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9、なんだろうこの違和感は
客室に戻ったマデリーンは、あとでやって来たカルベスに不満をぶちまけた。
「どうしてなの? カルベス」
「え? 何が?」
「さっき、あたしが部屋へ戻るって言っても、あなたは平然としていたわ!」
「君はあとで部屋に来いって……」
「違うの! ああいうときは、すぐにあたしの手を取って一緒に部屋まで来てくれるのが恋人のすることよ。カルベスがこんなに無神経な人だなんて思わなかったわ」
「そうか、ごめん」
神妙な面持ちで謝罪するカルベスを見て、マデリーンがにんまり笑う。
「そうだわ。気を取り直してお庭を散歩しましょ。仲の良さをみんなに見せつければ、あたしたちが仲直りしたのだと安心するはずよ」
「俺たちは喧嘩してたのか?」
「んもーっ! 例えの話よ。カルベスは女の気持ちがまるでわからないのね。まあ、いいわ。あたしがゆっくり教えてあげる」
カルベスはもはやため息しか出なかった。
庭園には色とりどりの花が咲き誇っている。
庭師が丹念に手入れした花々はどれも瑞々しく、穏やかな風に揺れてきらめいている。
マデリーンは満足げにカルベスの腕にしがみつき、ゆったりと歩いていた。
ちょうど近くを通りかかった庭師が、ふたりに深く頭を下げる。
「お庭はお気に召していただけましたでしょうか?」
「まあまあってとこね。あたしの美貌に合わせるなら、もっと赤やピンクみたいな華やかな色を増やしてほしいわ」
「左様でございますか。ご意見を心に留めておきます」
庭師は深々と頭を下げる。
その様子を見たカルベスは、困ったような笑みを浮かべて庭師に向き直る。
「いつも綺麗にしてくれてありがとう」
「ありがたきお言葉恐縮でございます」
実はカルベスは庭師の仕事にとても満足していた。
庭師が静かに去っていったあと、カルベスは少し考えるように視線を落とし、落ち着いた声でマデリーンに話しかけた。
「ねえ、マデリーン」
「なぁに? カルベス」
「この庭の色合い、俺はすごくいいと思っているんだ。侯爵家は昔から落ち着いた色の花を育てていた。客人も多いし、あまり派手すぎるより、このくらいが上品でいいかなと思う」
するとマデリーンはふくれっ面になり、強い口調で主張した。
「カルベスは庭師の味方なの? それともあたしの味方なの?」
「は? いや、そういう意味じゃなくて」
「この世で一番大事なことはね、愛する恋人の意見を最優先することよ! カルベスはほんとに女心ってものをわかっていないんだから」
「……はぁ」
カルベスが困惑して言葉を失っていると、ふいに強い風がふわっと吹き抜けた。
その拍子に、マデリーンの帽子が軽々と宙へ舞い上がり、庭の奥へと転がっていく。
「いやだわ、新調したばかりなのに!」
叫ぶなり、マデリーンは裾も気にせず駆け出した。
その先にはミアの庭園スペースがある。
カルベスはハッとしてすぐさま追いかけた。
マデリーンは土に落ちた帽子を拾おうと花壇へずかずか踏み込んだ。
ヒールが土に沈み、苗がぐしゃりぐしゃりと踏み潰されていく。
「マデリーン!」
カルベスはとっさに彼女の腕を掴み、自分の方へぐっと引き寄せた。
マデリーンは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに頬を赤く染めて甘い笑みを向けた。
「カルベスったら、こんなところで抱き合うなんて恥ずかしいわ」
「ち、違う」
「あたしのお部屋に行きましょ。思う存分あたしを愛してくれていいのよ」
「聞いて、マデリーン。ここはミアの花壇なんだ。彼女が花や野菜を植えてる」
「え? まあ、そうだったの? あたしったら知らなくて……怒らないで、カルベス。あたしは帽子を取ろうとしただけなのよ」
マデリーンが潤んだ瞳で見上げながら訴えるので、カルベスは困惑した。
「怒っていないよ。でも、もう少しまわりを見たほうがいい」
「カルベス、あたしを責めているの?」
「違う。ただ注意してほしいと言っているだけだ」
「なんだか気分が悪くなってきたわ。倒れそうよ。カルベス、お部屋まで送って」
「……わかった」
カルベスが背中に手を添えると、マデリーンは満足げに彼の腕へ身を預けた。
マデリーンを部屋まで送り届けると、彼女は侍女に着替えの準備を命じた。
カルベスが退出しようとすると、マデリーンがふいに手を伸ばして呼び止める。
「あたしは疲れちゃったからお昼寝するわ。カルベスも一緒にいてくださらない?」
マデリーンの甘えるような声に、カルベスは真顔で返す。
「いや、俺は用事があるからゆっくり休むといいよ」
「えっ……」
「夕方になっても気分が優れないなら、食事は部屋まで運んでもらうから」
「何よ、カルベスったら。もういいわ!」
マデリーンはむすっと頬を膨らませ、そのまま布団に潜り込んで寝入ってしまった。
ドレスの裾に土がついたままで、着替えを持っていた侍女は困惑している。
カルベスは小さく嘆息すると、何も言わずに部屋をあとにした。
カルベスの頭の中には丁寧に苗を植えるミアの姿が浮かんでいた。
胸の奥がずきりと痛み、落ち着かない足取りで庭園に向かう。
そこには簡素なシャツとスラックス姿のミアが、膝をついて潰れた苗を取り除いていた。
カルベスは急いで駆けつけると、ミアに頭を下げた。
「……申し訳ない」
ミアが顔を上げる。その頬にはわずかに土がついている。
「なぜ旦那様が謝るのですか? ヒールの跡が残っていますから、マデリーン様が間違って歩かれたのでしょう」
「いや……不注意だった俺にも責任がある。あなたの花壇だと知っていたのに、止められなかった」
「謝らないでください。旦那様は気になって戻ってきてくださったのでしょう? それだけで十分ですわ」
ミアは冷静な口調で、無事な苗とそうでない苗を選別していた。
カルベスは肩の力がふっと抜ける。
そっとミアのとなりにしゃがみ込み、シャベルを手に持ちながら声をかけた。
「俺にも手伝わせてくれ」
「まあ、ありがとうございます」
静かな庭園に、小さなシャベルの音が響く。
潰れてしまった苗を新しいものに植え替え、土を丁寧に整える。
カルベスが横目でそっとミアを見つめると、彼女は特に怒っている様子もなく、鼻歌を口ずさんでいた。
申し訳ない気持ちでいっぱいだったカルベスの心は、ミアのその穏やかな表情に触れ、次第に落ち着きを取り戻していった。
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