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4、私は裏切られたのね
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セリスはいつからそこにいたのだろう。
彼女は両手を前でぎゅっと組んで、潤んだ瞳で私を見つめる。
いつもと変わらない儚げな様子をした彼女の姿。
私は混乱する頭をどうにか整理しながら、彼女に向かって疑問を口にした。
「セリス、いったいどういうことなの? 私はずっと家で仕事をしていたわ。それをあなたはよく知っているでしょう?」
セリスは唇を引き結び、泣きそうな顔で俯く。
泣きたいのはこっちなのに――
「ねえ、セリス。あなたはよく私に差し入れを持ってきてくれたわ。あなたが来たときに私が不在だったことがあったかしら?」
セリスはやはり何も言わず、なぜかアベリオに視線を向ける。
私は苛立ちがつのり、つい声を荒げてしまった。
「私が遊び歩いているなんて、どうしてそんな嘘をつくの? ひどいわ。あなたは何を考えているの?」
「いやっ……やめて、レイラ」
「え?」
セリスがアベリオの腕を掴んで震えている。
アベリオはそっとセリスの肩を抱き、訝しげな表情を私に向けた。
「君はいつもそうやって、姉妹同然のセリスに怒鳴っていたのか?」
「怒鳴ってなんか……」
「実際にこの目で見るまで信じられなかったよ。君がセリスをいじめているなんて」
「いじめてなんか……」
「もういい。僕は嘘をつく人間が大嫌いなんだ。君もよく知っているだろう? それなのに、僕をずっと騙していたんだな」
「騙してなんか……」
アベリオは私に反論の隙を与えてくれない。
彼は完全にセリスの言い分を信じ込んでいる。
いつも私を気遣ってくれて、優しい笑顔を向けてくれていた彼は幻だったの?
「もういいわ、アベリオ。これ以上レイラを責めないであげて」
「セリス……君はどれだけ優しい子なんだ。これ以上我慢しなくていいんだよ」
「私は大丈夫。あなたが信じてくれさえいれば」
セリスはアベリオの腕にそっと顔を寄せる。
あまりにも自然で、あまりにも親密な距離だ。
私はいったい、何を見せられているのだろう。
私の婚約者が、私の従妹を抱き寄せている。
その手つきも、視線も全部、私が知っている優しさだ。
胸の奥が焼けるように苦しい。
呼吸の仕方さえ忘れてしまいそうだ。
「アベリオ……」
かすれた声をようやく絞り出す。
けれどアベリオは冷たい視線を私に向けたまま静かに告げた。
「君に拒絶されてずっと悩んでいた僕を、そばで励まして支えてくれたのはセリスだ。僕は彼女との未来を考えている」
心の奥でガラスのひび割れが、粉々に砕け散った。
頭の中で破片が散らばり、そこには優しかった昔のアベリオの顔と、今の私が知らない彼の冷たい顔が交錯する。
楽しかった思い出も、ときめいた日々も、すべての幸せが壊れて消えていく。
セリスがアベリオにひっついたまま、私にちらりと視線だけ向けた。
私へ向けられる彼女の潤んだ瞳。昔はそれを可愛く思えたこともあったけれど、今は嫌悪感しかない。
彼女は震える唇で、私に向けてかすかな声を出す。
「レイラ、ごめんね」
は? と胸中で呟く。
何がごめんなの?
謝ることをした自覚があるってことなのよね?
アベリオが優しい口調でセリスに声をかける。
「セリス、君が謝ることはないよ」
「でも、なんだかレイラを責めているみたいで心苦しいわ」
「もう、行こう。これ以上話しても意味がない」
「ええ」
アベリオはセリスの肩を抱いたまま、静かに私に背を向けた。
私を見ることもなく。
今まで父にどんな理不尽な扱いを受けてきても、私には心から信頼できるふたりがいたから耐えてこられた。
それなのに、そのふたりにも背中を向けられてしまった。
私は、ひとりぼっちになったんだわ。
「あはは……何なの? これは」
乾いた笑いが洩れる。
同時に目から涙がこぼれ落ちた。
いったい私が何をしたというのだろう?
父の命令で仕事をこなし、食事も睡眠もろくにとれず、ただ誠実に目の前の絵と向き合ってきただけなのに。
裏切られたのだ。
妹のように思っていた従妹に。
心から愛していた人に。
信じていたのに――
彼女は両手を前でぎゅっと組んで、潤んだ瞳で私を見つめる。
いつもと変わらない儚げな様子をした彼女の姿。
私は混乱する頭をどうにか整理しながら、彼女に向かって疑問を口にした。
「セリス、いったいどういうことなの? 私はずっと家で仕事をしていたわ。それをあなたはよく知っているでしょう?」
セリスは唇を引き結び、泣きそうな顔で俯く。
泣きたいのはこっちなのに――
「ねえ、セリス。あなたはよく私に差し入れを持ってきてくれたわ。あなたが来たときに私が不在だったことがあったかしら?」
セリスはやはり何も言わず、なぜかアベリオに視線を向ける。
私は苛立ちがつのり、つい声を荒げてしまった。
「私が遊び歩いているなんて、どうしてそんな嘘をつくの? ひどいわ。あなたは何を考えているの?」
「いやっ……やめて、レイラ」
「え?」
セリスがアベリオの腕を掴んで震えている。
アベリオはそっとセリスの肩を抱き、訝しげな表情を私に向けた。
「君はいつもそうやって、姉妹同然のセリスに怒鳴っていたのか?」
「怒鳴ってなんか……」
「実際にこの目で見るまで信じられなかったよ。君がセリスをいじめているなんて」
「いじめてなんか……」
「もういい。僕は嘘をつく人間が大嫌いなんだ。君もよく知っているだろう? それなのに、僕をずっと騙していたんだな」
「騙してなんか……」
アベリオは私に反論の隙を与えてくれない。
彼は完全にセリスの言い分を信じ込んでいる。
いつも私を気遣ってくれて、優しい笑顔を向けてくれていた彼は幻だったの?
「もういいわ、アベリオ。これ以上レイラを責めないであげて」
「セリス……君はどれだけ優しい子なんだ。これ以上我慢しなくていいんだよ」
「私は大丈夫。あなたが信じてくれさえいれば」
セリスはアベリオの腕にそっと顔を寄せる。
あまりにも自然で、あまりにも親密な距離だ。
私はいったい、何を見せられているのだろう。
私の婚約者が、私の従妹を抱き寄せている。
その手つきも、視線も全部、私が知っている優しさだ。
胸の奥が焼けるように苦しい。
呼吸の仕方さえ忘れてしまいそうだ。
「アベリオ……」
かすれた声をようやく絞り出す。
けれどアベリオは冷たい視線を私に向けたまま静かに告げた。
「君に拒絶されてずっと悩んでいた僕を、そばで励まして支えてくれたのはセリスだ。僕は彼女との未来を考えている」
心の奥でガラスのひび割れが、粉々に砕け散った。
頭の中で破片が散らばり、そこには優しかった昔のアベリオの顔と、今の私が知らない彼の冷たい顔が交錯する。
楽しかった思い出も、ときめいた日々も、すべての幸せが壊れて消えていく。
セリスがアベリオにひっついたまま、私にちらりと視線だけ向けた。
私へ向けられる彼女の潤んだ瞳。昔はそれを可愛く思えたこともあったけれど、今は嫌悪感しかない。
彼女は震える唇で、私に向けてかすかな声を出す。
「レイラ、ごめんね」
は? と胸中で呟く。
何がごめんなの?
謝ることをした自覚があるってことなのよね?
アベリオが優しい口調でセリスに声をかける。
「セリス、君が謝ることはないよ」
「でも、なんだかレイラを責めているみたいで心苦しいわ」
「もう、行こう。これ以上話しても意味がない」
「ええ」
アベリオはセリスの肩を抱いたまま、静かに私に背を向けた。
私を見ることもなく。
今まで父にどんな理不尽な扱いを受けてきても、私には心から信頼できるふたりがいたから耐えてこられた。
それなのに、そのふたりにも背中を向けられてしまった。
私は、ひとりぼっちになったんだわ。
「あはは……何なの? これは」
乾いた笑いが洩れる。
同時に目から涙がこぼれ落ちた。
いったい私が何をしたというのだろう?
父の命令で仕事をこなし、食事も睡眠もろくにとれず、ただ誠実に目の前の絵と向き合ってきただけなのに。
裏切られたのだ。
妹のように思っていた従妹に。
心から愛していた人に。
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