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11、あなたと出会った夜
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月明かりに照らされた黒髪はわずかに黄金に輝いている。
トパーズの宝石のような瞳を持つ美しい男性だ。
すらりとした長身に黒のロングコート。右胸には金の紋章があり、上級貴族であることがわかる。
しかし、そんな人がなぜ夜の森を歩いているのだろう。
背後には侍従らしき人物と数名の騎士がいる。
きちんと護衛を伴っているところを見るに、道に迷ったわけではなさそうだ。
恐怖と安堵の狭間で、私は思わず口を開いた。
「なぜ、私が絵を描いていると思ったのですか?」
だって、これは私の想像でしかないから、実際には何も描かれていない。
けれど、彼は穏やかな声音で答えた。
「それは、君の絵が俺には見えているからだよ」
「見える? それはいったいどういう……」
話している途中でハッとした。
彼と目線が合わない。
確かに私のほうへ体を向けているのに、その目は私ではなく少し遠くへ向いている。
「あなた、もしかして目が……」
「ああ、見えない。だが俺は、心の目で世界を見ている」
「心の目?」
「ああ。君の姿は見えないが、気配を感じとることはできる。そして、君の描いた絵は格別に美しく見えている」
「そ、そんなことが……」
半ば信じられずに戸惑う私に、彼は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「月明かりに照らされた湖面に浮かぶ一角獣の姿を描いているのだろう」
「えっ……」
「違うのか?」
「正解です」
驚いてただ目を瞬かせる。
すると、彼の背後から侍従が控えめに声を上げた。
「エリオス様、実は私にもその絵が見えています」
侍従の言葉に、エリオスと呼ばれた彼はわずかに目を見開き、視線をやや斜めに流した。
「そうか。ではお前たちはどうだ?」
問いかけられた騎士たちが次々に声を上げる。
「俺にも見えます」
「私にもです。月に向かって顔を上げている一角獣が」
「悲しそうに見えますが、上を向いている。希望を表しているのでしょうか」
思いがけない言葉に胸が震えた。
まさか、想像で描いたものが他の人たちにも見えるなんて。
彼が私に向かってやわらかい笑みを浮かべた。
「この絵から察するに、君は何か深い絶望に沈んでいたが、まだ希望を捨てきれないでいる。そういった気持ちが込められているのだろうか」
思わず涙があふれた。
もう涙なんて出ないと思っていたのに、優しさに触れるとどうしてこうも脆くなってしまうのだろう。
「俺の勘違いであればすまない」
私が黙り込んだせいか、彼は少し困惑の表情になった。
すると侍従がそっと彼に耳打ちした。
「泣いていらっしゃいます」
「何? それは申し訳ない。泣くほどとは」
私は慌てて答える。
「いいえ。嬉しかったんです。絵を見てもらえたこともそうですし、何より私の気持ちを汲みとってもらえたことが嬉しくて……」
私の絵を美しいと言ってくれて、その意味まで理解してくれて。
まだ私は絵を描くことを諦めなくていいのだと言われた気がしたから。
「君の絵は安らぎをもたらす。慌しい日々の喧噪の中で、どこか別の世界へ連れていってくれるような、心を落ち着かせてくれる効果がある」
「……ありがとうございます」
もう、これ以上ない褒め言葉だと思った。
けれど、彼は次にとんでもない提案をしてきた。
「どうだろう? 俺のために絵を描いてくれないだろうか。もちろん相応の報酬は支払う」
なんて素晴らしい依頼だろう。
けれど、それは不可能だ。
私はわずかに笑みを浮かべて、静かに答える。
「実は、私はもう廃業しました。右手に怪我を負って、筆が持てないのです」
「そうだったのか」
彼の声がわずかに揺れる。
本当に残念に思ってくれているのだろう。その気持ちだけでも充分だ。
「では、今見えているこの光の絵は、どういう仕組みなのだ?」
「私にもわかりません。想像で描いた絵が、月明かりで浮かび上がっただけで……私自身、とても驚いています」
「なるほど。では君は、奇跡の絵を描く人なのかもしれないな」
「えっ……」
その言葉に戸惑っていると、彼はおもむろに語り始めた。
「昔、奇跡の絵を描く人に出会ったことがある。俺は子供の頃に毒物によって視力を奪われてしまったが、絶望していたときに、君のような絵を描く人と出会ったんだ。おかげで今の俺がある。ところが、その者は亡くなってしまい、二度とこのような絵を見ることはできないと思っていた。しかし、まさか君と出会えるとは……天の導きだろうか」
彼の言葉に胸が締めつけられる。
切なさと喜びが混じった複雑な感情を抱き、息を詰まらせる。
「そんなふうに言っていただけて、本当に嬉しいです。正直、怪我のせいで生きる気力を失っていたところでした。だけど、もう少し頑張れそうです」
どうやって生きていくかなんて、今はまだ考えられない。
それでも生きるためなら下働きでも何でもして生きていくしかない。
トパーズの宝石のような瞳を持つ美しい男性だ。
すらりとした長身に黒のロングコート。右胸には金の紋章があり、上級貴族であることがわかる。
しかし、そんな人がなぜ夜の森を歩いているのだろう。
背後には侍従らしき人物と数名の騎士がいる。
きちんと護衛を伴っているところを見るに、道に迷ったわけではなさそうだ。
恐怖と安堵の狭間で、私は思わず口を開いた。
「なぜ、私が絵を描いていると思ったのですか?」
だって、これは私の想像でしかないから、実際には何も描かれていない。
けれど、彼は穏やかな声音で答えた。
「それは、君の絵が俺には見えているからだよ」
「見える? それはいったいどういう……」
話している途中でハッとした。
彼と目線が合わない。
確かに私のほうへ体を向けているのに、その目は私ではなく少し遠くへ向いている。
「あなた、もしかして目が……」
「ああ、見えない。だが俺は、心の目で世界を見ている」
「心の目?」
「ああ。君の姿は見えないが、気配を感じとることはできる。そして、君の描いた絵は格別に美しく見えている」
「そ、そんなことが……」
半ば信じられずに戸惑う私に、彼は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「月明かりに照らされた湖面に浮かぶ一角獣の姿を描いているのだろう」
「えっ……」
「違うのか?」
「正解です」
驚いてただ目を瞬かせる。
すると、彼の背後から侍従が控えめに声を上げた。
「エリオス様、実は私にもその絵が見えています」
侍従の言葉に、エリオスと呼ばれた彼はわずかに目を見開き、視線をやや斜めに流した。
「そうか。ではお前たちはどうだ?」
問いかけられた騎士たちが次々に声を上げる。
「俺にも見えます」
「私にもです。月に向かって顔を上げている一角獣が」
「悲しそうに見えますが、上を向いている。希望を表しているのでしょうか」
思いがけない言葉に胸が震えた。
まさか、想像で描いたものが他の人たちにも見えるなんて。
彼が私に向かってやわらかい笑みを浮かべた。
「この絵から察するに、君は何か深い絶望に沈んでいたが、まだ希望を捨てきれないでいる。そういった気持ちが込められているのだろうか」
思わず涙があふれた。
もう涙なんて出ないと思っていたのに、優しさに触れるとどうしてこうも脆くなってしまうのだろう。
「俺の勘違いであればすまない」
私が黙り込んだせいか、彼は少し困惑の表情になった。
すると侍従がそっと彼に耳打ちした。
「泣いていらっしゃいます」
「何? それは申し訳ない。泣くほどとは」
私は慌てて答える。
「いいえ。嬉しかったんです。絵を見てもらえたこともそうですし、何より私の気持ちを汲みとってもらえたことが嬉しくて……」
私の絵を美しいと言ってくれて、その意味まで理解してくれて。
まだ私は絵を描くことを諦めなくていいのだと言われた気がしたから。
「君の絵は安らぎをもたらす。慌しい日々の喧噪の中で、どこか別の世界へ連れていってくれるような、心を落ち着かせてくれる効果がある」
「……ありがとうございます」
もう、これ以上ない褒め言葉だと思った。
けれど、彼は次にとんでもない提案をしてきた。
「どうだろう? 俺のために絵を描いてくれないだろうか。もちろん相応の報酬は支払う」
なんて素晴らしい依頼だろう。
けれど、それは不可能だ。
私はわずかに笑みを浮かべて、静かに答える。
「実は、私はもう廃業しました。右手に怪我を負って、筆が持てないのです」
「そうだったのか」
彼の声がわずかに揺れる。
本当に残念に思ってくれているのだろう。その気持ちだけでも充分だ。
「では、今見えているこの光の絵は、どういう仕組みなのだ?」
「私にもわかりません。想像で描いた絵が、月明かりで浮かび上がっただけで……私自身、とても驚いています」
「なるほど。では君は、奇跡の絵を描く人なのかもしれないな」
「えっ……」
その言葉に戸惑っていると、彼はおもむろに語り始めた。
「昔、奇跡の絵を描く人に出会ったことがある。俺は子供の頃に毒物によって視力を奪われてしまったが、絶望していたときに、君のような絵を描く人と出会ったんだ。おかげで今の俺がある。ところが、その者は亡くなってしまい、二度とこのような絵を見ることはできないと思っていた。しかし、まさか君と出会えるとは……天の導きだろうか」
彼の言葉に胸が締めつけられる。
切なさと喜びが混じった複雑な感情を抱き、息を詰まらせる。
「そんなふうに言っていただけて、本当に嬉しいです。正直、怪我のせいで生きる気力を失っていたところでした。だけど、もう少し頑張れそうです」
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