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34、陛下、正体をバラしちゃうんですか?

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 子どもたちが先生と呼ぶのは教会の司祭だった。

 イレーナとヴァルクは応接室へ通され、古びたソファに腰を下ろした。
 室内には物がほとんど置かれておらず、粗末な造りの石壁には割れ目が入り、穴が開いているところもある。
 嵐でも来れば潰れそうなほど危うい。
 出された茶もカップの端が欠けていて、ヒビも入っていた。

 あご髭を長く伸ばした老齢の男がふたりと向かい合う。
 男の腕はしわくちゃで痩せ細っており、苦労していることがわかる。


「孤児院に寄付をしてくださるそうで、ありがたく頂戴いたします」

 司祭はにこにこしながらヴァルクに機嫌よく話しかけた。
 ヴァルクも笑顔で返す。


「腹を空かせた子どもたちのためだ。そちらが必要な金額を提示するがよい」
「誠に恐縮でございます。あなた方は帝国の貴族でございましょう? 一体どこの家門のお方でしょうか? 帝国は我が教会とは相容れぬ存在。だが、施しをいただいた家門には礼を尽くしたいと思っております」
「どこの家門か知りたいか?」

 ヴァルクの言葉にイレーナはどきりとする。


(家門を偽って伝えるつもりかしら?)


 貴族のふりをするのだろうとイレーナは思った。
 しかし、ヴァルクはとんでもないことを仕出かした。
 彼は懐から金の紋章を取り出し、それを司祭に見せたのだ。
 それを見た司祭は驚愕し、急に表情を強張らせた。


「ドレグラン帝国の皇族……!」
「ああ、よく知っているな。そのとおりだ。俺は皇城の人間だ」

 イレーナは目を見開いてヴァルクを凝視した。


(まさか帝国嫌いの司祭に自ら正体をバラすなんて!)


 案の定、司祭は激高した。
 怒りの表情で立ち上がるとヴァルクに怒声を浴びせる。

「この……よくも、ここに顔を出せたものだ! 帰れ! 貴様らの施しなら受けんぞ!」

 司祭の穏やかな態度は一変し、恐ろしい形相になっている。
 それに対し、ヴァルクはいたって冷静である。


「落ち着けよ。とりあえず、茶でも飲もう」

 ヴァルクは欠けたカップに入った茶を口に含む。
 イレーナはとっさに止めようとしたが、ヴァルクは片手を差し出し制止した。
 彼は茶を飲み干してしまった。
 そして、真面目な顔を司祭に向ける。


「俺は敵であるそちらから出された茶を飲んだぞ。これの意味がわかるか?」

 イレーナは少し考えて、帝国の噂話を思い出した。

 その昔、ドレグラン帝国と停戦協定を結んだ国がお互いにまだ腹の探り合いをしていた際、帝国側の皇帝は先に相手から出された茶を飲んだ。
 当然、家臣たちは驚愕し、止めようとしたが皇帝はすべて飲み干したという。


 敵同士であれば、いつ飲み物に毒が含まれているかわからない。
 話し合いの場で出された茶は決して飲まないのが通例だった。

 それ以来、皇帝が敵側から出された茶を飲み干すということは『お前を全面的に信用している』という意思表示となったらしい。



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