰な姫がいると聞いたのだ。その者は刺繍ではなく勉学を好み、宝石よりも書物を愛すると聞いた。興味深いと思って俺のそばに置きたくなった」
イレーナはそれを聞きながらだんだん頬が赤くなっていく。
ヴァルクはにやりと笑った。
「想像以上の姫だったな。特に、夜伽が」
イレーナは羞恥のあまり自身の顔を覆った。
「もうっ! おやめください!」
ヴァルクは「はははっ」とからかうように笑った。
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