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22、旦那様、子作りがしたいのですか?
王宮でパーティが開かれる。
その出席のため、ミアとカルベスは王都へ向かうことになった。
多くの貴族が一斉に集まる大規模な催しである。
以前、マデリーンと町へ出かけたときに見かけたミアに似合いそうなドレス。
その光景が忘れられなかったカルベスは、パーティのためのドレスだと言って衣装屋を呼びつけた。
「わざわざ新調するのはもったいないですわ」
「俺の妻として恥ずかしくない格好にしてほしいんだ」
「まあ、そういうことでしたら承知しましたわ!」
ミアは渋い顔から一転して満面の笑みになった。
カルベスは最近悟ったことがある。
ミアは自分の身に関すること、特に服装などは無頓着だが、それが【夫のため】という名分にすると素直に受け入れるのだ。
それは、ミアがカルベスとの夫婦関係をあくまで契約として捉えているからだろう。
複雑な思いはするが、それでも自分が選んだドレスを着たミアとともにパーティへ行けることは、カルベスにとって確かな喜びだった。
「まあ、本当に素敵ですわ、奥様!」
ドレスを着たミアを見てリリーが声を上げると、使用人たちも両手を合わせて頷いた。
淡いピンクの生地にひらりとしたレースの装飾。散りばめられたパールは光を受けてキラキラ輝いている。
上品でありながら可愛らしい印象を与えていた。
カルベスは思わず目を見開き、頬を赤らめる。
「いかがですか? 旦那様」
「ああ、すごくいい。とても綺麗だ」
「ありがとうございます!」
ミアはにっこり微笑み、ドレスの裾をつまんで可愛らしく礼を言った。
王都までの道のりは数日を要する。
街道はきちんと整備されているとはいえ、馬車での移動は決して短くはない。
それでもミアが車窓の景色に目を輝かせながらおしゃべりをしてくれるので、気まずさは一切なかった。
長旅が苦手なカルベスにとっても、その時間は思いのほか楽しいものになっていた。
日が暮れる頃になると、賑やかな町に入り、貴族御用達の高級宿に立ち寄った。
今夜はここで一泊する予定だ。
付き添いの侍女や護衛たちは別の階の部屋に通され、カルベスとミアには最上階の特別ルームが用意されていた。
侯爵家の夫婦なら当然の待遇だが、カルベスはどこか落ち着かない。
なぜなら、ミアと部屋をともにするのは結婚式の夜以来だから。
「お食事が楽しみですね」
などと気楽に話すミアに、カルベスはただ苦笑しながら頷くしかなかった。
食事の時間はとても穏やかだった。
彩りのいい野菜の前菜と温かいスープに、魚や肉料理などが次々と運ばれてくる中、ミアは笑顔でそれらをぱくぱくと平らげていった。
その一方で、カルベスはミアを見つめるばかりで、なかなか料理に手をつけられなかった。
「旦那様、食欲がないのですか? 先ほどから手が止まっていますけど」
「ああ、いや……うん、食べるよ」
カルベスはミアとの夜のことで頭がいっぱいで食事どころではなかったが、どうにか料理をお腹に収めた。
ところが、そんなカルベスの心配など杞憂だった。
ミアは寝る支度を整えると、ベッドの前でカルベスにあっさりと言ったのだ。
「それでは私は就寝いたします。旦那様はどうされますか?」
「え? ええっと……」
カルベスも一応、簡素な寝間着に着替えており、いつでも寝られる状態だった。
「お疲れでしょうから、早くお休みになるといいですわ」
「ああ、そうだな。寝よう」
「はい。では、お休みなさいませ」
ミアは笑顔でそう言うと、さっさとベッドに入り、布団にもぐり込んでしまった。
それも、初夜のときと同様、落ちそうなほど端っこに。
その素早さに、ミアは早く寝たかったからこちらに伺いを立てたのだとカルベスは気づき、落胆の混じったため息をついた。
カルベスも布団にもぐり込んで、お互いに背中を向けた形になる。
しばらく沈黙が続いたあと、カルベスはそっと体勢を変えてミアのほうへ視線を向けた。
しかし、彼女は微動だにしない。
すでに眠ってしまったのだろうと思い、カルベスはふたたび仰向けになった。
「子作りをすると言ったら、君は応じてくれたのだろうか」
ふと思ったことを口にしてしまい、小さく首を横に振った。
ふたたびミアに背中を向けて布団を頭からかぶり、目を閉じたときだ。
「旦那様、子作りがしたいのですか?」
「えっ!?」
ぱちりと目を開けたカルベスは、慌てて振り返る。
するとミアがこちらへ体を向けてじっと見ていた。
「うわっ」
慌てすぎたカルベスはうっかりベッドから落ちそうになった。
ミアが冷静にカルベスのシャツを掴んで引きとめる。
「お、起きていたのか」
「王都のグルメが楽しみで眠れないのです」
「さっき夕食を食べたばかりじゃないか」
「それとこれとは別ですわ」
「はぁ、君の強メンタルがうらやましいよ」
「よくわかりませんが、褒めてくださりありがとうございます」
お互いに体を起こし、見つめ合う。
いつもと変わらないミアの様子に、カルベスは思わず笑った。
やはり、自分だけが過剰に意識しているのだろう、などと思ったが。
「ところで子作りですけど、します?」
「えっ……」
カルベスは一気に顔が火照った。
ミアは何食わぬ顔で平然としている。
カルベスは赤面しながら、どうにか平静を保ち、問いかける。
「それは、俺の妻としての務めだから言ってる?」
「はい、そうです」
きっぱり言われて、カルベスはがっくりうなだれる。
「……まあ、そうだよな。それ以外に理由なんかないよな」
「どうかしましたか?」
「いや、その、俺は……」
「あっ、申し訳ありません」
「え?」
ミアが急に謝罪したので、カルベスは呆気にとられる。
「マデリーン様と子作りをされる予定ですか? でしたら、出過ぎた真似をいたしました」
「いや、マデリーンとは別れたんだ」
カルベスの返答に、ミアは目を見開き、口もとに手を当てて眉をひそめた。
「そうだったんですか。もしかして私のせいでマデリーン様のご機嫌を損ねてしまったのでしょうか?」
「いや、君は関係ないよ。マデリーンに縁談話があるようだから」
「まあ、それはおめでとうございます。でも、なぜお別れを? もしや、マデリーン様のお相手の方が愛人を持ってはいけないとおっしゃったのでしょうか?」
「いや、違うんだ。俺とマデリーンは価値観があまりに違いすぎた。これまで手紙のやりとりしかしなかったから、お互いのことをよく知らなかったんだ」
「そうですか」
「だから、君には本当に申し訳ないことをした。悪かった」
カルベスが頭を下げて謝罪すると、ミアは目を丸くして首を傾げた。
「なぜ旦那様が謝るのですか?」
「えっ、いや……君と結婚しておきながらマデリーンという愛人まで持ってしまって悪かったと……」
「貴族社会ではよくあることですわ。私はまったく気にしたことはございませんので、罪悪感を持つことはありませんよ」
「う……まあ、そうだな……うん」
カルベスは顔を引きつらせながら、相変わらずミアが自分に興味がないことを突きつけられ、愕然とした。
「それで、話を戻しますけど、子作りはいかがいたしますか?」
「えっと……」
カルベスはふたたび赤面し、返答に困惑する。
しかしすぐにミアが真顔で言った。
「私は子作りをしたことがございませんで、どうぞご丁寧にご指導くださいませ」
「し、指導……?」
「大丈夫ですわ。一度教えていただければ、上手くこなせると思いますから」
「こなせるだって!?」
カルベスは首から頭のてっぺんまで真っ赤になり、額から汗が噴き出した。
まったく動じることなく微笑みを崩さないミアとは違って、カルベスはかなり動揺している。
時間が止まったような静寂がしばらく続き、ただカルベスだけが真っ赤な顔で目を泳がせていた。
カルベスはどうにか返答する。
「こういうことは、ちゃんと心の準備をしてからにしよう。旅の途中でお互いに疲れているから今日は休んだほうがいい。明日も早いし」
「そうですね! では、今日はゆっくりお休みしましょう。子作りは相当体力を使うと聞きましたから」
「誰から聞いたんだよ?」
「貴族学院で令嬢たちから聞きましたわ」
カルベスの心臓はこれ以上耐えられそうになかった。
鼓動を落ち着かせるために、深呼吸を繰り返す。
「とりあえず、落ち着こう」
「私は落ち着いていますけど」
「わかった。俺の心が準備できてからにしよう」
「わかりました。ではおやすみなさいませ」
ミアはにっこり笑って、ふたたび布団にもぐり込んだ。
今度はそれほど経たずに寝息が聞こえてきて、カルベスは小さくため息をついた。
「ミアにとっては子作りもただの作業なんだろうな」
カルベスはそんなことをぼそりと呟いたが、すでに寝入っているミアに聞こえるはずもなかった。
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